黒焔の威力
「くそ。このままじゃまずいぞ、リオン」
「わかっています、アルス様。できるだけ早く【アトモスの壁】を使えるものを集めてください」
「どうするんだ? 確かに高さのある壁で周りを固められたら一番だけど間に合わないぞ?」
「周囲を完全に【アトモスの壁】で囲む必要はありません。あの投石が行われている方向の壁だけを補強します。それも隙間があってもかまいません。大きな岩が防げるだけの間隔でクシのような状態でも被害は防げるはずです」
「なるほど。応急処置だけど悪くはないか。とにかく全員を総動員して守らせよう」
次々と飛んでくる投石機からの大岩。
これを防ぐためにもすぐさま対処を始める。
高さ10mの壁を作る【壁建築】を使って作った陣地では相手の攻撃を防ぎきれない。
そう判断した俺達は即座に動き始めた。
魔力量の多いものを集めて適当な間隔を開けて【アトモスの壁】を発動する。
とても等間隔とは言えないが、それでも高さ50mで幅が5mの柵のような壁が出来上がる。
ある程度その作業を監督していた俺は【アトモスの壁】が大岩の投石を防ぐのを見届けた後、再び陣地内を移動する。
俺が駆けつけたのは大岩が着弾したところだった。
実に厄介な攻撃をウルクはしてきたものだ。
俺が飛んでくる大岩を防ぐために動き回っていたというのに、いまだに陣地内に着弾した岩が燃えているのだ。
それも真っ黒な炎というありえない光景を見せつけながらだ。
「これがウルクの上位魔法【黒焔】か……。対象が燃え尽きるまで消えないってのは本当なんだな」
普通の投石だけであればここまで焦らなかった。
だが、それが魔法の影響を受けた大岩であるというだけで話が違ってくる。
ウルク家が誇る上位魔法【黒焔】。
以前から話には聞いていたが実に恐ろしい魔法だった。
黒い炎がまとわりつき、対象を燃やし尽くすまで燃え続ける。
その【黒焔】が大岩を燃やしているのだ。
最初に着弾した大岩は表面がドロドロと溶けながらもまだ燃えている。
だが、見たところ【黒焔】という魔法は何でもかんでも燃やすというものではないらしい。
というのも、大岩が燃えているのだが、黒い炎そのものが他のものに燃え移ってはいないという点にある。
考えてみれば当たり前か。
もしも黒い炎が何でも燃やしてしまい、かつ、燃やし尽くすまで消えないというのであれば自然界で接したものすべてを燃やし尽くすまで消えないことになるのだ。
そんな魔法はさすがにありえないだろう。
そうであったならば使った本人であるウルク側にも影響を与えることになる。
が、だからといってこの炎が危険ではないわけではない。
当然燃えているからには熱く、近づくだけで周囲を熱した空気を吸い込んだ肺が焼け付くのではないかと思うほどの高熱を放っているのだ。
他のものに黒い炎が燃え移らないといっても、他のものを燃やす効果がしっかりあるのだ。
燃やされたものは普通に火がつくし、灰にもなる。
黒い炎が燃え移らないだけで、十分驚異的だということになる。
しかも、燃えている大岩も被害を増やしていた。
黒い炎によって燃えている大岩がドロドロの溶岩のようになっている。
が、そこに水をかけても黒い炎を消すこともできないのだ。
まともな消火活動もできないということになる。
「被害状況をまとめて報告しろ。食料とヴァルキリーを安全な場所へ移動させるのを徹底させろ。いいな?」
俺はそう言いながら地面に手をついて魔力を込める。
体中の練り上げた魔力を地面に流し込んでイメージする。
陣地内へと着弾し、今もドロドロと溶けている大岩をすっぽりと覆う耐火レンガの建物を。
鍋を逆さまに地面に置いたような形の建物を魔法で作り出し、大岩を完全に密閉する。
こうすれば少なくとも溶岩は流れ出てこないだろうし、うまくすれば密閉して空気を遮断したことによって黒い炎も消えてくれないだろうかという期待もある。
だが、この即席の魔法は他の者にはできない。
今この場で飛来した大岩への対処ができるのは俺しかないのだ。
俺はありったけの魔力回復薬を持ってこさせて、陣地内を駆け回りながら被害を出している大岩を封じ込めていったのだった。
※ ※ ※
「リオン、このままだとジリ貧だぞ。カルロス様はいつ来るんだ?」
「……カルロス様は必ず来ます。アルス様はそのことを確信して指揮をとってください。そうでないと味方が動揺します」
「つってもな、もうこっちの陣地が攻撃され始めて3日目なんだぞ? いい加減、包囲しているウルク軍を背後から攻撃でもしてくれないと持たないんじゃないか?」
バルカ・グラハム軍がウルク軍に包囲され、攻撃され始めてから3日が経過した。
その間は本当に死に物狂いで抵抗している。
だが、こちらには結構な数の被害が出ていた。
というのも、ウルク軍の攻撃が予想以上にいやらしいものだったからだ。
ウルク軍トップのペッシが上位魔法【黒焔】を用いて攻撃してきた。
これだけでもこっちは大変だったのだが、その後普通にウルク軍の攻城戦も始まったのだ。
包囲していたウルクの兵がはしごなどを持って陣地の壁目掛けて走ってくる。
そして、それを援護するように弓でも攻撃してくるのだ。
当然こちらもそれに対処せざるを得ない。
急いで陣地の壁に登って上から迎撃を開始した。
だが、ある程度その状況が続いたときに、再びペッシの【黒焔】が使われたのだ。
どうやら上位魔法というだけあって【黒焔】もそこまで連続でポンポンと使えるわけではないらしい。
しかし、休憩を挟むことで時たま思い出したように使われる【黒焔】の攻撃。
壁の上に登って迎撃しているものなどを狙って、燃え盛る大岩が飛んでくるのだ。
当然、こちらにも被害が出る。
そして、その【黒焔】付きの大岩による攻撃でこちらが損害を与えられたタイミングで再び攻撃の主役がウルクの兵たちに切り替わる。
正直なところ、陣地の外がスライムプールでなければ3日も持たなかっただろう。
もっとも、そのスライムも多くが燃やされてしまったようだが。
これ以上ここで守っていてもジリ貧なのは間違いない。
いい加減状況の打開が必要だ。
だというのに、その期待を背負ったはずのカルロスが一向に登場しないのだ。
当初の考えならこちらが耐えている間にアインラッド砦から出撃したカルロスがウルク軍の背後をついて攻撃し、それを見たウルク軍が兵を引き上げるというはずだった。
カルロスが出てきてくれなければこの作戦は成り立たない。
このままカルロスが出てくるのを待つべきか。
あるいは何らかの打開策を考えて、動ける余力が残っているうちに何かをすべきか。
傷ついた俺たちは絶体絶命の危機の中、岐路に立たされていたのだった。
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