覇権争い
「あ、アルス様。例の件、聞きましたか?」
「リオン、いや、噂話程度にしか聞いていない。本当なのか?」
「はい。間違いありません。すでにカルロス様はそのお話をお引き受けしているようです。……内密なことですが、もうすでにカルロス様の居城にて身柄を確保されているようです」
「……まじか。しばらくはカルロス様のところには近づかないほうがいいな。俺の場合、下手すると礼儀知らずで罪にでも問われそうだ」
新たな年が明けてから時間が過ぎ、春を迎えた。
雪の積もり方が減ってきた頃になると、俺たちバルカはフォンターナ領内へと人を派遣して農地改良を行っていった。
前年に農地改良していた地域は麦の収穫量が大きく伸びたという情報はフォンターナの街に集められた騎士たちの間では有名であり、その効果そのものを疑うものはあまりいない。
そして、俺が設定した金利のバルカ金融は何かあればカルロスによる仲裁も入るということが示されていたためか、そこそこの借り手がついた。
そうして、各地に人をやり収穫量を増やすべく【整地】や【土壌改良】をして過ごしていた。
実に平和な時間を過ごせていた。
フォンターナの街にいながらにして、バルカ騎士領からの報告に目を通して指示を出したり、他の騎士たちと交流を持ったりと、今までとは少し違う仕事の仕方になっていたがようやく落ち着いて暮らせていたのだ。
だが、その波ひとつない水面のような平穏な生活へひとつの雫がぽたりと落とされ波紋が広がっていった。
それはフォンターナ領の外の話。
東のウルクでもなく、西のアーバレストでもなく、更に南にある領地の話だ。
だが、そこで起こったことがフォンターナへと影響を及ぼそうとしていた。
王がやってきたのだ。
南に位置する王領を離れて、最北に位置するフォンターナへと王が来た。
おそらく王は自ら望んでここまで来たのではないだろう。
それは生命の危機を逃れての逃避行の末だったのだから。
※ ※ ※
王家、かつてこの地を平定し国を作った初代王の末裔。
長い間、この国は王を中心に貴族家が領地を与えられて統治されていた。
だが、その王家の力は今はかつてのものと比べると見る影もなく落ちてしまっていた。
かつて存在した愚王とよばれる王が統治していた時代に有力貴族が複数離反したのだ。
その結果、王家だけが使えていたという強大な力を持つ魔法が王には使えなくなってしまった。
そこからは、各貴族家が自分の領地を増やすべく周囲の勢力と争い続け、国は乱れてしまった。
だが、そうなってから長い年月が過ぎているにもかかわらず王家は存在している。
かつての王家としての力はなくなってしまったものの、王家として自前の領地を保有し、勢力を保っていたのだ。
そして、その状態が続いた結果、いつしか不思議な現象が起こるようになったのだ。
それは王家が強い力を持つ貴族家と同盟を結ぶというものだった。
国内の勢力図が変動し続けるなか、王家は常に強い勢力と同盟を結び続けたのだ。
衰えたとはいえ、王家の影響力が各貴族へまったくないわけではない。
力をつけた貴族家は王家と同盟を結ぶことで、自らの正当性を証明し、他の貴族家の行動に口をだすこともあった。
覇権貴族の誕生である。
なんとか領地を保つことができているレベルの弱小貴族はその覇権貴族と王家の同盟に名を連ねることでなんとか生き永らえようとした。
だが、それに納得できない貴族も当然いる。
あるいは同盟内の貴族間でも問題が発生したりもした。
それを王家に代わって覇権貴族が時に戦で、ときに交渉で解決していったのだ。
しかし、覇権貴族もずっとその勢力を保ち続けることができはしなかった。
さまざまな理由によって覇権貴族が力を失い、別の貴族が勢力図を塗り替えて新たな覇権貴族へと躍り出たことが何度もあったらしい。
だが、そのたびに覇権貴族は王家と同盟を組むことになり、王家は存続していったのだった。
そして、その歴史は現在まで続いていた。
それはもちろん、当代の覇権貴族というものが存在しており、王家はそこと同盟を組んでいたのだ。
だが、それが崩れた。
すなわち、覇権貴族が戦で敗れて王家との同盟を維持できなくなったのだ。
フォンターナがウルクやアーバレストと戦をしても、他の貴族家は大きく動いてこなかった。
それはこの覇権貴族周辺の動きがあったからだ。
王家の治める王領よりもさらに南にある当代の覇権貴族である、大貴族リゾルテ家。
そのリゾルテ家が三貴族同盟と争っていたのだ。
かなり規模の大きな戦が続いていたらしい。
もちろん、それは他の貴族家も巻き込んでのものだった。
そのため、北に位置するフォンターナとウルク・アーバレストの争いは見逃されていたらしい。
そして、そのリゾルテ家が敗北した。
かなりの大敗だったようだ。
そのため、本来であれば次の新たな覇権貴族が誕生するはずだった。
だが、そうはならなかった。
覇権貴族のリゾルテ家を力のある3つの貴族家が共同して打ち勝つまではよかった。
しかし、この3つの貴族家はそれぞれ強力であり、しかし、どこかが抜け出すほどの力を持っていたわけではなかった。
すなわち、勝利したはずの三貴族同盟が王家との同盟にあたって揉めたのだ。
どこが王家との同盟を主導するか、という問題である。
静かに始まった主導権争いは過激さを増し、ついには王家へと直接手が伸びてきたという。
力ずくで王の身柄を確保して、覇権貴族となる。
だがそれは王の身を危険に晒した。
そして、王は身の危険を感じ取り、一時的に王領を脱出したのだ。
王の身を保護するだけの力がありそうな場所へ。
複数の貴族から攻撃を受けてもそれをはね返し、あまつさえ当主級を撃破することのできる力を持つ貴族のもとへ。
こうして、王はフォンターナ領へとやってきたのだった。
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