悪巧み
「あー、生き返るー。やっぱり疲れた体を癒やすには温泉は最高だ」
「確かに気持ちいいですね。この寒くなり始めた時期に温かいお湯に浸かって体を温めることができるのは気が休まりそうです」
「お、リオンもいいこと言うじゃないか。カルロス様はどうですか? 気持ちいいでしょう、温泉は」
「ふむ、悪くはない。が、それよりも湯に浸かりながら酒が飲めるというほうが画期的だな。温もった体に酒がよく合うぞ、アルス」
パラメアでの仕事を終えた俺はなぜかこうしてバルカ騎士領にある温泉でカルロスやリオンと一緒に湯に浸かっていた。
まあ、なぜかというか、俺がカルロスを誘ったのだが。
以前、温泉にリリーナと入りに来た時にクラリスに言われたこと。
それは温泉宿が外からの客を招くにはあまりにも宿のグレードが低いという問題点についてだった。
そこで、あれからクラリスなどの意見を参考にそれなりの建物を建てさせたのだ。
グラハム家の紹介する建築家が新たに湯船から作り直す形で温泉宿を造ったのだ。
その建物が完成し、調度品なども揃えた。
とりあえずはそこそこの商人をメインターゲットにしつつ、俺の妻であるリリーナを招待するだけの建物が出来上がった。
その報告を受けた俺が一度実際に入ってみようと思っていたのだ。
で、いつものごとく付加価値を高めるための手段としてフォンターナ領の領主であるカルロスが認めた宿だというブランド力をつけようとしてカルロスを温泉に誘ったというわけだ。
ただ、俺としてはカルロスは来ない可能性のほうが高いものだと思っていた。
俺以上に忙しく働いているらしいからだ。
が、声をかけたら二つ返事で了承し、こうして一緒にバルカ騎士領までやってきて湯に浸かっている。
もっとも、カルロス自身はそこまで温泉に入るという行為に意味を見出してはいなかったようだが。
あくまでも付き合い程度なのだろうか。
「でも、いい旅館ができましたね、アルス様。以前までのように外で裸になる必要がないというのはいいと思いますよ」
「ああ、さすがに前までのは自由すぎたかもな。あの場では喜んでくれたみたいだったけど、リリーナもクラリスも俺が誘わない限り自発的には温泉に来ていなかったみたいだし」
「けど、この宿ができたと聞いて姉さんは喜んでいたのではありませんか?」
「みたいだな。それにバルカニアに来ていた商人も物珍しさで温泉に入っていったらしい。まあ、薬草湯が人気っていうところがちょっと微妙なんだけどな」
「いいではありませんか。この村は薬草と温泉の村として名が広まり始めているみたいですよ。アルス様がいろいろやったおかげではないですか」
「そうだな。ま、有名になってくれるのならそれはありがたいことだよ」
俺個人としては変にお湯に混ぜものをせずに入ったほうがいいのではないかと思うのだが、今温泉として人気なのは薬湯だそうだ。
このリンダ村のガラス温室で年中安定して育てている薬草の一部を活用して、温泉に薬草を入れ薬湯としているらしい。
実はミームがこれを臨床試験として効果の程を確かめたらしいが、確かに効果が認められるということらしい。
であれば、俺が個人的嗜好で薬湯を禁じるわけにもいかない。
こうして、商人を通じて薬草温泉がひそかなブームになり始めているということらしかった。
「温泉については俺からも他の者達に話しておいてやろう。が、そろそろ本題に戻すぞ。西への抑えは問題ないのだな、アルス?」
「はい、カルロス様。住人も取り込み、パラメアも要塞として復活しました。あそこがすぐに突破されて取り返される可能性は低いのではないかと思います」
「よし。ガーナはもともとアーバレスト領と一番大きく接する騎士家としてフォンターナに仕えていた。やつに任せておけば無難に対処するだろう。では、次の問題は東のウルク家ということになるか」
「次ですか? もう冬がきますよ、カルロス様。さすがに雪が積もる中で兵を動かせば、戦う前に凍死してしまいます」
「そんなことはわかっているさ。実際にすぐに行動を起こすことは難しいだろう。だが、ウルク家の力はかつてないほどに弱まっている。それを見逃すのは得策ではない」
「確かにウルク家はこの2年で大きく勢力を減らしています。ウルク家の実子だけでも2人が討ち取られていますし、兵力も大きく減っています」
「そのとおりだ、リオン。だからこそ、今のうちに楔を打ち込んでおきたいところだ。なにか案はないか?」
「あ、それなら……」
「なんだ、アルス? まさか今度も貴様が出張っていってウルク家の人間を皆殺しにしてくる気にでもなったのか?」
「いやいや、むちゃくちゃ言わないでくださいよ、カルロス様。そうじゃなくて普通に調略したらどうかと思っただけですってば」
「調略、か。具体的には?」
「いや、具体案を聞かれると困るんですけど……。こんなのはどうでしょうか。この間の戦いでフォンターナから裏切り者が出たでしょう? そいつと内通していたウルクの人間を利用するんですよ」
「ウルクの人間を利用する?」
「いわゆる二重工作員みたいな形にでっち上げるんですよ。ウルクの騎士Xさん(仮名)はフォンターナの裏切り者と連絡をとって西のアーバレスト家と協調し、挟撃を仕掛けるように計らっていた。が、実はそれは嘘で、裏ではカルロス様本人とつながりがあった。あの戦いはフォンターナ家最大の危機に見えて、実はカルロス様がXと通じてそう仕向けて両貴族家の当主級を討ち取るための作戦だったのだ、てな具合に事実を捻じ曲げて情報を流すんですよ」
「……こちらの裏切り者と連絡をとっていたウルクの騎士は実は俺と協力関係にあった。すなわち、そいつはウルク家にとっての裏切り者である、という嘘の情報を広めるということか?」
「そうです、カルロス様。それが実際に正しいかどうかは関係がありませんから。なぜ攻撃を仕掛けたほうが当主級を揃って討ち取られたのか。それはやはり情報を事前に流している者がいたからだ、と疑いだしたらきりがありません。こっちを裏切っていた内通者からウルクのどの騎士と連絡をとっていたかは調べたのでしょう?」
「ああ、情報はしっかりと搾り取っている。そうだな。どうせ冬は軍も動かせず、こちらとしても手が出せないからな。ならば偽りの情報を流して、それがウルクに浸透するための時間として活用するか」
「それでしたら、アーバレスト家にも同様のことをしたほうがいいかもしれません。確か、向こうの情報を内通者は持っていたはずです」
「そうだな。リオンの言うとおりだ。両家の中で連絡を取り合っていた連中は、こちらを挟撃前に事前に侵攻時期と軍の構成などをすべて俺に話していた。ついでに、当主級を討ち取るための手伝いもしたことにしようか。後でフォンターナ家から領地を貰い受ける約定を交わしていたことにしよう」
「あー、いいですね、それ。移動もままならない冬の時期に疑心暗鬼になったあと、新年の祝いでみんなが集まったときどうなるか楽しみですね」
「貴様もなかなかいい性格をしているな。よし、この案を採用する。手のものを使って情報を流しておくこととする」
うーむ、まさか相手もこんな策略が風呂に浸かりながら決められたとは思いもしないのではないだろうか。
まあ、これで今年中にもう一度軍を動かすということはないだろう。
こうして、西と東への対処を話し合い、冬の時期がやってきたのだった。
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