背水の陣
「バイト兄はあの家名でよかったのか? バルト家ってバルカと似ていてややこしいんじゃないのか?」
「いや、逆にバルカと親戚関係っぽくていいだろ。今日から俺の名はバイト・バン・バルトってことだ。よろしくな、アルス」
「おう。期待しているよ、バイト兄」
もはやこれ以上この陣地で耐えることはできないと判断した俺はバイト兄とリオンの二人に名付けを行わさせた。
ふたりともおおよそ300人程度の魔法を使える部下を得たことになる。
とくに、バイト兄のほうはかなり強くなったのではないかと思う。
もともと俺が独立してバルカ騎士領を得てから、バイト兄には兵の訓練などを任せていた。
バイト兄はその兵の訓練でみんなをしごいていたのだ。
それは単純に体を動かす訓練だけではない。
魔力の向上も目指した訓練をしていたのだ。
普通の人は俺と比べると魔力が希薄だ。
というか、俺は幼い頃から意識して魔力の質と量が上がるように自らいろいろと実験しながら訓練していた。
空気中から魔力を取り込んで魔力量を増やす。
食べ物を食べるときは内臓に魔力を集めて栄養と一緒に食べ物の魔力もより取り込むようにする。
そうして得た外からの魔力をお腹のあたりで自分の魔力と練り合わせて、ドロドロと煮詰めるようにする。
そんなふうにしてトレーニングしていたのだ。
そして、この方法論はバイト兄も知っている。
俺は別にこのやり方を隠していたわけではなく、騎士になる前から家族に話したりしていた。
さらに言えば魔力を利用して魔術として発動することや、それを呪文化する方法も話している。
弟のカイルが俺が使えない独自の魔法を編み出したのも俺がやり方を教えたからでもある。
バイト兄はいまだにオリジナル魔法は編み出せてはいないのだが、魔力トレーニングのやり方は知っているし、自分でも実践している。
そして、普段の兵の訓練でもこのトレーニング法を教えているのだ。
完全に自分の感覚でしかわからない理論ながらこのトレーニング法を聞いて訓練した兵は少しずつだがその効果が出てきていた。
それにバルカ姓を持つものであれば効果がわかりやすい。
それまで【整地】などしか使えなかったものが魔力トレーニングをして、【壁建築】などを使えるようになるというわかりやすい効果判定の方法もあったからだ。
つまり、バルカ騎士領でバイト兄から訓練を受けていた兵たちはたとえ魔法が使えず普段農民として暮らしていたとしても一般人よりは魔力量が高かった。
その者たちが今回バイト兄に名を授けられたのだ。
バルト家という新しいバイト兄の家名を。
おおよそ同じくらいの人数を名付けしたとはいえ、新しくできたばかりのグラハム騎士領から急遽集めた訓練もしていない農民ばかりのリオンよりもバイト兄が強くなったというわけだ。
まあ、どちらもかなりの魔力量の向上になったのでこれならなんとかなるかもしれない。
「でも、名付けしてからいうのもあれだけど、バイト兄が名付けして壁を作れる奴らの数も増えたんだよな。今更だけど方針転換して壁を作りまくって5日間耐えるのもありか?」
「そうですね。それもできるかもしれません。が、私も先程他の者に指摘されて気づいたことがあります」
「気づいたこと? リオン、それはなんだ?」
「申し訳ありません。それは食べ物です。わたしの計算よりも早く減ってしまっていたようです」
「食料が? もしかして【黒焔】で焼けちまったのか?」
「いえ、それもあるのですがそうではありません。ヴァルキリー用の食べ物がないのですよ」
「ヴァルキリーの? ……そうか、この状況だとハツカが育てられないか」
「はい。今までは陣地を作ったときに内部の土地を少し【土壌改良】してハツカを育てていました。それをヴァルキリーたちの食料の一部に充てていたのです。それが【黒焔】の影響でだめになっていたようです」
「そうか、それで兵士用に持ち込んでいた食べ物をヴァルキリーにも与えて減りが早かったってことか」
「はい。計算以上の消費量となってしまっていたようです。今の今まで気が付かないとは……。申し訳ありません」
「いいよ。俺も食料置き場が燃えていないかだけしか注意していなかったからな。……っていうことはもともとあと5日間も耐えられるほどの食料がなかったってことなんだな。まあ、ある意味都合がいいだろ」
「なんでだよ、アルス。食料がなくて都合がいいことなんかあるのか?」
「ああ。今日のうちに残った食料を全部食っちまおう。そうすればもう食うもんがない。つまり、これからウルク軍に突撃して敵将を撃破して囲みを突破しない限り、死あるのみってことだ。みんな死に物狂いで戦うだろ」
なんつったかな。
背水の陣とかいって、味方の兵の逃げ道をあらかじめ無くしてから戦ったら逆にみんな必死になるとかいうやつだ。
追い詰められたネズミが猫を噛む以上の力が出せればウルク軍の囲みを破れるかもしれない。
「ああ、それとこれはリオンに渡しておこうか」
「これは雷鳴剣じゃないですか? いいのですか?」
「いいっていうか、持っててもらわないと困るだろ。相手が相手だしな。俺は九尾剣があるし、バイト兄も雷鳴剣を持っているしな」
「ありがとうございます。それでは遠慮なく。しかし、すごいですね。ついこの間まで没落した元騎士家の人間だったのに、あっという間に魔法武器を持つ領地持ちの騎士になってしまいました」
「んなこと言ったら俺たちは腹減らしてた農民のガキだよ。でも、ここまできてこんなところで焼け死ぬのは勘弁してほしいからな。絶対にペッシを倒して包囲を脱出するぞ」
「そうだな、アルス。よし、全員、飯の支度をしろ。腹いっぱい食って全力で戦うぞ」
「そうですね。やりましょう、アルス様。わたしはあなたにグラハム家の未来をかけたのです。それに姉さんを残してふたりともここでいなくなってしまうと悲しませてしまいますからね」
こうして、俺達は最後の晩餐になるかもしれない食事を摂り、ウルク軍に襲撃をかけることにしたのだった。
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