人心慰撫
「よく来てくれました、アルス殿。先日の戦では世話になりました」
「ガーナ殿、お久しぶりです。早速ですが状況はどんなものでしょうか?」
「現在、我々はパラメアを抑えることに成功しています。今のところアーバレスト家は完全に落ちたこのパラメアを奪還する様子はないようですね。このパラメアから西のアーバレスト所属の騎士領をバルカ軍が攻めた効果もあると思います」
「なるほど。ではとりあえずパラメアを中心として周辺の土地を抑えたのですね。お見事です」
「いや、それほど大変な仕事ではなかったですから。ただ、やはり人心はフォンターナに厳しいと言わざるを得ません」
「それほどですか?」
「はい。こちらの統治をかなり嫌がっているようです。力ずくで従えてもいいでしょうが、あまり得策ではないでしょうね」
「力ずくではだめですか」
「当然、何かあれば住民たちが敵対するでしょうしね。仮にアーバレスト家の動揺が収まってこちらへとやってきた場合、向こうの手助けをすることになります。そうなれば、いかにパラメアが難攻不落と言われていようとも守り切ることはできないでしょう。なにせ、この魔物が住む湖を安全に船で移動するにはこの湖に慣れた船の乗り手が重要になるのですからね」
「なるほど。ということは、カルロス様が言っていたような武力での支配はあまりいい案ではないでしょうね。他の方法をやるしかないでしょう」
「アルス殿にはなにかお考えがあるのですか?」
「うーん、素人の考えなので言ってもいいものかどうかわかりませんが、一応聞いてくれますか、ガーナ殿?」
「ええ、もちろん」
「攻略して取り込んだ土地の住人の慰撫ということなら祭りをするのはどうかなと思っているのですが。要塞にいた者たちは一致団結して戦い、しかし結果として敗れ、多くのものが死んでいった。だが、彼らの死は勇敢で尊いものであった。それは直接戦った我々が一番良く知っている。だから、その健闘を讃えてパラメア要塞の住人も含めたすべての者達を冥福を祈っての祭りを執り行おう、というのはどうでしょうか?」
「……健闘したと言えますか? じわじわ増えていく水位とその水に潜む湖の魔物に怯えながら恐怖の中で死んでいった者たちばかりだったような気がするのですが……」
「違います。彼らは絶望的な状況の中でも最後の最後まで懸命に戦っていたのです。住民が一丸となって。素晴らしいことではないですか。ああ、要塞が水没したことはいちいち言わなくてもいいでしょう。その場にいなければわからない話ですしね」
「なかなか悪知恵が働きますね、アルス殿は。ですが、その祭りだけでパラメアの近隣の住人がみんな納得すると思いますか?」
「しないでしょうね。ただ、心の整理に一区切りをつけることにはなるのではないかと思います。今、住人たちが怒っているのはやり場のない怒りです。自分たちに親しい者たちが死んで、しかし、その相手に従わなければならないという無力さ。それが祭りによって多少なりとも抑えることができれば、少なくとも表面的には落ち着くことができるはずです」
「それは確かに、そうかも知れませんね」
「それに祭りだけでは不足というのも間違ってはいないでしょう。実利を与えましょう」
「実利ですか? 具体的には?」
「バルカがこのあたりの土地を開発します。水上要塞パラメアは湖の真ん中にありますが、湖の周りにも農地が存在し、現在そこに住むものはいない。また、パラメア湖の下流の川をせき止めて湖の水位を上げました。その後、せき止めていた堰を切って水を流したため川の下流の土地は荒れています。そこも整備しましょう」
「なるほど。住民たちに直接の利益を与えることで、それを受け取った以上文句も言いにくくするということですか」
「そうです。別に全員を納得させる必要はないでしょう。住人の中で一定数、我々フォンターナ寄りの人間がいればそれで十分です」
「……うむ、それならいけるかもしれませんね。では我々は祭りの準備をすることにしましょう。バルカには土地の開発をお願いしてもよろしいですか?」
「わかりました。祭りの開催は早めに周辺へと知らせておいて、できれば日当をつけてもいいので住人たちにも手伝いをお願いしましょう。自分たちの手で亡くなった人のための準備をすればそれだけでも効果があるでしょうし」
カルロスの指示によって西のアーバレスト領にあった水上要塞パラメア跡地にやってきた俺は、現在ここを支配下に置いているガーナと再会した。
どうやらガーナの意見では力による支配はあまりうまい手ではないらしい。
現場にいる人間がそう言う以上、それはおそらく間違いではないのだろう。
なので、俺はここに来るまでに考えていた案を出した。
それは亡くなった人たちを讃えながら祭りにしてしまおうというものだった。
こちらの作戦でパラメアに住んでいた住人が亡くなってしまったという事実は変わらない。
が、少なくともこちらがその死に対して何も思っていないのではなく、悼む心と勇敢に戦った相手に対して敬意を持っていると伝われば多少は気持ちがマシになるのではないかという考えからだ。
実際にはそんな簡単には許してはくれないのだろうが、割と人の死が溢れかえっているこの辺りの人の心は現実的だ。
土地を整備して今までよりもいい生活が送れるようになれば、損得勘定から新しい支配者のことを認める者も増えてくるのではないかと思う。
ガーナもその可能性が高いと認めて、俺の案を採用してくれた。
こうして、パラメアで祭りが開かれることとなったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





