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パラメアの祭り

「ねえ、本当にここにあるものどれだけ食べてもいいの?」


「ああ、祭りの間はいくら食べてもいいぞ。好きなだけ、腹いっぱいに食べろ」


「わーい、やったー」


 水上要塞パラメアの中にある広場で見られる光景。

 広場の真ん中には木を組み上げて作った巨大なキャンプファイヤーに火がつけられて燃えている。

 そして、その近くではこの辺りに古くから伝わるらしい楽器の演奏が奏でられて、それに合わせて多くの者が踊っていた。

 楽器を演奏しているのはパラメアの近くの村に住んでいた者たちだ。


 祭りの開催にあわせて俺が絶対に必要だと考えたのは音楽だった。

 前世も含めてどこの世界にも音を奏でて楽しむ音楽という文化がある。

 だが、それは各地域によって異なっている。

 それはたとえバルカよりもこのパラメアと距離が近いガーナの領地での音楽と比べても、この辺りの演奏は少し違っていたようだ。


 移動手段が貧弱な世界では社会は小さく閉じていて、その中で完結している。

 そこに土足で踏み入ってきて荒らし回る者はその小さな社会にとってみれば敵として映る。

 この近隣の住人を慰撫するための祭りで他の地域の音楽を演奏されたら、土地を荒らされ命を奪われた挙げ句に文化まで否定されたように感じるだろう。

 だからこそ、この辺りの音楽を採用した。

 あくまでもこちらは敵ではなく、あなた達に溶け込みたいのだというアピールとして。


 そして、それと同時に祭りでも即効性のある実利を与えることにした。

 それが食べ物をこちらが用意して、食べ放題にしたことだ。

 これは特に子供に対して効果がある。

 どこであっても腹をすかせた子どもたちがいる。

 そして、その子どもたちにとって飯を食わせてくれる者というのは敵ではなく味方なのだ。

 たとえ親や周囲の大人がどう言おうと食べ物の魔力にはかなわない。

 故に、俺は子どもたちの胃袋を掴むために大量の食料を輸送してこの祭りで振る舞うことにしたのだった。


「うう……、あなた……」


「お父さん……。本当に死んでしまったのですね」


 だが、子どもたちの歓声が響く中でもすすり泣く者たちもいる。

 彼ら彼女らはキャンプファイヤーとは少しだけ離れた場所にたつ石碑に花を供え、その前で地面に膝を突きながら涙を流していた。


 その石碑は俺が魔法で造ったものだ。

 大理石のような見た目の巨大な硬化レンガを魔法で作り出して石碑としている。

 そして、その石碑にはこのパラメアで亡くなった者たちの名前が刻まれていた。


 一応、このパラメアが陥落した際にも上陸した俺は残っていた資料を確認したのだ。

 特に一番に行ったのは教会だった。

 教会はそこに住む者たちに名前をつけて名簿として記録している。

 その記録を俺は【記憶保存】で脳に記憶していた。

 その名簿に残っていたもので生存者であるとわかっているものだけは除外し、石碑へと名前を刻み込んでいたのだ。

 ちなみにだが、運良くこの教会を任されている神父は水没するときこのパラメアにはいなかったそうだ。

 神父の運が良かったとも言えるが、俺にとってもラッキーだったと言えるだろう。


 そうして、作り上げた石碑で家族や親戚、知り合いの名前を見つけた人が涙を流している。

 食べ物で腹を満たすこともいいが、時には泣くことも重要だろう。

 心の底から泣くことによってでもまた、心の傷は癒やされるのだから。


 そんな祭りを数日間にわたってずっと続けていた。

 なぜそんなにやったかというと、多くの人に参加させたかったからだ。

 そして、最終日には俺が魔法で作り上げたものを湖の水に浮かべて流すというイベントを行った。

 俺が造ったものというのはボトルシップと呼ばれるものだ。

 ガラス瓶の中に船の模型を入れているアレである。

 魔法で作り上げたガラス製のボトルシップに生活魔法の【照明】で光を当てて、住人たちの手で湖に浮かべる。

 かなり多くの数を造っただけあり、それらが一斉に夜の湖の上でゆらゆらと揺られているのはものすごく幻想的だった。

 こうして、概ね問題なくパラメアの祭りが行われたのだった。




 ※ ※ ※




「ふーん、ていうことはやっぱりパラメアの下流にはスライムってそんなにいないんだね?」


「はい、そうです、バルカ様。アーバレスト領にはいくつもの水場がありますが、スライムというのはそれほど多くはありません。それに川では魚も普通に捕ることができます」


「その魚って販売することはできるのかな? 安定して収穫できるようならバルカのほうでも食べられるようにしたいんだけどさ」


「ええ、ただしそこまで美味しいものではありませんよ? アーバレスト領では干物にして保存食とするので、すべてを売るわけにはいきませんが」


「別にいいよ。俺が魚を食いたいっていうのもあるけど、一番はパラメアと経済的に繋がりがほしいっていうのもあるからね。森に近いバルカでは結構魚って貴重なんだ。そこまで美味しくなくても買いたいって人はいるだろうし」


「わかりました。こちらとしても物を売ることができるのであれば助かるのが本音ですから」


「よし、決まりだな。助かるよ。で、他になにか気になることはあるかな?」


「あ、あの、不躾ですがいいですか。実はうちの村の近くを通る川で危険なところがあって。そこは以前から騎士様に工事できないかとお願いしていたのですがなかなか実現しなくてですね。その、あの……」


「ああ、川の工事か。わかった。バルカの騎士を派遣しよう。一応先に事前の下見に人をやることになると思う。そいつが実況見分してからってことになるけど、かまわないかな?」


「は、はい。ありがとうございます」


「あ、それならうちも……」


 祭りを数日間も続けていた理由は他にもあった。

 それはこのあたりの権力者との話し合いのためだ。

 ここでいう権力者というのは基本的には周囲の村や町の長などだ。

 彼らは長として村などを取りまとめて、税を領主に支払ったりしている。

 そして、たとえアーバレスト家からフォンターナ家に支配権が移ったとしても基本的にはそれは変わらない。

 別にいちいち各村の村長を入れ替えていくよりも、もともと村をまとめている人間に「これからはうちに税を納めろ」という方が手っ取り早いからだ。


 その村長たちと話をし、周囲の土地の開発のやり方なども決めていった。

 特に川があるところは大雨などで洪水することもそれなりにあるようだ。

 一番多かったのはそのような川の整備だった。

 さらにガーナとも協議して【整地】や【土壌改良】した土地に住まわせる人の選定を村長たちともやっていく。


 ひとまず先にパラメア湖周辺の土地の畑を再開発しておいたのも良かったのだろう。

 最初はガーナに対してどこか反抗的な側面も持ち合わせていたらしい村長たちも、新たな整備された畑が手に入るかもしれないということを実際に見せられて意見を変える者も出てきたのだ。


 あとは、ついでにうちにも多少の利益があるように誘導しておいた。

 ここまでやったが、このあたりの土地はガーナの家の領地になるのだ。

 俺の手元にはあまりメリットとして残らないことになる。

 なので、この辺りでしか取れないというものを聞き出して、バルカと優先的に取引するように契約を交わしたのだ。

 バルカ騎士領にも川があるとはいうものの、魚が大量にとれるわけではない。

 このあたりの魚が安定的に手に入るならまあ良しとしよう。


 こうして、形だけではあるが、ひとまずパラメア近隣の住民に対してフォンターナの統治が受け入れられやすい下地作りに成功したのだった。

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