鬼と検証
「あれが鬼か。ほんとに角があるな。体もでかいぞ」
報告を受けた俺はすぐさまバルカニアの北に広がる森との境近くにまで出向いていった。
もしかして、何らかの強力な敵が出てきたことを兵が「鬼が出た」と報告してきたのかもしれないとも考えていた。
だが、違ったようだ。
本当に報告の通り、森から鬼が出てきていたようだった。
身長は人よりも大きく、全身がガッチリとした筋肉の鎧で覆われているその鬼の頭には角が伸びている。
なんというか、物語に出てくるオーガと呼ばれる怪物を彷彿とさせる。
ただ、報告によればバルカの騎士が【氷槍】を放っても全くダメージを受けていなかったようなのだ。
防御力だけでいっても大猪よりも高く、その姿からは恐るべき膂力を持つだろうことが予想できた。
これはなかなか他の連中に任せるには危険だと判断せざるをえないだろう。
「アルス殿、あれはもしかしたらこの地に伝わる伝説の生き物かもしれないのでござる」
「どういうことだ、グラン。伝説の生き物?」
「そうでござる。かつてこの森を開拓していた時に大猪の被害があり、開拓失敗に終わったという話は知っているでござろう? けれど、その話には別のバリエーションもあるのでござるよ」
「へー、知らなかった。もしかして、大猪ではなくて鬼が森から出てきたことが開拓の断念の原因になったとかいう話でもあるのか?」
「そのとおりでござる。それに考えてもみてほしいのでござるよ、アルス殿。本当に大猪だけが森から出てきたのだとしたら、当時の騎士たちも攻撃魔法で対処できたはずではござらんか。それができなかったということは攻撃魔法が通用しなかった相手がいたと考えるのは間違いではないと思うのでござる」
「なるほど。もしかしてあの鬼は大猪を捕食する側の存在なのかもしれないな。それが森から大猪が出ていくことが増えて、それを追いかけてあの鬼も追っかけてきたのかな」
「まあ、そんなことはどうでもいいのでござるよ、アルス殿。早くあの鬼を退治してくるのでござるよ」
「お、おう。お前は一緒に戦わないつもりなんだな、グラン。別にいいけど、なんでそんなに興奮しているのさ?」
「何を言っているのでござるか、アルス殿。あの鬼から素材を得られればまた新たなものが作り出せるかもしれないのでござるよ。興奮しないわけがないではござらんか」
遠距離から双眼鏡で鬼を観察している俺の隣にいるグランがものすごく息巻いている。
なるほど。
それで興奮しているのか。
まあいい。
気温が下がってきたこの時期にこんな外でじっとしているわけにもいかない。
俺は双眼鏡をしまってから、ヴァルキリーに騎乗して鬼のもとへと駆けていったのだった。
※ ※ ※
「氷槍」
ヴァルキリーにまたがり、トップスピードで鬼へと近づき攻撃魔法を放つ。
報告でも聞いていたが自分でも本当に魔法が通じないのか試してみた。
俺の手のひらから人の腕ほどの太さと長さの氷柱が出現し、発射される。
その氷の槍は狙いがそれることもなく、鬼の体へとぶち当たった。
「本当に効果なし、っと」
丸太のように盛り上がった二の腕で飛んできた【氷槍】をガードした鬼。
そのムキムキの肉体には傷ひとつついていなかった。
大猪も耐久力が高かったがこいつはやはりそれ以上だと感じる。
その鬼が攻撃してきた俺を見て反撃をしてきた。
「グラアァァァァ」
大きな声を発する鬼。
するとその筋骨隆々の体が更に一回り大きくなった。
ミシミシと音をたてながら体中の筋肉が盛り上がる。
なんというか、盛り上がった筋肉が金属鎧になったのではないかと思うような変化をする。
そして唸り声を上げながらたくましい腕を振り下ろすパンチを放ってくる。
かなり速いがヴァルキリーがとっさに避けると、そのパンチは空を切って地面に当たった。
ドゴン!!
と、そのパンチが当たった地面が大きくえぐれるように陥没する。
パンチだけの威力でそれほどあるのか。
あんなものを体に食らったらひとたまりもないだろう。
身近に恐ろしいやつがいたものだ。
「なら、こっちはどうかな?」
地面を殴った鬼が体勢を起こしているところへと再び駆け寄る。
今度は先程よりも近づいての攻撃だ。
手に持っている九尾剣へと魔力を注いで攻撃した。
【魔力注入】ではなく、自分で魔力コントロールしていつも以上に九尾剣へと魔力を注ぐ。
だが、思ったような効果は出ない。
ウルクの次期当主と言われていたペッシのように、九尾剣へと黒焔を出すことはできないかとあれからいろいろと試している。
しかし、単純に魔力を多く注いでも意味がないようだ。
単に現出する炎の剣の長さがいつもよりも伸びるだけという結果に終わってしまっていた。
どうやら九尾剣や雷鳴剣は魔力を多く注げば【魔力注入】だけのときよりも出力は上がるものの、上限が存在するようだ。
全力で魔力を注いだところで九尾剣から黒焔が出るわけでもなく、雷鳴剣で雷を撃ち落とすこともできないらしい。
黒焔が使えればよかったのにとどうしても思ってしまう。
まあ、ないものは仕方がない。
そんな風に九尾剣の検証をしつつ、攻撃した鬼を観察する。
どうやら、この鬼も九尾剣の炎の剣にたいしてそれほどのダメージがないようだった。
こいつはもしかしたら人間でいう当主級に準じるような身体能力を持っているのかもしれない。
そこで、九尾剣を一度しまってから、別の魔法剣を使用する。
俺が名付けた斬鉄剣グランバルカを手にした。
大猪の幼獣の牙から作り、俺とヴァルキリーが大量の魔力を注ぎ込んで育て上げた日本刀型の魔法剣だ。
取り込んだ魔力によってもともと小剣程度の小さな武器だったものが、それなりの長さに勝手に成長し、しかも刀の形へと変わってしまった魔法剣。
その特性はとにかく折れにくく切れやすいというだけのものだ。
「グラアァァァァ」
「散弾」
その斬鉄剣を手にして鬼へと近づくと、向こうは再び攻撃態勢に移行して腕を大きく振りかぶって殴りかかってきた。
そのパンチの威力はかすっただけでも大ダメージになりそうだ。
なので目潰しがわりに【散弾】の魔法を放ち、鬼の目を攻撃する。
さすがに皮膚とは違い、目に石が入ると鬼でも痛かったようだ。
一瞬ひるんですきができる。
そこへさっと近づいて斬鉄剣による攻撃をお見舞いした。
スパッという音が出そうなほどのあっさりした手応え。
攻撃魔法や九尾剣による攻撃によって全くダメージのなかった鬼の体に傷がついた。
どうやらこの斬鉄剣であれば無事に攻撃が通用するようだった。
「はい、これで終わりっと」
そして、その後も数度同じような攻撃を繰り返して鬼の首を切り落とすことに成功した。
さすがに首から上と下に体を切り分けられると強靭な肉体を持つ鬼といえども無事では済まないようだ。
なんとか無事に鬼の討伐に成功したのだった。
「お疲れ様でござる、アルス殿。さ、その鬼は拙者が責任を持って持ち帰るのでござるよ」
「来るの早えな、グラン。ま、いいか。よろしく頼む」
「頼まれたのでござるよ、アルス殿。拙者はこれにてバルカニアに失礼するのでござる。アルス殿は引き続き、鬼退治を頑張ってほしいのでござる」
「……はい? まだ鬼がいるのか?」
「当然でござろう。アルス殿はこの広い森に鬼がこの一体しかいないと思っているのでござるか? そんなはずはないでござろうよ」
「ちょっと待ってくれよ、グラン。森から出てきた鬼っていうのはこいつだけなんだろ? わざわざ森に住んでいるかもしれない鬼を倒す必要はないんじゃないのか?」
「そういうわけにはいかないでござろう。一度出てきたということは、森の境と鬼の住処が近いということかもしれないのでござる。であれば、次にいつ鬼が出てくるのかわからず、住民は不安に思っていることでござろう。ならば、鬼の住処を把握し、そこに住む鬼を退治しておくことは当然でござる」
「もしかして、俺がやるのか? その鬼探しと鬼退治を?」
「……逆に聞き返すのでござるが、アルス殿以外誰があの鬼を相手にできるのでござるか?」
ふざけんなよ。
俺だってこう見えていろいろ忙しいんだっつうの。
だけど、確かにグランの言う通り、他の奴らだと手も足も出ずに殺られる可能性があるか。
しょうがない。
バイト兄でも誘って森の探検といこうか。
こうして、バルカに現れた鬼を倒したにもかかわらず、まだまだ鬼の問題は終わりそうになかったのだった。
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