新たな年の始まり
「新年明けましておめでとうございます、カルロス様」
「ああ、こちらこそこれからも頼むぞ、アルス。貴様ら兄弟はどうやら魔法を生み出すことに長けた家系のようだからな。これからもしっかりと働いてもらうぞ」
「はい。我が兄バイトの【武装強化】はかなり強力です。必ずやフォンターナの平和を守るための力となるでしょう」
「守るため、か。どうやら、貴様は積極性がないようだな。今年は我がフォンターナを始めとして周辺勢力図が大きく変わることになるだろう。そのようなままではその動きについてこられないぞ?」
「バルカ騎士領は正直申し上げるとしっかりとした内政をして力を蓄えたいというのがわたしの本音です」
「ふむ。あえて動かずに力を溜める、か。それも悪くなかろう。だが、周りの動きがそれを許さないことはあり得る。いつでも動ける準備だけはしておけよ」
「わかりました、カルロス様。しかし、いつになれば戦が終わるのでしょうね。毎年戦っているのですが……」
「……フォンターナでここ数年、毎年戦が続いているのは誰がきっかけだったかわからんのか?」
「さあ、存じ上げませんね。あ、それよりもカルロス様、そのお召し物大変お似合いですね。バルカで作った新しい生地で早速服を仕立てられたのですね。素晴らしいセンスの服でこのアルス、感激しております、はい」
「……まあ、よい。これは質のいい生地だな。さすがにリリーナが認めただけはある」
「そうでしょう、そうでしょう。ヤギの毛をリリーナの御眼鏡に適うように厳しく選別した結果、残った最上級の柔らかなものだけを生地へとしたのです。それ以外はバルカ軍の兵だけに支給して販売していないので、バルカ産の生地はかなり貴重なんですよ」
「ほう、なるほどな。厳しい基準で選び抜き、それだけを取り扱うことで希少価値をより高めているのか。数は揃いそうなのか?」
「少数生産で限りがあります。カルロス様がご所望であればいくらかは融通することができますが?」
「そうか。これは貴族用の礼服としても使える生地だと俺も思う。他の貴族へと交渉することがあれば贈り物としても喜ばれるだろう。いくつか生地を用意しておくのもいいだろう」
「なるほど。それならば早速用意しておきましょう。貴族の方が使っているとあれば、それだけこのバルカ産の生地の価値が上がりますから」
雪が降り積もる中、森のなかでひたすらバイト兄と鬼退治をしていた俺。
凍死するのではないかと思うような中をずっと戦い続けていた結果、バイト兄はついに念願の独自魔法を習得するに至った。
そして、そのころになると森の中で動く鬼を見かけることはなくなっていた。
それをみて、俺は開拓による森の減少が原因の鬼との遭遇のリスクはかなり減った、という判断を下して鬼退治を終了することになった。
それから程なくして、冬が深まり、新たな年へと変わった。
そうすると、毎年恒例の当主への新年の挨拶という行事があった。
今はフォンターナの街に住んでいる俺はその日の朝からカルロスの居城へと行って、こうして挨拶をしているというわけである。
それまでの数年間の新年の挨拶のときよりもいくらか長くカルロスと話し込んでしまった。
そのなかでカルロスの格好に目が行く。
どうやら我がバルカ騎士領の新商品であるバルカ産生地を使ってこの日のための衣服を仕立ててくれていたらしい。
その服を着てフォンターナ領内の騎士たちから挨拶を受けている。
これはいい宣伝だ。
これから宴の間に移動してから他の騎士と話すときには積極的にこの生地をアピールしていこう。
そんな風に俺の12歳の年が始まったのだった。
※ ※ ※
「アルス殿、元気そうで何よりだ」
「これはピーチャ殿、新年おめでとうございます。そちらもお元気そうで何よりです。あれからウルク領の様子はどうでしょうか?」
「ああ、次期当主と目されていたペッシが亡くなったのだ。混乱しているようだ。ただ、こちらの動きはかなり警戒しているようだな。もっとも、攻めてくることはないだろうが」
「そうですか、それは良かった」
「うむ、昨年のバルカの働きによるものだ。貴殿らの活躍でわたしもウルク領を切り取ることができて助かった。礼を言わせてもらおう」
「前回の戦いは頑張りましたからね。ピーチャ殿の役に立ったようでよかったです」
「本当にありがたいことだ。で、少し話したいことがあるのだが、いいかな?」
「どうしたんですか、改まって?」
「うむ、実は昨年の麦の収穫はこちらが予想した以上のできだった。それはいいのだが、量が多すぎてな。脱穀作業に時間がかかりすぎるのだが……」
「ああ、なるほど。そういえば脱穀作業って手作業でやってたんでしたっけ? バルカではもっと効率よくやるようになっていて忘れていました」
「そうだ、そのとおりだ、アルス殿。バルカではもっと手間を掛けずに脱穀や製粉をする方法があるというではないか。ぜひそれをアインラッドでも導入できないだろうか?」
「うーん、脱穀は道具を作って持っていけばいいだけですが、製粉には風車を作ることになりますけど建物を建ててもいいのですか?」
「ああ、必要であれば建ててもらってもかまわない」
「わかりました。考えておきましょう。……ついでなのですが、他に困っていることはありませんか、ピーチャ殿。今年もバルカでは各騎士領に人を派遣することを考えているのですが、行った先でついでに困っていることを解決してお金を稼ぐ方法とかのアイデアがあれば助かるのですが」
「ものすごいぶっちゃけて聞いてくるな、貴殿は。普通、トラブルがあってもそれを他の騎士に話したがるものではないぞ。だが、困っていることとは少し色合いがことなるかもしれんが思うことはある」
「お、それはなんでしょうか、ピーチャ殿」
「金だ」
「……は?」
「金だよ、アルス殿。金が無いのだ、どの騎士領もな」
「……騎士領ですよね? 領地を持っているのですよね? お金がないなんてことありますか?」
「ある。普通の騎士は領地の運営に麦などの収穫した作物を民に納めさせているのだ。そして、その麦を必要分以外売って現金にしている。正直なところ、そこまで大量に現金を持っている騎士というのは少ないだろう」
「はあ、そんなことがあるのですか」
「よくあるのだよ、実際にな。しかも、近年は常に戦があり、動員されていたからな。現に私は親交のある騎士たちから相談も受けているのだ。バルカの農地開発を自分の領地にもしたいが現金以外で支払うことはできないものか、といった内容のな」
「うーん、そう言われても麦なんかで支払われてもこっちも困りますしね。それなら麦を売って現金化してから依頼しろって話になりますよ」
「そうだな。別に貴殿に麦を報酬に人を派遣してくれと頼む気はない。が、現金収入の少ないものが仕事を依頼しにくいという現状が実際にある、というのを知っていてもらいたかっただけだ。すまんな」
「いえ、ピーチャ殿の話を聞くまで考えもしませんでした。情報感謝します」
なるほど。
いい話を聞けた。
やはり実際にこうして顔を会わせて話し合うということは重要なことだろう。
俺にはにわかには信じられなかったが、どうやらそれなりの騎士領で現金収入の不足問題というのは本当にあるらしい。
場所によっては特産品の販売収益などもあるらしいが、基本的にはその年に収穫する麦などが騎士の収入となるのだそうだ。
不作だったらどうするつもりなのかと思ってしまう。
というか、不作だったらそれこそ戦をするのかもしれない。
他の土地を奪うか、あるいは戦死者を出して口減らしをするかということを考えて。
ただ、まあ他の騎士領の金欠問題には俺の行動も関係していたりするかもしれない。
なんといっても、収入源の柱のひとつである通行税を撤廃させたりしたのは俺なのだから。
が、この情報は俺にとって新たな金儲けの話が転がり込んできたようにしか思えなかった。
早速、俺は今後の金儲けの方法について検討に入ったのだった。
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