転機
カリカリ、モシャモシャ。
森のなかにある俺の隠れ家の中でそんな音がなっている。
音の発信源は先程まであぐらをかいた俺の足の上で寝ていた使役獣だ。
結構長い時間寝ており、起きてきたらグーッと背中を伸ばすノビをしてから床に降り立った使役獣。
そして、キョロキョロと周りを見渡したあと、部屋のすみへと移動したのだ。
隠れ家は森のなかに作ったレンガ造りの家だ。
だが、木を切り倒して得た土地の面積からすると作った隠れ家の大きさはさほどでもなく、ほかにも土地が余っていた。
そこで、空いたスペースは【土壌改良】の魔法によって畑へと姿を変え、すぐに育つハツカを植えておいたのだ。
数日で育つハツカは収穫したあと隠れ家の中へ置いておいた。
どうやら目を覚ました使役獣はそのハツカを発見して近づいていったようだった。
「お前、それが気に入ったのか? たくさんあるからすきなだけ食べていいぞ」
俺がそう言うとキュウと鳴き声を上げ、再びハツカへと口をつける使役獣。
どうやらコイツは草食系らしく、ハツカを美味そうに食べている。
よかった。
もしも肉しか食べないとなったらどうしようかと悩んでいたくらいだ。
それに比べたらハツカならばいくらでも用意できる。
俺なら生でハツカを食べればウッと顔をしかめてしまいそうな苦味に苦しめられるが、そんな様子もない。
メインの食料としてもいいのではないだろうか。
使役獣育てがエサ代による経済破綻につながらなさそうなことになってホッと一息ついたのだった。
※ ※ ※
「うーん、大きくなったな。どうやったらそんな急成長するんだ?」
使役獣が生まれてから10日ほどが経過していた。
なんということでしょう。
生まれたときには手のひらに乗る程度の大きさしかなかった使役獣が、今ではこんなに大きく成長したではありませんか。
頭から立派な角が生えた使役獣は僅かな時間で大の大人が乗っても平気なほどへと大きくなっているではありませんか。
あまりに見事な肉体。
筋肉ががっしりしたトナカイの角が生えた馬型の白毛の獣。
その毛はまるでシルクか何かのように触れるとサラサラとして、陽の光が当たるとキラキラと輝いて見えるほどだ。
遠目から見てもその存在感は半端なものではない。
これは確実に売れる。
誰がどう見てもそう思うに違いないだろう。
だが、売る前にやってみたいことがあった。
「よし、これからお前に名前をつけてやろう」
実は使役獣が生まれてからこれまで名前もつけていなかった。
正直なところ、名前をつけたら感情移入しすぎるかもしれないとか考えてしまったのだ。
売るときもそうだが、万が一死んでしまったりしたら相当へこみそうだと思っていたのだ。
だが、ここまで成長すればさすがにすぐ病死したり餓死するようなことはまずないだろう。
売るときはもしかすると泣くかもしれないが、まあ食用家畜のように屠殺してしまうようなことをするわけでもない。
名前をつけてやってもバチは当たらないだろう。
それに名前をつけたいと考えているのにはほかにも理由がある。
それは俺が洗礼式での命名の儀で見た魔法陣が原因だ。
パウロ神父は俺に向かって突き出した手のひらから魔力で紡いだ魔法陣を使って名付けをしていた。
そして、その後に俺は名前と一緒に生活魔法を手に入れたのだった。
だが、その生活魔法がずっと気になっていた。
あれをパウロ神父は主の加護によって得られるものと言っていたが、どうも違うもののような気がする。
名付けが終了した瞬間に生活魔法の呪文名とその使い方や効果などが、なんの説明もないのに理解できていたのだ。
なんというか、あれは頭の中に直接説明書というかプログラムを書き込まれたかのような、そんな印象を受けていたのだ。
もしそうだと仮定すると、使役獣に魔法陣を使っての名付けをすればどうなるのだろうか。
俺の興味はそこにあったのだ。
生活魔法の中でも特に【飲水】は地味だがすごいものだと思う。
前世ではいつでもどこでも水を飲める生活をしていたからなんとも思わなかったが、この世界に来てそれはすごいことだとわかった。
そのへんの生水を飲むと結構簡単に下痢のような体調不良を起こすことがあるのだ。
下痢は危険だ。
冗談抜きで医療機関などまともにない状況では死に繋がりかねないのだ。
本来なら汚れを取り除き、火で水を沸かして飲まなければならない。
だが、生活魔法の【飲水】があればその手間が省けるのだ。
魔力を瞳に集めて使役獣を見てみたところ、こいつも魔力を持っているということがわかっている。
うまく成功すれば自分で自分の飲み水を用意することも可能になる。
【着火】の存在が怖いが、どうしても試してみたかったのだ。
だって、この魔法陣を使って勝手に村の人間に使って名付けしていくというわけにもいかないのだし。
大丈夫だ。
なにか問題が発生したときは、その時考えよう。
失敗する可能性もあるわけだし……。
こうして俺は、大きく成長した使役獣へと名前をつけることにしたのだった。
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