逆包囲戦
「これは本格的にやばい。とにかく少しでも周りの敵を減らせ。バイト兄、暴れる時が来たぞ!」
「っち。わかってる。けど、数が多すぎるぞ、アルス。そんなに長くは持たないぞ」
「よし、ヴァルキリーに壁を作らせる。とにかく包囲されるのだけは防ごう。リオン、歩兵部隊をここに合流させろ。騎兵と分断されて各個撃破だけはさせるな」
「わかっています、アルス様」
ウルク軍の総大将で次期当主だというペッシ。
そのペッシを討ち取ったものの、戦況は最悪の状態だった。
こちらの数は800ほどであるというのに、ウルクの本隊に自ら飛び込んでいったのだ。
周りすべてが敵兵であり、しかも数はこちらを遥かに超えている。
包囲殲滅戦というのは最高の戦術だと聞いたことがある。
相手を完全に囲んでしまってから攻撃してしまうという、言葉だけであればシンプルな戦術。
しかし、その状況にはまり込むと生半なことでは抜け出せない。
特に囲まれた側の集団は団子状態に密集することになるため、集団の中央部にいる人間は敵ではなく味方に押しつぶされて死んでしまうことにもなるのだ。
なので応急的に壁を作った。
とりあえず一方向だけだが角ありヴァルキリーに壁を作らせて攻撃が来ない方向がある状態にだけしておく。
だが、対処できたのはそこまでだった。
後は周りから押し寄せてくる騎士や兵を相手に武器をふるい続けるしかできない。
「おら、かかってこい。俺に勝てるやつは前に出ろ」
なんとかそんな絶望的な状態でも耐えることができているのは俺と少し離れた場所で暴れているバイト兄やリオンのおかげだった。
【狐化】しているウルクの騎士を何人も相手にして優位に戦いを進めている。
あの2人に名付けをさせておいたのはやはり正解だったと思う。
あのときはペッシを倒すために俺一人に魔力を集中させるために、俺自身が名付けをしようかとも考えていた。
が、いくら強くなっても俺ひとりだけではこの状況では対処できなかっただろう。
「つっても、この状況だと結局一緒かもな」
「おい、アルス。なんとかならないのか?」
「父さん……、もうしばらくは持つかもしれないけど正直きつい。そっちは平気?」
「俺はまだなんとかな。でも、時間がたつほどに動けなくなるぞ。一度、陣地に戻ることはできないのか?」
「それは駄目だ。あんな小さな通り道を抜けて戻ろうとしたらそれこそ全滅するよ」
俺の近くで戦っていた父さんが声をかけてくる。
陣地に逃げ帰るのはどうかと案を出してきたがそれはとても現実的ではない。
俺が作った地下道は大きなものではない。
あんなところに逃げ込もうとしたら、それこそ最初に地下道に入った人間以外の後続はすべてすり潰されてしまう。
「父さん。ヴァルキリーの作った壁の前で指揮をとってくれないか?」
「……どうすればいいんだ、アルス?」
「各部隊を壁の前で順番に休ませるんだ。ちょっとでも体を休めることができれば戦える時間が増える」
「しかし、それだと一度に戦える人間が減るぞ。大丈夫なのか?」
「俺が頑張る。でも、ちょっとは俺の休憩時間も取れるようにしといてよ?」
「ああ、わかった。アルスもバイトもきつくなったらすぐに父さんに伝えてくれ。じゃあ、行ってくるな」
「頼んだ」
本当ならばもっと壁を増やしておきたいところだが、どうやらそれも難しそうだ。
津波のように押し寄せるウルク軍を前にしてその余裕は完全に失われていた。
もし下手に壁を増やしてしまうと相手に逆用されてしまう可能性がある。
包囲が完璧になってしまったゆえに、騎兵の強みも失われた。
唯一の救いはすでにペッシがいないということだろう。
もしここで【黒焔】なんて使われていたらこちらはみんな丸焼きだ。
しかし、身体能力の優れる【狐化】と【朧火】を使うウルクの騎士を中心としたウルク軍によって、俺達は確実にその人数を減らされ続けていったのだった。
※ ※ ※
「くそ……。もうどんくらい戦ってんだよ」
早朝に敵本陣にいるペッシを強襲してからずっと戦い続けている。
最初は薄暗かったはずの空は完全に明るくなったどころかもう昼時を過ぎてさらに時間が経過している。
まあ、どのみち食べるものすらないのだが……。
しかし、ウルク軍の猛攻が一向に収まらない。
こちらはすでに全員が傷つき、数もさらに減らしているというのに本当にどうしようか。
戦いながらも常に周りは注視している。
どこかに逃げ道はないかと探しながら目の前の騎士たちと戦っているのだ。
どこか敵の弱いところがあればそこに角ありを全頭投入してでもこじ開けて包囲を突破しようと思うのだが、それがなかなかできていない。
当主級という圧倒的な強さを誇る者がいなくなったといっても部隊運用はしっかりしているらしい。
というか、トップにいたはずのペッシがいなくなったというのにこんなに軍として崩れないのかと驚かされる。
「ん? なんだ? ウルク軍が乱れ始めた?」
だが、そのウルク軍の動きに違和感を感じた。
どうしたのだろうか。
何が起きているのかわからない。
が、ここがこの危機を脱出する最後のチャンスかも知れない。
「ヴァルキリー、来い!! 全軍、包囲を突破する。バイト兄、リオン、後に続け」
「お、おい、大丈夫なのか、アルス」
「わからないけどチャンスがきた。父さんも遅れずについてきてくれ」
ウルク軍の動きに不自然さを感じた瞬間、決断する。
俺は即座に包囲しているウルク軍に突撃することに決めた。
角ありヴァルキリーに【身体強化】をさせ、ウルク軍に突っ込ませて、その後を騎乗した俺がついていき雷鳴剣で周りの動きを抑える。
だが、その動きがずっと続くわけではない。
厚みのあるウルク軍の包囲にヴァルキリーの足が止められ、だんだんと突破力が失われていく。
今度はこちらの軍が縦に伸びた状態で完全にウルク軍に取り囲まれる状態になった。
これでウルク軍に感じた違和感が俺の気のせいだったのならばジ・エンドだ。
さすがにここから状況をひっくり返すことはできないだろう。
だが、そうはならなかった。
「なぜ貴様がここにいる。陣地に籠もっていろと言っておいただろう」
「か……カルロス様、そっちこそどうしてここに?」
「決まっているだろう。ペッシ・ド・ウルクを倒しに来た。どこにいる?」
「もう倒しましたよ。俺とリオンとバイト兄の3人で」
「なに? ……どうやら嘘をいう余裕もなさそうだな。良かろう。話は後だ。フォンターナ全軍に告ぐ。ペッシ・ド・ウルクはフォンターナの若き騎士たちが討ち取った。残りの残党共を打ち倒せ」
「「「「「はっ」」」」」
敵の大軍のなかで動きが止まり、もうこれまでかと思った矢先だ。
だが、希望が現れた。
こちらを取り囲んでいるウルク軍を押しのけるようにしてカルロスがやってきたのだ。
もちろん、カルロスが一人でここに来たわけではない。
どうやらアインラッド砦にいた軍を率いての登場らしい。
そのフレッシュな軍とこの場に唯一いる当主としての実力をもつカルロスによって、バルカ・グラハム軍を包囲してひたすら攻撃を続けていたウルク軍は大きな損害を受け、撤退せざるを得なくなった。
こうして、絶望的かと思われたバルカ・グラハム軍に対する逆包囲戦の幕は閉じたのだった。
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