夢見る若者
「なあ、一緒にバルカに行ってみないか?」
収穫した麦を騎士様への税として納めたときだ。
わずかばかりしか残らなかった麦を見ながら、友人がそう言った。
なんだ、こいつも同じことを考えていたのか。
最近、どこの村でも話題になっているところがある。
嘘のような話だが、農民から一代で領地持ちの騎士へと成り上がったところがある。
ものすごく強い人だという話だ。
戦えば連戦連勝。
なんでもひとりでウルクの騎兵隊を殲滅したとかって話らしい。
だが、俺たちにとって一番重要なのはそんなことではなかった。
バルカに行けば食べ物に困らないらしいのだ。
いつ餓死するかわからない今の生活は正直限界を感じている。
それならばいっそバルカに行ってみようか。
普通は農民から騎士になるのは難しいのだが、バルカの当主様自身が農民出身だからか、他にも多くの農民たちが騎士へと取り立てられているらしい。
騎士になりたい。
食べ物に困らず、好きな女と結婚して子供を作りたい。
よし、バルカに行こう。
向こうで働き口を探して身を立てよう。
そして、あいつをバルカに呼び寄せて結婚しよう。
小さいときからの腐れ縁のあの口うるさい女は俺以外に貰い手なんていないだろう。
「よし、行くか。バルカに行って俺も騎士になるぜ」
そうして、俺は生まれ住んだ村を出てバルカへと向かったのだった。
※ ※ ※
「え、バルカに住むには軍に入る必要がある? それが決まりなんですか?」
「そうだ。最近はバルカニアに来る食い詰め者たちが多くてな。バルカに住むには少なくとも数年は軍に入って訓練を受ける必要がある。軍役が終わったら正式にバルカへの居住が認められるってわけだ」
「……そうなんですか。質問なんですけど、軍に入って活躍すれば騎士になれるって聞いたんですけど本当ですか?」
「ああ、お前もか。ここに来るやつらはみんなそう言うんだ。けど、そんなに簡単に騎士になれるもんじゃないさ。ただまあ、確かに活躍すれば騎士に取り立ててもらえる可能性はあると思うぞ」
「わかりました。バルカ軍に入ります」
「ん、じゃあ、自分の名前は書けるか? ここにサインして向こうの列に並べ。まあ、軍に入れば食べ物が出るからな。訓練している間は餓死することはないさ。頑張んな」
「はい! ありがとうございます!」
村から歩いてバルカへとやってきた。
途中からバルカが作った道というのがあってそこを通ってきたのだ。
村の周りだと歩きにくいけど、この道路とかいうやつはすごく歩きやすい。
しかも、バルカに近づいてくるほどに人通りが多くなる。
それだけじゃない。
大きな使役獣が荷車を運んでいるのも珍しくないのだ。
いったいどれほどの人が行き交っているのだろうか。
そんな風に辺りをキョロキョロしながら歩き続けると城があった。
最初はそれがバルカのお城かと思ったが、どうも違うようだ。
バルカの当主様が最初に作った戦闘用の城で、川に守られているが当主様はここにいないらしい。
ここから更に進んだバルカニアにはもっとすごいお城があるのだという。
だが、ここで足止めを食らった。
多くの人が列をなしているのだ。
その列に並んでようやく自分の順番が来たと思ったらお城の兵士に言われたのだ。
バルカに住みたいのであれば軍に入らなければならないということを。
嫌ならバルカへの居住権は与えられない。
いや、実際はお金持ちだったり、頭が良かったりするとそうじゃないらしい。
バルカの騎士様に認められるなにかを持っていれば住むことが許されるらしいのだ。
だけど、俺は何の特技もないしがない農民だ。
それも今では生まれた土地を離れているから農民とも言えないかもしれない。
そんな俺や一緒に来た友人には選択肢はなかった。
こうして、俺たちはバルカへの居住をかけてバルカ軍へと入ったのだった。
※ ※ ※
「いいか。このバルカ軍でなにより重んじられるのは軍規を守ることだ。軍規を守れなかったやつは今お前たちが見たようになる。いいか? 例外はない。軍規を守れなければ厳罰に処す。それをしっかりと覚えておけ」
バルカ軍に入った。
とんでもないところに来てしまったと思う。
俺は今まで軍というものに参加したことはない。
だけど、親父や周りの人から話を聞いていた。
だが、その話とこのバルカ軍は全然違っていた。
恐ろしいほどに軍規に厳しいのだ。
自分の上の指揮官に従わなければならない。
それは俺だってわかる。
だけど、遅刻しただけで殺されるのか……。
一緒にバルカにきた友人が死んでしまった。
集合の合図が出たあとになってから、腹が痛くなったから野グソをしてくると行って走っていっただけだ。
別に集合場所に来なかったわけじゃない。
だが、全員が集まってからしばらくしてようやく集合場所に来た。
それだけで、軍規に違反したとして処刑されてしまった。
どうしようか。
今すぐこんなところを逃げ出したい。
だけど、そんな勇気はない。
許可なくバルカ軍から出ていこうとしたら逃亡とみなされる。
軍からの逃亡は軍規違反だ。
バレれば俺も殺される。
なんてこった。
なんで俺はこんなところに来てしまったんだ。
後悔してもしきれない。
俺はその日、泣きながら夜を過ごすことになってしまった。
※ ※ ※
バルカ軍に入って月の満ち欠けが数巡した。
ようやく今の暮らしに少し慣れてきたように思う。
俺も今じゃちょっとしたもんだ。
新しく入ってきたやつの面倒すらみてたりするんだからな。
俺はバルカ軍の訓練兵の中でもそれなりに顔が利くようになってきた。
俺と同時期に軍に入ったやつらの数が結構減ったからだ。
このバルカ軍は本当に軍規が厳しい。
しかも、かなり細かい軍規が定められている。
それらに少しでも抵触すれば厳罰が下るのだ。
軽い罰であっても複数回該当すると処分される。
最初はありえないと思った。
こんな厳しくするなんてバルカの当主様は移住してきた連中を全員殺してしまうために無理やり軍に入れているのではないかと思ったくらいだ。
だが、今だと少し違うというのがわかってきた。
ここまでしないと多分まとまりがなくなるんだと思う。
よそから来た常識も違う連中が一箇所に集まることになるのだ。
厳しい軍規で取り締まらないと収拾がつかないのだろう。
それに軍規は細かいが不条理なものはない。
基本的には上の言うことを聞く、許可なく人に力を振るわないという当たり前のことが記されている。
慣れてしまえば軍規を違反せずに過ごすことそのものは難しくはない。
ただただ破ったときの罰が厳しいだけだった。
まあ、それも俺にとってはメリットもあった。
というのも、軍規は上官にも適用されたのだ。
俺と一緒に来た友人を処断した軍規を守れと言っていた人も軍規違反で処分されたのだ。
上官は怖い人が多いが、だとしても軍規を破れば死ぬ。
だからなのか、意外と軍規のある生活に慣れてしまえばこのバルカ軍は生活しやすかった。
しっかりと決まりを守って訓練していれば食べ物にも困らないのだ。
このままあと数年もすれば居住権が得られる。
それまでしっかりと真面目に生活していればいい。
俺はそう思っていた。
※ ※ ※
戦が始まった。
バルカ騎士領の隣の領地と揉めたらしい。
詳しいことは知らないが、ガーネス家の騎士がバルカ家当主のアルス様を侮辱したらしい。
すぐさまアルス様から号令が発せられた。
「バルカ軍、出るぞ」
アルス様が一言そう発せられた。
即座にバルカ軍は戦支度を整えて出陣した。
俺たち訓練兵は誰一人遅れることはなかった。
アルス様がヴァルキリーという非常に美しい毛並みの使役獣に乗って走り始めるあとを全力で追う。
そこからは電光石火の勢いだった。
ガーネス家の騎士の館にアルス様とバイト様が突撃し即座に防御を突破した。
俺たちバルカ軍もそれに続いて館を占領し、ガーネス騎士領の村を押さえた。
そして、そのまま更に向かってきた騎士の軍も打ち破った。
そこで俺たちバルカ軍の兵は自分たちが強いことを知った。
向こうの騎士の軍は軍とは名ばかりだったのだ。
てんで無秩序でまともに並ぶことすらできないくらいだ。
上官の指揮のもとで一致団結して動くバルカ軍の敵ではなかった。
しかも、向こうはちょっと旗色が悪くなるとすぐに農民兵が逃げて散っていった。
それをみてありえないと思ってしまった。
俺たちバルカ軍なら絶対に逃げない。
逃げたことがわかればどうせ死ぬのだ。
だったら死ぬまで戦う。
しっかりと戦えば無駄死ににはならないしな。
戦で死ねば軍に入る時に書かされた故郷の家族に大金が送られる手はずになっている。
死ぬのは怖いが、こうなった以上死ぬまで戦う。
俺以外のバルカ軍の兵もみんな同じ考えだった。
※ ※ ※
「アーバレスト家当主を討ち取ったぞ!」
耳をつんざく雷鳴の音。
さすがの俺もその音を聞いて恐怖した。
だが、その恐怖もすぐになくなった。
雷鳴の原因だった、アーバレスト家当主が討ち取られたからだ。
討ち取ったのはもちろん俺たちバルカ軍の頂点に位置するアルス様だった。
新たに川と川の間に作った城で籠城している間もアルス様の話題でいっぱいだった。
次々とアーバレスト領の騎士の館を落としていると情報が入ってきていたのだ。
しかし、その嬉しいはずの情報もこの川の中の城がアーバレスト本軍に攻められてからは喜んでばかりもいられなかった。
必死の抵抗をしながらただ耐える。
そして、ついにその戦いに終止符が打たれたのだ。
アーバレスト領を西進していたアルス様が引き返してきて、あっという間に孤立した当主を含む本陣を壊滅させてしまった。
まさか、俺達が貴族家当主を含む軍を相手に勝つとは正直思いもしていなかった。
昔から親父たちに口を酸っぱくして言われていたのだ。
騎士は人ではない、人外の存在だ。
そして、貴族の当主様ともなれば神にも近い存在だと。
まともに戦って勝てるなんて夢にも思わない。
だが、アルス様は勝ってしまった。
そして、その勝利に俺たちが貢献したのだ。
まさか、こんな勝ち戦に自分が関われるとは考えもしなかった。
俺は生き残った同期の兵と一緒に肩を組んで喜びあったのだった。
※ ※ ※
「いいか、お前ら。俺のために死ね。俺はこれからウルク家次期当主のペッシ・ド・ウルクを討つためにこの陣地を捨てて攻撃を仕掛ける。俺とリオン、バイト兄が戦っている間、ウルクの騎士を死んでも食い止めろ。いいな?」
「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」
なんてこった。
アーバレスト軍に勝ったと思ったら、息をつく暇もなく東に移動してウルク軍と戦うことになった。
そのウルク軍との初戦もこちらの圧勝だった。
奇襲を仕掛けて罠にはめる。
それだけでウルク軍の多くの騎士と兵を倒したのだ。
だが、そこからが大変だった。
陣地を作っていたらウルク軍から次期当主の軍がやってきたのだ。
陣地に籠もって防戦していたが、一日ごとに多くの人が死んでいく。
さすがにもうこれまでかと思った。
だけど、そこで奇跡が起きた。
俺が騎士になったのだ。
何を言っているのか自分でもわからない。
本当に俺が騎士になったのか自分でもよくわかっていないからだ。
だけど、俺はバイト様から名付けを受けて魔法を授けられた。
名付けの儀式はアルス様自らが執り行ってくれた。
ああ、アルス様に初めてここまで近づいたな。
俺よりもまだ子供だ。
だけど、子供ではなかった。
俺と目があったがその目にやられてしまった。
あのバイト様でも敵わないというのは本当なのだろう。
俺なんかとは生きている次元が違う。
そう思ってしまった。
そのアルス様がみんなを前にして言う。
俺のために死ね、と。
そうすればペッシ・ド・ウルクを倒す、と。
心が震えた。
アルス様ならやる。
たとえ相手が誰であろうと間違いなく勝つ。
俺は、俺達はアルス様の言うことを聞いていれば絶対に勝てる。
そう思った。
死ぬのは怖くない。
やってやる。
憧れの騎士にもなれた。
もはや俺は自分の人生に後悔はない。
死んだ友人にあの世で言ってやろう。
俺は騎士になってやったぞ、って。
※ ※ ※
勝った。
俺たちは勝った。
あの絶体絶命の状況からウルク軍に勝ったのだ。
アルス様は本当にペッシ・ド・ウルクを倒した。
有言実行だ。
相手と向き合い、あっという間に倒してしまった。
それだけじゃない。
その後、復讐に燃えたウルク軍に囲まれながら一歩も引かなかったのだ。
アルス様とバイト様、それにリオン様が前に立ち多くのウルクの騎士を倒していく。
すごかった。
朝からずっと戦い続けて一歩も引くことがなかったのだ。
カルロス様が救援にやってくるまでずっとだ。
「おつかれさん、エルビス」
そのアルス様が俺に声をかけてくれた。
お疲れ、と。
一番疲れているはずのアルス様が、この俺に。
というか、俺の名前を覚えていてくれたのか。
泣きそうだった。
いや、泣いた。
俺だけじゃない。
みんな泣いていた。
戦いが終わったバルカ軍はみんな泣きながら笑っていた。
この軍に残ろう。
ウルク軍との戦いが終わったあと、俺は思った。
バイト様のもとで、アルス様を助けるために、俺は戦おうと思う。
多分、そう考えているのは俺だけじゃないはずだ。
この場にいたやつはみんなそう思っているだろう。
こうして、俺はこのとき本当にバルカの一員になれたのだった。
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