決戦直後
「あー、死ぬかと思った」
「お疲れ様です、アルス様。無事にアーバレスト家の当主を討ち取ったようですね」
「ああ、お疲れ、リオン。リオンが言ったとおりに行動していたら本当にアーバレスト家の当主がいる本陣が手薄になっていたからな。あのチャンスを逃すわけにはいかなかった。けど、すっごい怖かったよ」
「こちらの城の中からでははっきりと見えませんでしたが、すごい音でしたね。アーバレストの【遠雷】は噂に違わぬ威力を誇っていたと思います。そのアーバレストに我々が勝ったんですよ、アルス様」
「まあ、結果的にはな。けど、もう一回やれって言われても嫌だぞ、俺は。あんな怖いのはもうやりたくない」
東のウルク家と協調してフォンターナ領を挟撃するためにやってきた西のアーバレスト家。
そのアーバレストの軍を迎撃するために俺は防御よりも攻撃をすることに決めた。
が、実際のところは何の具体案もなく、適当にアーバレスト領に入り込んで暴れまわるくらいの考えしか思いついていなかった。
だが、俺が打ち出した方向性を聞いたリオンはより具体的な案をひねり出してくれたのだ。
まず、アーバレスト家の状況を読み取った。
おそらくフォンターナ家の当主であるカルロスを討ち取るために、8000の軍勢のなかには当主級もいるだろうと考えたのだ。
そして、数で劣る俺たちフォンターナ陣営が目的を達成するためには、相手の頭を潰すことを狙うべきだと判断した。
だが、当主級がいるとなると普通に考えても、まともにぶつかったら勝つことはできない。
ではどうするか。
アーバレストの当主級がいる本陣を孤立させ、その本陣へと奇襲を仕掛けて一撃のもとに討ち取ってしまう。
これがリオンの書いた筋書きだった。
リオンはその展開へと持ち込むために、難攻不落と称される水上要塞パラメアの攻略を行い、領地の境で相手の注意を引いてわざと攻撃させるための城を作り、俺が指揮する騎兵を事前に城の外で活動させるという布石をばらまいていった。
どれか一つが失敗すれば今回の計画はすべておじゃんになり、俺達の負けどころかフォンターナ領の敗北へとつながることになる。
が、結果としてはすべてリオンの思い描いたとおりになったようだ。
俺だけではとてもこうはできなかっただろう。
しかし、だ。
リオンの計画には大きな穴が存在していた。
それは肝心の「アーバレスト家の当主級を倒す方法」がなかったのだ。
当主級を孤立させてそこに俺を誘導する。
だから、あとは俺にどうにかして相手を倒してこいという丸投げ作戦だったのだ。
しかも、話に聞けば防御する方法も思いつかないような雷の魔法攻撃が相手には存在する。
ぶっちゃけて言えば、向こうの本陣が俺たち騎兵に気が付かずに無防備に攻撃を受けるような幸運に恵まれなければ勝てないのではないかと誰もが思っていた。
まあ、しかし、最終的にはうまくいった。
前世の記憶からビルの上にあるような高い棒に雷を落としやすくするという、原理もよく知らないあやふやな知識から俺は【アトモスの壁】を避雷針代わりに使うことを思いついたのだ。
高さ50mもあれば雷がそっちに落ちやすいかもしれない。
そんな思いつき程度の考えだった。
そもそも、魔法による攻撃なので相手が狙ったところに正確に落ちる可能性もある。
が、どうやらアーバレスト家の上位魔法【遠雷】は攻撃力こそあるものの、そこまで精密な攻撃を繰り出せるわけではなかったようだ。
大雑把に狙いをつけているようで、それが走る騎兵団から飛び出して離れていった角ありヴァルキリーが魔法で作り上げた【アトモスの壁】に直撃したのを見た俺は自分の運がつきていなかったことを喜んだ。
事前に検証することすらできない場当たり的な対応だったが、それがうまくいって本陣への突撃を成功させたのだった。
「ですが、アルス様の騎兵団突撃攻撃のタイミングは見事でしたね。あそこまで完璧に仕掛けられては相手も対応しづらかったことでしょう」
「ビリーに感謝だな。こいつのおかげで城にいるリオンたちと連絡が取れたのが良かったよ」
そう言って、俺の肩にとまっている鳥を見る。
それほど大きくはない鳥だ。
だが、この鳥はそこらにいる普通の鳥ではなかった。
ビリーが研究している使役獣の卵から孵化した正真正銘の使役獣なのだ。
使役獣の卵を生むことのできる【産卵】持ちの使役獣を作るための研究。
この研究はまだ実を結んでいなかった。
いまだに魔獣型すら生み出すことに成功していない。
が、魔獣ではないというだけで走りの速い使役獣などはおり、そいつらはレース場で使うことにしていた。
そんななかで、レースにも使用できない使役獣のなかにこいつがいたのだ。
なんの魔法も使えないただの鳥だ。
孵化した後に成長しても体が大きくはなることはなかった。
だが、普通の鳥とは決定的に違っていた。
それはこいつが使役獣であるというところにあった。
川と川の間に作った新たな城。
ここに籠城するリオンがこの鳥の使役獣を使って俺に手紙を送ってきたのだ。
アーバレスト軍がこの新城にほとんどの兵力を集結させたときに、アーバレスト領を西進していた俺に「戻れ」と書かれた紙がくくりつけられた鳥が俺のもとへとやってきた。
そうして俺が西へと進むのをやめて急遽戻ってきた後に再びリオンから手紙が届いたのだ。
アーバレスト軍が総攻撃をかけて新城を攻撃し、相手の本陣が手薄になったタイミングで「好機」と書かれた紙が鳥によって俺の手に渡った。
この鳥はどうやら俺の匂いを認識しているようだ。
というか、俺が残した普段使いの服の匂いを嗅がせてから、この匂いをたどって行けとリオンは命じていたようだ。
ぶっちゃけ、伝書鳩よりも便利なのではないだろうかと思ってしまう。
こうして、俺は離れた地点にいるリオンからの合図によって完璧なときに敵本陣へと攻撃を仕掛けることができたのだった。
「おい、アルス、見ろよこれ。魔法剣だぜ。アーバレストの当主が持ってやがった」
「雷鳴剣だっけか? 魔力を込めると周囲に電撃が放たれるみたいだな。それが使われる前に倒すことができてよかったよ」
「他にもお宝があるんじゃないか? アルス、残党を追撃してきてもいいか?」
「いいけど、深追いしすぎるなよ、バイト兄。ついでに周辺警戒もよろしく」
「おう、わかったぜ。ちょっと行ってくる」
「気をつけてな」
本陣へと突撃をかけてアーバレストの当主を討ち取った俺は即座に勝どきを上げさせてから、城攻めを行っている敵軍へと襲いかかった。
本来なら向こうがフォンターナ領を挟撃していたはずで、相手はこんなところで俺たちに挟み撃ちにされるとは思ってもいなかったのだろう。
向こうのほうが数は多かったが当主を討ち取られたという状況と川で移動できないという状況によって相手は完全に後手に回ってしまった。
これによりこちらの被害の何倍もの損害が相手には出たようで、散々に相手を打ち破ることに成功した。
だからこそ、こんな風に城にいたリオンと話をしつつ、バイト兄に指示を出す余裕があるのだ。
「ま、何にせよとりあえずこれで一息つけるな」
「何を言っているのですか。まだ終わりではありませんよ、アルス様」
「え、どういうことだよ、リオン。アーバレストの当主を討ったんだから目的は達成しただろ?」
「いいえ、違います。今回の件はウルク家とアーバレスト家に挟撃されることによってフォンターナ領に未曾有の危機が訪れたということにあります。そして、それはまだ解決していません」
「もしかして、ウルク家とも戦おうっていうのか、リオン。俺がカルロス様に命令されたのはアーバレストの侵攻を抑えろってものだったけど……」
「そのとおりですが、もしも今、仮にカルロス様が亡くなったら一番困るのはアルス様ですよ? ウルクとアーバレストの両家に攻めさせる事態を作り上げたのは、そもそもフォンターナ領でアルス様が暴れまわっていたからなんですから」
「……確かに困るな。周りが敵だらけになりそうだ」
「というわけです。アーバレスト家は当主を討たれたうえに多くの兵を失いました。これ以上すぐになにか行動を起こすことはないはずです。東に向かいましょう、アルス様」
「わかったよ、リオン。身から出た錆ってやつだな。せいぜい罪滅ぼしをするとしますか」
命がけでアーバレスト軍に勝利したと思ったが、これで終わりではないらしい。
こうして、俺は次の戦場へと向けて移動する準備を始めることとなったのだった。
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