アーバレスト陣営
「なん……だと……。それはまことなのか?」
「はっ。水上要塞パラメアがフォンターナの軍勢によって陥落しました」
「馬鹿な。とてもではないが信じられん。そもそも、我らアーバレスト軍がフォンターナ領を目指して進軍し始めてから向こうは動き始めたのではなかったのか? それがこの短期間でアーバレスト領内にあるパラメアを攻略するなど、時間的にもありえんだろう」
「ですが、事実です。どうやら、フォンターナの軍勢の中に足の速いものがいたようです」
「いくらなんでもそのように速い動きをするものなど……。いや、いるのか。もしかすると例のバルカとやらの使役獣が関係しているのか?」
「はっ。おっしゃるとおりです。噂の白き魔獣を使うバルカ軍が先行してアーバレスト領内に侵入、即座に水上要塞パラメアを攻め落としたようです」
「そうか。最近噂に聞くようになったバルカとやらはずいぶんとフットワークが軽いようだな。フォンターナ領内で暴れまわっていたと思えば、次はウルク領で、さらに今度はアーバレストにまでやってきたか。しかし、いくら使役獣によって移動速度が速いと言ってもあの難攻不落の水上要塞が本当にそんな短期間で落ちるものなのか?」
「それが、報告によりますとパラメアは水没させられた模様です」
「水没? パラメアが、要塞ごと?」
「はっ。湖の水位が上昇し、要塞が水に沈んだようです。その際、湖の魔物が侵入し、要塞内の人を襲い大きな被害が発生しました」
「ちょっと待て。パラメアは要塞ではあるが、兵士だけがいたわけではない。要塞内に住むものもいたはずだぞ。そのものたちはどうなったのだ?」
「……全滅です。水上要塞パラメアにいた者は騎士や兵士・住人を問わずすべて死亡しました。上昇した水位と湖の魔物によって完全に逃げ場を失った模様です」
「な、なんということだ。いったいどれほどの数が命を落としたというのだ。なんという恐ろしいことを……」
アーバレスト領を治めるアーバレスト家の当主様が頭を抱えるようにしている。
フォンターナ領へと進軍中の本陣に伝令がやってきた。
最初は大したことのない報告だとばかり思っていた。
なにせ、我々はまだ敵地にすらたどり着いていない段階だったのだ。
アーバレスト家が動員をかけ、東のウルク家と協調してフォンターナ家を攻略する。
その進軍中に恐るべき出来事が起きた。
当主様に報告する伝令の話を聞く誰もが信じられないと感じたに違いない。
事実、私もそう思ってしまった。
だが、わざわざこの伝令がそのような嘘を報告する必要性はまったくない。
おそらくはこの話は実際にあった出来事なのだろう。
しかし、湖の真ん中に位置する要塞を水没させるなどあり得るのだろうか。
それも恐ろしく短期間に、しかも文字通りの全滅ときた。
「ウルクの騎兵隊を皆殺しにした白い悪魔とはよくいったものですね。アルス・フォン・バルカという者は人の心を持っていないのではないでしょうか」
「確かにそうかもしれんな、ゼダン。しかし、パラメアが陥落したという事実は動かん。今後、我らはどのように行動するのがよいか案はあるか?」
「はい、当主様。パラメアが落ちたことは想定外ですが、物事は広く、大局的に捉えることが重要だと思います。バルカ軍を始めとしたフォンターナ軍は報告によると数が少ないようです。おそらくは彼らの目的は我々の足止めでしょう」
「そうであろうな。ウルクと連携をとって挟撃しようとしている我らを足止めする。それこそが奴らの狙いであろう」
「そのとおりです、当主様。フォンターナ軍はパラメアを落とし、そこに陣取ることでこちらの動きを封じようとしているのでしょう。が、今、我らが重視すべきはウルク家との挟撃を成功させるという点でしょう。このまま進軍するのが良いかと思います」
「お待ちを。ゼダン殿の意見には反対です。パラメアはそこに住む民まで殺されたのですよ? このまま、バルカの連中を放置するなどありえません。きっちりと落とし前をつけるべきです」
「ふむ。確かにその意見にも一理あるかもしれんの。当初の目的通りフォンターナ領を挟撃するのももちろん重要ではあるが、パラメアにいるバルカ軍とやらは正直得体がしれん。無視を決め込むというのはまずいかもしれんしな」
「そうですね、ではこのようにするのはどうでしょうか、当主様。我らの本軍を2つに分けるのです。1000から2000ほどの軍を先行させてフォンターナ領を攻める姿を見せ、残りはパラメアに陣取っているバルカ軍などを警戒します。フォンターナ領を守るためにパラメアから出てきたバルカ軍を捕捉し、撃破しましょう。そうすれば後顧の憂いなくフォンターナへと進むこともでき、パラメアを取り戻すこともできるかと」
「……いい案かとも思うが、出てくるのか? バルカ軍の目的はこちらを引きつけることであろう? であれば、先行した別働隊を放置したとしても本隊を引きつけることを優先してパラメアに引きこもるという選択肢もあるかと思うのだが」
「おそらくそれはないでしょう。先行部隊を送ればパラメアから出てくる公算は大きいと思います」
「どうしてそう思うのだ、ゼダンよ」
「それはフォンターナの軍勢はバルカだけではなく、他の騎士家の軍もいるからです」
「それがどう関係してくるというのだ?」
「当主様、バルカ騎士領というのはアーバレスト領と接してはおりません。が、他の騎士領は違います。先行したこちらの軍が襲うのはバルカ以外の騎士の領地なのです。そして、その騎士たちは自分の領地を守りたいと考えるでしょう。たとえ少数であっても先行する部隊があれば、フォンターナの軍勢の中では意見が割れることになるのです」
「なるほど。他の騎士は自領を守るために行動しようとし、それをバルカが押さえつければそのものたちから見放されるということだな。フォンターナ軍が一枚岩でないからこその作戦というわけか」
「そのとおりです。バルカの活躍はこちらでも聞こえてきますが、アルス・フォン・バルカはフォンターナ軍のトップではないのです。あくまでも騎士同士は対等であり、他の騎士の意見を無視することがあればフォンターナ領を守ることもできないほどバラバラになります。それが分かる頭があるのであれば、たとえ不利であってもこちらの動きを止めるためにパラメアから打って出るしかないのです」
「なるほどな。よし、わかった。1500の先行部隊を送ろう。残りはギラデス平野にてパラメアから出てきたフォンターナ軍を迎え撃つ。フォンターナ軍の中のバルカ軍、特にアルス・フォン・バルカはわしが自ら相手をしようではないか」
「当主様がですか? さすがにそれは必要ないのではありませんか? 我らにお任せいただければ必ずやアルス・フォン・バルカを討ち取ります」
「いや、バルカの力は未知数だ。相手をするのに不足はない。わしに任せておけ」
「……御意」
まさか、当主様が自らバルカの相手をするとは思わなかった。
だが、そうなれば結果は最初からわかったも同然だ。
貴族家の当主というのはそれほどに強い。
一般人では複数集まっても相手にならない騎士が束になってもかなわない。
それが貴族の当主の実力だ。
アーバレスト家が持つ魔法の【雷撃】は他の騎士を退ける実力があるが、当主様の持つ上位魔法である【遠雷】には遠く及ばない。
なぜなら、絶対に手の届かない遠距離からの天から落ちる防御不能の雷による攻撃なのだ。
近づくことすら不可能だ。
だが、当主様の持つ上位魔法はそれだけの威力を発揮するために相当の魔力消費を余儀なくされる。
それは他の貴族家でも同じだろう。
当主級を相手にするには騎士では不可能。
故に当主級の相手は当主級でなければならない。
本来であればフォンターナ家当主のカルロスと当たる可能性を考えて我らが当主様には消耗をさせないことこそが必要なのだが。
しかし、バルカを相手には当主様自らが出陣する必要があると判断なされた。
それほどバルカを、アルス・フォン・バルカというものを警戒しているというのか。
であれば、わたしは当主様を全力でサポートして差し上げよう。
確実に、万全の態勢を整えた死の舞台へとバルカを引き込んでくれよう。
そう決めたわたしは先行部隊の選定とともに、フォンターナ軍を迎え撃つための準備を始めたのだった。
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