新商品
「これはすごいぞ、カイル。画期的な魔法を発明したな」
「ありがとう、アルス兄さん。そこまで喜んでもらえるとは思わなかったよ」
「いやいや、何いってんだ。カイルの【念写】はそれだけで巨万の富を生む魔法になり得るだろ。しかも、羊皮紙じゃ【念写】は使えなくてバルカで作った植物紙でしかできないんだ。紙の販売もはかどるようになるぞ」
「もしかして、本でも売るの?」
「そうだな。本作りをしよう。うまくいけばそれだけでバルカの財政は安定する」
「うーん、けど本がそこまで売れるのかな? 基本的に本って高級品だし、文字を読めるのも普通は教養のある貴族や騎士だけでしょ? ある程度売れたら買い手がいなくなるんじゃない?」
「そのへんはリリーナやおっさんとも要相談だな。だけど、需要の掘り起こしは必要かもしれないな。よし、俺に考えがある」
「考え? どんなことを考えているの、アルス兄さん?」
「教会を利用しよう。教会ではいつも神の教えとかを説法として話しているだろ? あれは確か本があったはずだ。それを大量生産して売ろう」
「教会に売るってこと? けど、それも数が頭打ちになるんじゃないのかな?」
「違うよ。あれは俺も子供の頃から文字の勉強代わりに読ませてもらっていたけど難しいところがあった。もっとシンプルで簡単な文章にして文字を覚えていない農民でもわかりやすい本にして一般人にも読めるようにしよう」
「うーん、農民にねえ。けど、普通の人は本を買うお金も持ってないでしょ。本なんて買わなくても教会にいけば話を聞けるんだから買わないんじゃないかな?」
俺のアイデアにカイルが反対意見をぶつけてくる。
そうだろうか。
前世では確か教会の聖書が最も売れた本だとか聞いたことがあるのだけれど。
まあ、ここの教会とは歴史も違うし、歴代で一番売れた本だからといって、現段階で量産しても売れるかどうかはわからないか。
とりあえずはアイデアの一つとして考えておけばいいか。
だが、これでバルカには新たな新商品ができることになる。
いい加減、金欠体質ともおさらばとなってほしい。
そんな期待を胸にいだいて、俺は他のものにもこの考えを話すことにしたのだった。
※ ※ ※
「アルス様、見てください。アルス様のために新しく仕立ててみたんです。一度着てくださいませんか?」
「ああ、リリーナ。ちょうど話したいことがあったんだけど、これは服か。どうしたんだ、こんな綺麗で高そうな服」
「ふふ、アルス様がお育てになっているヤギの毛を使って服を仕立ててみたんです」
「え、これヤギの毛から作ったの? 毛糸のセーターとは全然違うんだけど……」
「はい。グランに糸繰り機を作らせたのです。毛糸のセーターは暖かいですが、こうして薄い生地にして衣服を作るのも悪くはないでしょう? 暖かい時期にちょうどいいと思います」
本についてのアドバイスをリリーナに聞こうと思ったのだが、リリーナのところへとやってきた途端、新しい服を見せつけられた。
しかし、その服はヤギの毛を使ったというのに毛糸のようにはなっておらず、高級な洋服のようなできだったのだ。
そうか、別に毛糸以外にもヤギの毛は利用できたのか。
「すごいな。なめらかな肌触りでありながら、しっかりとした生地にして、俺の体にあわせて作ってるからピッタリフィットして着ていても違和感がまったくない。これってリリーナが作ったの?」
「はい。といっても私はどのような服を仕立てるかを指示して職人に作らせただけなのですが。実はバルカニアに仕立て屋の職人が移住してきたのですよ」
「職人が? ってことはもともと技術を持つ者が来てくれたのか」
「はい。カイルくんの魔法のことを聞いてきたようです。リード家として名付けを受けていたのですが、もともと職人という話を聞いたのです。その腕を直接見せてもらったらなかなか悪くないのではないかとクラリスと意見があったので、こうして仕立てを任せるようにしたのです」
なるほど。
どうやらリリーナの裁縫への興味は自分で作ることから、衣服製作のプロデュースのようなものになってきているみたいだ。
多分この服も貴族などの間でも通用するようなものなのだろう。
そんなものを作ろうとすると一着でもかなりの金額がかかることがある。
服というのは貴重なものだが、上質な生地を使って腕のある仕立て屋に作らせるとかなり高額になるのが普通なのだ。
だが、今のバルカであれば上質な生地を自分の領地で生産することができる。
その分だけ製作費を抑えられる。
どうやら、リリーナにはほかにもいろいろと作ってみたい服のデザインなどもあるようだ。
「これならフォンターナの街で他の騎士たちと会っても見劣りしなさそうだな」
「もちろんです。アルス様によく似合うように仕立てました。どこに出ても、誰と会っても不足なしですよ」
「そうか、ありがとう、リリーナ。こんなにいいものを作ってくれて嬉しいよ。これから俺たちはフォンターナの街で住むことになるからタイミングもすごくいい。心機一転して頑張れそうだよ」
「ありがとうございます、アルス様。これからもアルス様に似合うものを仕立てさせますね」
「ああ、けど、リリーナの分もちゃんと作ってね。そうだ、俺もリリーナ用にデザインしようか。後でその職人を紹介してくれ」
自分で服を作ることはできないが、衣服のアイデアはいくらでもある。
リリーナに着てもらいたい服はいくらでもある。
まあ、それを抜きにしても服の仕立て屋がいるというのはありがたい。
今まで大猪の毛皮を利用したものを着てフォンターナの街などに出向いていたので割と威圧的な感じがあったのだ。
リリーナの作った服であればそんな威圧感とはおさらばして、文化人っぽく見えるだろう。
それに他の騎士たちにも売れるかもしれない。
本に続いて、服もバルカの新しい商品になりえるかもしれない。
さらにいえば、もともと紙作りは戦で夫を失った女性の働き口としても活用していた。
今回の戦では結構な人数が亡くなっている。
衣服の仕立ての技術を教えれば、新しく増えてしまった未亡人たちの仕事を作り出すこともできるだろう。
こうして、俺は新たにバルカニアに仕立て屋の工房と裁縫教室を作ることにしたのだった。
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