斬鉄剣
「やったぜ」
地面へと倒れ伏しピクリとも動かなくなったペッシ。
追撃の一撃の手応えが手に握る武器を通して俺の勝利を確信させた。
ペッシが九尾剣から【黒焔】を出して攻撃してきたときには一瞬負けを意識してしまった。
だが、俺の攻撃が一撃だけだが相手を上回った。
【黒焔】を纏う九尾剣に対して俺が用いたのは魔法武器だ。
といっても最初に持っていた九尾剣でも、バイト兄やリオンにわたした雷鳴剣でもない。
俺が使ったのは硬牙剣だった。
しかし、ペッシを撃破したのは通常の硬牙剣ではない。
今のところ、たった一本しか存在しない特別な硬牙剣だった。
魔力を込めると魔法の効果を発揮する武器。
それが魔法武器などと呼ばれるものだ。
そして、俺が初めて手にした魔法武器はグランが大猪の牙から作り上げた硬牙剣だった。
しかし、この硬牙剣には2つの種類が存在する。
それは大猪の成獣の牙から作った通常タイプと幼獣の牙から作るタイプの2種類だ。
成獣の牙を素材として作り上げた硬牙剣はグランによって西洋剣の形に整えられて、魔力を込めると硬度が上がる特性がある。
だが、今ペッシを討ち取ったのに使用したのはこの通常タイプの硬牙剣ではない。
大猪の幼獣の牙から作り上げたほうの硬牙剣だ。
初めてグランが硬牙剣をつくったときにこの2つのタイプの硬牙剣を俺にわたしてくれていた。
そして、この幼獣の牙から作られた硬牙剣は「成長する武器」だと言っていた。
幼獣の牙から作っていたため子供用とも思えるほどの小剣だ。
だが、何度も繰り返し魔力を注いでいくと武器そのものが成長するというのだ。
貴族などはこのような成長する武器を代々保有していて、魔力を注いで大切にしている。
そうして、成長した武器というのは通常タイプを大きく超える性能を持つ武器へと変わっていくのだという。
が、そのときの小剣の成長を俺は待つことができなかった。
毎日魔力を送り込んでもなかなか成長しなかったからだ。
だから俺は無理やりこの剣を成長させることにしたのだ。
ヴァルキリーの魔力を使って。
そうだ。
俺は成長する硬牙剣を角ありヴァルキリーに毎日魔力を注ぎ続けるように命じていたのだ。
そうすれば俺一人が地道に魔力を注ぐよりも早く成長するだろうという考えによって。
最初はあまり効果が現れなかったが、だんだんとこの小剣が成長していき、今はこうして戦場まで持ってこようと思うほどになっている。
後から考えると、ヴァルキリーの【共有】の魔法の効果もあったのだろう。
群れのすべての魔力が【共有】されているヴァルキリーが日々成長する剣へと魔力を注ぎ続けていたのだ。
群れの規模が大きくなるほどその魔力量は多くなり、わずか数年でこの剣が成長するに至った。
そうしてできたのが、今俺が手にしている硬牙剣だ。
しかし、通常タイプとは大きく形が異なっている。
なぜか通常の西洋剣のような形から日本刀のように反りがあり、切ることに特化した剣へと変貌していたのだ。
だが、これが良かった。
成長した硬牙剣とこの日本刀型というのは相性がよかったようだ。
剣身が薄く反りがある片刃の剣など下手に扱うと折れやすいのではないかと思う。
が、成長したといえもともと【硬化】の特性を持つ魔法剣なのだ。
【硬化】というのは単純に硬くなるというだけではないようだ。
もしも、純粋な意味で硬くなるだけなのだとしたらその武器は逆に折れやすくなるだろう。
しかし、魔力を集中させれば人間の体も物理的にも魔法的に防御力が上がるのと同じようにこの日本刀型硬牙剣は非常に折れにくく、かつ切れやすい剣へと成長したのだ。
そして、ペッシがバイト兄による全力の雷鳴剣での攻撃を防いだところを見てひらめいた。
もしかすると、膨大な魔力を集中させた武器があれば、いかに【黒焔】を纏った九尾剣であってもその攻撃を防ぐことができるかもしれない、と。
結果から言うと、俺の思いつきは成功した。
居合抜きのように鞘から滑り出した剣で九尾剣へと打ち合わせるように攻撃した結果、相手の【黒焔】を九尾剣ごと弾き飛ばし、当主に相応しいらしい金属鎧をも切り裂いたのだった。
「シンプル・イズ・ベストってな。この剣があれば魔力量の多い当主級でも倒すことができそうだ」
魔法武器として見ると氷精剣や九尾剣、雷鳴剣のほうが派手で魅力的に見える。
その点、硬牙剣は魔力を注いでも硬くなるだけであまり恩恵が得られないようにも感じていたのは事実だ。
だが、そうではなかった。
圧倒的な防御力を誇る当主級を討ち取るという目的を達成するには、打ち合えば相手の魔法を打ち消して、刃物すら通らないのではないかという防御力を持つ相手を切り裂ける。
これ以上の対当主用対人武器はないのではないだろうか。
「よし、これからこいつのことは斬鉄剣グランバルカって呼ぼうかな。つまらぬものを切ってしまった」
「おい、バカアルス。何ボーッとしてんだよ。囲まれてるぞ」
「え? 悪い。ペッシは倒したんだから早いところずらかろうぜ」
「どうやらそうはいかないようです、アルス様。ウルク軍は総大将であるペッシを討ち取られて意気消沈するどころか、逆に復讐に燃えてやる気が増しているようです」
「おいおい、どういうことだよ、リオン。こんな敵陣の中で囲まれたら死んじまうぞ。なんとかならないのか?」
「……どうやらそれは難しそうですね。歩兵と合流して少しでもウルク軍の数を減らしましょう。それしか打つ手はありそうにありません」
「まじかよ」
ちくしょう。
一難去ってまた一難というやつだろうか。
せっかく作戦通りペッシを倒すことができたというのに命の危険は減っていないようだ。
陣地を抜け出して超速でペッシを討てば、相手の軍は指揮系統が乱れ、当主級を討たれたという事実で戦意を喪失すると思っていたのだ。
だが、相手の動きがこちらの予想と違った。
俺がペッシを討ち取ったのを見て悲しむのではなく、即座に敵討ちをしようと考えたようなのだ。
こうして、目的を達成したもののバルカ・グラハム軍は周りすべてを敵に囲まれてしまったのだった。
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