チキンレース
「ほ、報告いたします」
「どうした。パラメアになにか動きがあったのか?」
「はっ。そ、それが……」
「なんだ? はやく報告せんか」
「失礼いたしました。水上要塞パラメアからバルカの騎兵が続々と出撃したことを確認いたしました」
「そうか、でかした。ゼダンよ、聞いたか? お前の言うとおりにバルカの奴らを引き出せたようだな。で、バルカ軍がこちらへと到着するのはいつ頃になりそうなのだ?」
「い、いえ、申し訳ありません。その予測は困難です」
「なに、なぜだ? 奴らの使役獣による移動速度は速い。事前に備えて待ち受けておかねばこちらにも損害が出かねんのだぞ。何のための偵察だと思っているのだ」
「申し訳ございません。ですが、バルカがどう動くのかわかりかねます。なぜなら、パラメアを出たバルカの騎兵たちは更に西へと進んでいるからです」
「なんだと?」
当主様に報告にやってきた偵察隊からの伝令兵。
その伝令が伝えた報告はまたもこちらの予想とは違うものだった。
バルカの騎兵が西へ向かった?
どこに行くというのだろうか。
というか、フォンターナ領を侵攻すべく進めているこちらの別働隊はどうする気なのだ?
「ゼダン、どういうことだ? バルカはフォンターナを見捨てるつもりではあるまい。どのような狙いがあると考えられる?」
「そうですね。一番はやはりこちらの気を引きたいのではないかと思います。足の速い騎兵を西へと進めて、それを止めるためにこちらがフォンターナ領への進軍を中止すれば向こうとしては御の字でしょう。ですが、これはあまりいい行いとは言えません。アーバレスト領にはまだ多くの兵が残っており各地を守っています。故にこちらは当初の目的通り、フォンターナを狙えばよいかと考えます」
「ふむ。もしかするとパラメアには騎兵以外の兵が残っている可能性もある。一応まだここに本陣を敷いてパラメア方面の動向を探らせよう。そのうえで別働隊は引き続きフォンターナ領へと進める。これでよいな、ゼダン?」
「はい。アーバレスト領と接する領地の騎士はしびれを切らして出てくるでしょう。それを叩けば問題ないと思います」
「よかろう。みな、聞いたとおりだ。引き続き周囲の警戒を怠らぬように」
「「「「「はっ」」」」」
大丈夫だ。
状況の悪さ故にバルカがこちらの予想と外れた行動をとったようだが、問題ない。
むしろ、パラメアから西に進むとなればよりこちらの領地内へと入り込むことになる。
それは自ら相手の腹の中へと入ることになるのだ。
必ず捕捉し討ち取ることができる。
むしろ自分から死にゆくものだ。
その程度がわからないような小物だったということだろう。
故にこちらは正道をいく。
パラメアの動きを監視しつつ、フォンターナ領内へと進軍する。
大丈夫だ、問題ない。
当主様のご命令のもと、私は引き続き各騎士たちへと作戦続行させたのだった。
※ ※ ※
「報告いたします。パラメアを出たバルカ騎兵がすでに2つの騎士領を攻め落としました。さらに西進しているとのことです」
「な、なに? あれからまだ数日しか経っていないのだぞ。動きが早すぎるぞ」
「落ち着け、ゼダンよ。それで、バルカはさらに西へと進んでいるのだな?」
「はっ。報告によりますと攻め落とした騎士の館へと火を放ちながら進んでいる模様です。おそらくはそのままアーバレストの領都を目指しているのではないかと思われます」
「わかった。お前はそのまま待機していろ。で、そちらの報告では別働隊の方はいまだに先へと進めていないということだったな?」
「はっ。別働隊の進行ルートにある城で足止めをされており、フォンターナ領にはたどり着けておりません」
「ゼダン、聞いてもよいか。別働隊が進む道中、あそこにフォンターナの城などあったか?」
「い、いえ。あそこに城などありません。私の手のものが春に確認した際にもそのような城はなかったと証言しています、当主様」
「と、いうことは作ったのだろうな。新たな城を。パラメアを攻略する前か後かはわからんが」
「そんなまさか。いくらなんでもそれほど短期間で城を作るなど現実的に不可能です」
「そんなことはないだろう、ゼダン。思い出してもみろ、初めてバルカの名を聞いたときの話を。奴らは当時のフォンターナ家家宰のレイモンドと戦う際、わずか数日で城を作り上げたというではないか」
「そ、そうです。確かにそのとおりです。しかし、それは自らの力を喧伝するための大げさな表現を広めたのだとばかり……。申し訳ありません、当主様。わたしはバルカの力を読み違えていたかもしれません」
「よい。わしとしてもまさか城が作られていようとは思いもしなかった。だが、これからどうする、ゼダンよ。我ら本隊がこのままパラメアを警戒している間にバルカ騎兵がどこまで進むかわからんぞ。一度退くか、それとも別働隊と合流して新たな城を急ぎ攻略し、フォンターナを狙うか」
「一番確実なのは領都へと伝令を走らせて守りを固めて迎撃し、我ら本陣は別働隊と合流して新城を攻めることかと思います。報告にあったとおりなら、城と言っても小さな支城のようなものであり、本隊で攻めれば攻城戦は早期に終わると思われます」
「うむ、そうだな。どうやら新城にもバルカの兵はいるという話だ。おそらく、パラメアを出て西進しているのは騎兵のみで、バルカの歩兵たちは新城で守りを固めているのではないか。今から考えると、一度水没したパラメアにはそれほど多くの兵を待機させておけなかったのかもしれんな」
「そうかもしれません、当主様。私の判断に誤りがありました」
「よいと言っている、ゼダン。バルカの力がそれだけ未知数だったというだけだ。だが、最後に勝つのは我らアーバレストだ。そこに間違いはない。そうであろう?」
「もちろんです、当主様」
「よし、では最低限の数をパラメアの監視に残して本隊は別働隊とともにフォンターナ領との境にある新城を攻め落とす。騎士たちよ、今こそ我らの力を見せるときだ」
「「「「「おう」」」」」
やってくれたな、バルカの連中が。
いや、アルス・フォン・バルカか。
このままでは済まさん。
当主様に対して失った信頼を取り戻さねばならん。
私自らが城へと乗り込み、バルカの連中を処断してくれよう。
それを見た貴様がどのような顔をするのか、今から楽しみでならない。
血気にはやる気持ちをなんとか抑えつつ、我らアーバレスト軍本隊は東のフォンターナ領を目指して進軍していったのだった。
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