招かれざる客
「坊主、最近いいものを作ったみたいだな」
「ああ、おっさんか。そうだ、新しい酒を開発した。飲んでみるか?」
「お、いいのか。それじゃ、遠慮なく」
「飲みすぎるなよ。一応商品としての試作段階だからな。酒好きの父さんに飲ませてみて、気にいるものだけを残してみた。ま、あとで貴族や騎士の口にあうかも確認しないといけないけどな」
「ふーむ。聞いていたとおり、かなりアルコールが強いんだな。だが、こっちのは喉が焼けそうなほどだぞ。こんなの飲みたがるやつがいるのか?」
「知らん。俺は試飲していないからな。けど、度数の高いものは何年か寝かせたほうがうまくなるかもしれない。そのへんは要研究だな」
「はー、そんなもんかよ。気の長い話になりそうだな。俺はこっちだな。普通のやつよりもパンチが効いているけど飲みやすさもある」
「なるほど。おっさんはそっちが好き、っと。ま、最初は既存の酒を蒸留していろいろ試してみるしかなさそうだな。蒸留の回数と材料の組み合わせでパターン化して記録していかないと。ビリーの研究のやり方を聞いて、リード家の中の酒好きのやつにやらせてみせようかな」
「ま、なんにせよ、売る方は任せておけよ、坊主。変わった酒ができたんだ。間違いなく買うやつはいるからな」
「当然だろ。酒は販売禁止にすると社会が崩壊するほどのしろものだからな。需要が尽きることはない」
「うん? そんなことがどこかであったのか?」
「ああ、いや、こっちの話さ。でも、酒に限らずバルカにはいい商品がそろってきたな、おっさん」
「そうだな、坊主。酒、服、紙、薬、レンガ、家具、ガラス製品、ほかにもいろいろあるからな。それに何より食料の自給が安定しているのもいい。商品が多いのもいいが、食べるものが豊富にあるっていうのもバルカの特徴だからな」
「まあね。俺の魔法だけの力じゃなくて、作物そのものも前から品種改良していいものを増やしてきていたからな。俺がもともと畑で育てていた野菜なんかの種は結構人気あるんだぞ、おっさん」
「そう言われると、昔のことを思い出すな。まだ坊主がちみっこい頃から畑で動き回っていた姿が目に浮かぶぞ。坊主は覚えているか? 俺に初めて会ったときのことを」
「そりゃ覚えているよ。俺がおっさんのところにサンダルを売りに行ったんだろ?」
「そうだ、意外としっかりした作りのサンダルを売りに名付けもされていない子供が来たなと思っていたら、いつのまにかこんな風に騎士領まで治めるようになっているんだもんな。あれからまだ数年しか経っていないってのが信じられないよ、俺は」
「懐かしいな。そう考えると、俺の今の姿の出発点はおっさんから使役獣の卵を買ったことから始まったっていっても過言じゃないな。あのときの卵からヴァルキリーが産まれたのは多分最大の幸運だったと思うしな」
「……ヴァルキリー、使役獣か。なあ、坊主。お前はまだ使役獣の卵の研究を続けるのか?」
「何だよ、おっさん。まだ使役獣の研究は無駄だって言いたいのかよ?」
「いや、そうは言わない。騎乗型よりも希少価値のある飛行型の使役獣が産まれたんだ。それだけでも俺はあの研究が成功だと思っている。だけど、やっぱり魔獣型の狙った魔法を持つ使役獣を孵化させるのは難しいんじゃないか? 領地の経営が安定してきた今だからこそ、出費の大きい研究に躍起にならなくてもいいんじゃないか?」
「……駄目だよ、おっさん。使役獣の研究は続ける。これは決定事項だ」
「どうしてそこまでこだわるんだ? バルカの商売が安定して高収益を挙げられるようになったんなら、それでも十分じゃないか?」
「戦が原因だよ、おっさん。この間の戦いでわかったことがある。それはヴァルキリーの機動力の高さの優秀性だ。アーバレスト領内を西進しながら次々と騎士の館を落としていけたのはヴァルキリーの足があったからこそだ」
「また戦いがあるのか?」
「わからん。少なくとも俺は戦いたいとは思っていない。けど、戦わないといけない状況になったら俺は攻撃に出る側に回りたい。守るのはきついからな」
「そうか。わかった。だが、カルロス様はどうするおつもりなんだろうな?」
「さあな。一応新年の祝いのときにでも発表するんだろ。来年のフォンターナの動きを」
「そうか。戦ってばかりだな、俺たち人間は」
「そうだな、おっさん。平和な世界が来ればいいんだけどな」
相も変わらず現在の本住所はフォンターナの街であるというのにバルカニアで仕事をしていた俺のもとへおっさんが来て話をしていた。
新しく作った酒をおっさんが試飲という名目で何度もグラスに注ぎながらのどを潤していく。
そうして話していると、いつしかしんみりした話題になっていった。
雪が降り始めた冬の時期になったからなのか、昔を懐かしむようにして話し込む。
その中でやはりおっさんの中では使役獣の研究がバルカ騎士領の収支を大きく圧迫していることを心配しているようだった。
だが、俺としてはやめられない。
ヴァルキリーの大量生産ができるかもしれないとなれば、たとえ結果がすぐに出なくとも研究を続けるしかないのだ。
それに現実的にもヴァルキリーという戦力は大きい。
いつ戦が起こるかわからない状態だからこそ、この研究は必ず未来に役立つと考えている。
と、そんな風に俺がおっさんと話し込んでいるときだった。
「失礼します。報告申し上げます」
「どうした? 何かあったのか?」
「はい。北の森から鬼が出たとのことです」
「……鬼?」
「はい。森から出てきていた大猪を退治するために出ていた兵たちが鬼と遭遇したそうです。遠距離から魔法攻撃で討伐しようとしたようですが返り討ちにあいました。生き残った兵が証言するところでは尋常ではない強さを誇っていたようです」
……まじかよ。
あの森ってそんなもんまで住んでいるのか。
恐ろしいところに自分の領地があるのだと今更ながらになって思ってしまった。
だが、いまの報告だけでは何がなんだかよくわからない。
俺はすぐさまその鬼が出たという現場に出向くことにしたのだった。
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