決戦
「防衛力があるな、思った以上に……」
「はい。想像以上です。バルカが築城を得意としているのは聞いていましたが、これほど籠城するのがうまいとは思いませんでした」
「数の多いこちらをこれほど跳ね返すことができるとは思ってもいなかったな、ゼダンよ」
「はい、当主様。壁を作る魔法というのは正直なところ予想よりも厄介です。攻城戦のさなかに壁を修復するのではなく、作り出せるというのは今まで経験したことすらありませんから」
忌々しいバルカの作り上げた小さな城。
別働隊がそのような急造の城に手こずっていると聞いたときには、心の中では何をしているのかと叱責したくなった。
だが、それだけの理由がこの城の守りにはあったのだ。
小さいといえども、おそらくは詰め込めば1000人ほどは兵を収容できる規模の城。
その城は壁に囲まれて水で守られていた。
その新城はなんとパラメアにつながる川の途中に作られていたのだ。
川と川が合流する地点の間の土地のところに城を作っていた。
川の水を利用することで急造の城だとは思えないほどの防御力がある。
しかも、城からの迎撃方法もいやらしいものだった。
城を取り囲み攻撃しようとしている軍に向けて石を飛ばしてくるのだ。
川のほとりよりも離れたところまで届く投石。
それなりにこの投石攻撃を訓練しているのか、なかなか攻撃精度もいい。
実にいやらしい攻撃方法だ。
だが、それ以上に厄介だったのがバルカの持つ壁を作るという魔法だ。
バルカの話がアーバレスト領に聞こえてきた当初はバルカの魔法は嘲笑されることがほとんどだった。
攻撃力の一切ない壁を作るような魔法を持つような騎士など何が怖いのかというものばかりだった。
実際、私もそう思った。
そんな格の低い魔法を持つバルカにウルク家の誇る騎兵隊が倒されたと聞いたときには、ウルク家も程度が落ちたと感じたものだ。
しかし、実際に自らの目で見て、体験してみるとその厄介さが身にしみて分かる。
なぜなら、どんどんと壁が出来上がっていくのだ。
川の水に囲まれた小さな城はこちらに攻められているにもかかわらず、一日経つごとに壁の位置が変わっていく。
戦いながら、あるいは夜のうちにも新たな壁を作り、城の面積を広げているのだ。
日毎に成長する城。
今、アーバレスト軍が目にしているものはまさにそれだった。
我々の常識では考えられないものが目の前にある。
さすがにこの城は放置できない。
見逃せばアーバレスト領を脅かす新たな城がここに出来上がるのだ。
難攻不落と言わしめた水上要塞パラメアに代わり、この地にフォンターナの、バルカの城が出来上がる。
それだけはなんとしても防がなければならない。
そう、我々は見事に敵の術中にはまり込んでしまっていた。
ウルク家とのタイミングを合わせた挟撃をするはずが、目の前に用意された攻撃目標を攻めざるを得なくされ、時間を稼がれる。
すべてが向こうの思う通りだった。
「当主様、どうやら手段は選んでいられないようです。これ以上、時間が経過するのは敵を利するばかりでこちらにとっては何一ついいことがないようです。多少の損害を覚悟してでも、ここは全軍で総攻撃をかけるべきであると思います」
「うむ、そうだな。わかった、ゼダンよ。お前にすべて任せよう。今はとにかく、あの城を攻め落とすことを最優先にするのだ」
「はい、かしこまりました。全身全霊をとして城攻めを成功させてみせます」
「期待しているぞ、ゼダン。良い報告を期待している」
当主様の指示を受け、頭を下げた後すぐに出た。
この一戦で城を落とす。
たとえいかほどに損害を受けてもだ。
全騎士へと伝令を走らせて、主力戦力も投入し一斉に川を渡り城を目指して進んでいったのだった。
※ ※ ※
「ひるむな! 攻め続けろ! 向こうは数が少ない。このまま押し切るのだ!」
川と川の間にある城。
その城へと向かって川を渡り、城へと攻撃を仕掛ける。
どうやらこちらが全軍を進めているのを見て慌てて投石攻撃を仕掛けてきたようだが、無駄なことだ。
その投石攻撃がどれくらいの時間間隔で次の攻撃を行えるのかはすでにここまでの戦いで把握できている。
それに城のどの方向から攻められても投石できるようにしていたようだが、それもこの場合はよくない行いだ。
一方向から攻めることで使うことのできる投石機の数を制限し、投石機の攻撃のタイミングの合間を縫って前に進む。
そうすることで被害を抑えながらも川を渡り、城へと取り付くことに成功した。
ここまで近づけば投石機による攻撃は来ない。
あとは通常の攻城戦と同じだ。
一気呵成に攻め立てて城を落とす。
それだけでうまくいくはずだった。
ドーン!!!!!
その時だった。
川の向こうから凄まじい音が聞こえてきた。
眼の前の城攻めに気を取られていたからだろうか。
最初、わたしはそれが何の音なのかわからなかった。
いや、それは正確ではない。
その音が意味することを理解できなかったのだ。
今のは雷が落ちた音だった。
いつのまにか空は雲に覆われて暗くなっている。
だが、果たしてこれは自然のものなのだろうか。
まさかとは思うが、これが自然現象ではない可能性もある。
当主様だ。
アーバレスト家の当主様が誇る上位魔法【遠雷】だ。
莫大な魔力を持つ当主様が放つ恐るべき魔法。
その魔法が発動される際には周囲は雲によって光を奪われ、天からの防御不能の雷による一撃によって消し炭にされる。
圧倒的なまでの威力を誇る貴族として騎士の頂点にたつに相応しい魔法だ。
先程の音はただの雷の音だったのか?
あるいは当主様の?
いや、偶然このタイミングで天気が崩れて雷が落ちるなどというのはあまりに楽観的すぎる。
だが、なぜ今このときに当主様が【遠雷】を発動させる必要があるというのか。
そう思ったときだった。
本陣のある方向から再び雷による光と音が届いた。
「バルカが、アルス・フォン・バルカが現れたのか? このタイミングで来たのか? どうやって? はるか西を進んでいたのではないのか? いや、それどころではない。もしそうであれば急ぎ戻らねば」
なんということだ。
私が全軍を指揮して城攻めを行ったタイミング。
つまり、本陣が最も手薄になったタイミング。
まさにその瞬間を狙ったようにアルス・フォン・バルカが出てきたのだ。
でなければ当主様が魔法を放って迎え撃つことなどはありえない。
しかも、だ。
すでに第二発の【遠雷】を発動している。
それは、つまり一度目の【遠雷】ではアルス・フォン・バルカを倒せずもう一度攻撃を仕掛けたことを意味するのだ。
防御不能の攻撃をやつは防ぎきったのか?
いや、それはありえない。
そんなことができるはずがない。
だが、いやな予感が私の中から消えなかった。
胸を締め付けられるような不安に襲われて、わたしは即座に本陣を目指して移動したのだった。
※ ※ ※
バルカの作った新城に近づくために川を渡ったあとだというのに、再びわたしは川を渡り戻るルートを移動していた。
この川は基本的にはそこまで深くはない。
一番深いところで胸が浸かるくらいではないだろうか。
パラメア湖と違い、獰猛な水の魔物がいるわけでもない。
故に攻めかかるときにはそのまま水に入っていき、今こうして戻る際にも同じように水の流れと戦いながら対岸へ渡ろうとしていた。
そんな移動速度の低下したわたしの目には当主様のいる本陣と更にその向こうから近づいてくる騎兵の姿が見えていた。
水の中から目を凝らしてその騎兵を見る。
やはり白の魔獣だ。
バルカの使役獣の上に人が騎乗しており、それらが一目散に当主様のいる本陣目掛けて疾走している。
と、そこで視界の端に魔力の高まりを捉えた。
我らアーバレストの本陣で恐ろしいまでの魔力が練り上げられて天に放たれる。
あれこそがまさしくアーバレストの誇る【遠雷】の発動だ。
暗くなった空に向けて放たれた魔力によって、そこから防御不能の【遠雷】が発動した。
耳が聞こえなくなるのではないかと思うような大きな音とともに光が視界を覆う。
それと同時に雷による空気の振動が肌で感じられたような気がした。
間違いない。
今度こそ、間違いなく【遠雷】が発動した。
これで目前へと迫っていたバルカの騎兵共は全滅したに違いない。
だが、視界がもとに戻ったわたしの目にはありえないものが映っていた。
いまだに健在のバルカ騎兵が先程までと変わらず本陣目掛けて疾走しているのだ。
「なぜだ! なぜ奴らは死んでいないのだ!!」
思わず水をかき分けながらそう叫んでしまった。
どう考えても先程の【遠雷】によってバルカ騎兵は攻撃を受けていたはずなのだ。
なぜだ、と叫ぶのも無理はないと思う。
だが、一度叫んだからかほんの少し冷静さを取り戻したわたしは先程までの光景とほんの少しの違いが視界の中にあることに気がついた。
あれは一体何だ?
バルカ騎兵たちが走ったところとは少し違う場所にさっきまではなかったものが出現していたのだ。
それは高い棒だった。
わたしの位置から見えるのは本当に高いだけの、ただの棒。
色は白色をしている。
バルカが走り抜けたあとに残るように棒が立っていたのだ。
だが、その高さは信じられないほど高い。
バルカが作る壁の高さ5つ分くらいあるのではないだろうか?
しかも、その白色の高い棒は今まで気づかなかったが他にもあったようだ。
おそらくはバルカ騎兵が通ったであろう場所にいくつか同じような棒が建っている。
その棒のいくつかは煤けたように黒くなっているものもあるようだった。
「もしかして、あれで【遠雷】を封じたのか?」
ふと、そんなことを思った。
どうやってかはわからないが、間違いなくバルカは当主様の使う【遠雷】による攻撃を防いでいる。
だが、状況を見るに【遠雷】発動前後で変わったことと言えばその棒くらいしかないのだ。
すると、再び本陣で魔力の高まりを感じた。
再び当主様が魔法を放つのだ。
さっきは当主様のいる本陣を見ていたが今度は走るバルカ騎兵のほうを注目する。
すると、バルカ騎兵も本陣での魔力の高まりを感じ取ったのか反応があった。
騎兵の中から何頭かの使役獣が飛び出したのだ。
それはどうやら背中に人が乗っていないようで、人が騎乗する使役獣と違い頭に角が生えている。
もしかして、あれが噂の魔法を放つことができるバルカの角ありの使役獣なのだろうか?
騎兵たちから離れていく白い魔獣。
それがある程度走って離れたところで魔法を発動させた。
そうか。
あれは、あの白い魔獣が魔法によって作ったのか。
そこには先程目にした不思議な白く高い棒ができていたのだ。
と、そこへ当主様の発動した【遠雷】が直撃した。
「やはり、あの棒で防いでいたのか……。当主様の【遠雷】を……。だが……」
ありえん。
天から落ちる雷の位置を誘導することができるなど誰が考えつくのだ。
だが、それ以上にありえないものを見たと感じた。
あれは、あの白く高い棒はアーバレスト家当主のみが使う【遠雷】を封じるためだけに存在する魔法だということだ。
あんな、無意味に高いだけの棒を建てる魔法など存在していいものではない。
あれはどう考えても対アーバレスト用に作られたとしか思えなかった。
「バルカは……、バルカの魔法はアーバレスト家と戦うために作られたのか。我らの当主様を討ち取るためだけに……」
川の中から見せられたその光景を見て、わたしの足はいつの間にか止まってしまっていた。
フォンターナ家に突如として現れたバルカという存在。
フォンターナを引っ掻き回し、更にウルクにまでも手痛い損害を与えたバルカ。
だが、本当の狙いは我らアーバレストにあったのだ。
アーバレスト家の当主を討つためだけの、【遠雷】を防ぐ魔法を編み出していたのだ。
わたしがそう気がついたときにはバルカ騎兵が本陣へと突撃していた。
先頭を走る騎兵の持つ剣から立ち上る炎が見えた瞬間、再び【遠雷】を放とうとしていた当主様の魔力が宙へと上った直後に霧散して消えていったのだった。
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