リオンの策
「急げよ。ちゃっちゃと作業しないとアーバレストの連中に囲まれて全滅になるぞ」
俺が声を張り上げながらバルカ軍に指示を出す。
その声を聞いた連中があちこち移動しながら作業を進めていた。
【壁建築】の魔法を発動させてあちこちに壁を作り上げているのだ。
今まで何度もこういうふうに魔法で壁を作ってきたが、前回の戦に出陣したときよりも作業のスピードが上がってきているように思う。
これも父さんのアイデアのおかげだろう。
バルカ軍の中でも個人によって魔力量が異なり、それゆえに使える魔法が違う。
魔力量が少ない人であれば【整地】が使えても【壁建築】は使えない。
あるいは【壁建築】を使えても【アトモスの壁】は使えないといった具合だ。
そのため、かつてはその人が使える魔法ごとにグループを組んで作業をしていた。
だが、父さんがそのやり方を変え、魔力消費量の多い魔法を使える人に使えない人が【魔力注入】するというグループ作りにしていたのだ。
どうやらこれがうまく機能しているらしい。
【壁建築】を使えないバルカ兵をも壁を建てるための作業員として見込めるという以上の効果があったのだ。
それは魔力の多いもの、すなわち強い者の下に弱い者を配置するという階級制度のようなものができ始めていたのだ。
これが意外と役立った。
というのも人間というのは思った以上に仕事をサボる生き物だからだ。
敵地に来て作業をしているときであってもちょっと目を離したら仕事をゆっくりしたり、休憩したりとサボろうとする。
今までは同じレベルの強さしか持たないグループ分けだったので、グループ内では割と仲間内ではみんな平等な関係だった。
そのため、頑張るときはみんな頑張っているが、何人かがサボり始めると、あいつらも休んでいるんだから自分も少しくらい休もうと、サボりの連鎖が起きていたりしたのだ。
が、明らかに自分よりも強いものがリーダーとしてグループをまとめていたらどうだろうか。
魔力量の差による肉体の強さは馬鹿にできないものであり、少なくとも生半可なことでは反抗的なことはできない。
サボっているのがバレれば容赦なくげんこつが頭にめり込むとくれば嫌でも人は頑張ることとなった。
しかし、俺はさらなる作業の高速化を目指した。
それは各グループごとに作業の進捗を競わせたのだ。
今回で言えば【壁建築】が使える人間に使えないバルカ兵と雑務を手伝う一般兵を一つのグループとしてわけ、そのグループが事前に割り当てられた作業をはやくこなせればちょっとした報酬を出すことにしたのだ。
これが予想以上にいい効果をもたらした。
それぞれが自分たちの得る報酬のために頑張ることによって、サボりが出現する率を減らし、なおかつ各自でいろんなアイデアを出してよりはやく自分たちの作業を終わらせようとする。
その結果、俺達は当初の目標である壁作りを問題なく早期に終わらせることに成功したのだった。
※ ※ ※
「こ、これは酷い。あの難攻不落のパラメアがこんなことになるとは……」
「予想以上にうまくいったようですね、ガーナ殿。今頃、パラメアのことを聞いたアーバレストの連中はさぞ焦っていることでしょう」
「そうでしょうね、アルス殿。しかし、このような戦い方があるとは……。正直なところ困惑しています。私にとって戦というのは騎士が己の実力を発揮して戦果を上げるものであるという認識があるので」
「まあ、それは間違ってはいないでしょう。一般人では騎士が相手だと何もできないくらい簡単に負けますからね。どうしても、戦いの基本は騎士同士の派手なぶつかり合いが戦場の華となるでしょうし」
「それがわかっていてこのような作戦を実行するのですね。アルス殿とリオン殿は」
「俺は言われたことをそのままやっただけですから。今回の武功を評価するならリオンが第一で間違いないでしょうね」
俺はパラメア湖のほとりからフォンターナの騎士であるガーナと一緒に水上要塞パラメアを見ながら話をしていた。
先日壁作りを終えてからはパラメアを湖のほとりから観察し続けている。
バイト兄が張り切って騎兵を引き連れて偵察へとでかけているので俺が何かをする必要はなかった。
が、そんな風に湖を眺めているだけでも、現在進行形で難攻不落のパラメアは被害が出続けていた。
それもそうだろう。
これこそがリオンの策だったからだ。
俺はバルカ軍を引き連れてリオンが指示する通りに壁を作り上げた。
その壁はパラメア湖と繋がっている川を堰き止めるものだった。
俺はその考えを最初に聞いたときには川をせき止めて水の流れを変えて湖を干上がらせるのかと思ったものだ。
だが、リオンの考えは全く逆だった。
というのも、アーバレスト領に侵入したバルカ軍はパラメア湖を通り過ぎて反対側へと回り込んで壁を作ったのだ。
パラメア湖は複数の川が合流するようにして湖を作っている。
が、その湖から流れ出ていく川は一つしかなかったのだ。
その川を堰き止める。
するとどうなるか。
難攻不落の水上要塞は水没した。
もちろん、ダムの底に沈むような完全な水の中という水没ではない。
が、少なくとも一階部分は完全浸水くらいにはなっているのではないだろうか。
そうなってしまうとパラメアはおしまいだった。
要塞として籠城できるように保管していた食料などが駄目になるのだ。
食べ物がなくなる。
これは頭で思う以上に辛いことである。
俺も子供時代に食べ物がなくて畑を魔法で耕すようになったのでその辛さは分かる。
だが、それ以上に恐ろしいことが起きたようだ。
それはこのパラメア湖に住む生物に関係している。
どうやら、この湖には獰猛な魔物が泳いでいるそうなのだ。
湖に潜む危険な魔物。
パラメア湖が難攻不落と言われていたもう一つの理由はこの魔物にあった。
パラメア湖では水の中に入ってはいけない。
この辺りに住んでいる人は小さいときから耳にタコができるほど、そのことを教えられて育つらしい。
また、かつてパラメアを攻略しようとして失敗した軍の大半はこの魔物の被害を受けている。
なんといっても、湖の真ん中にある砦を襲おうと船で近づき迎撃されて、湖に落ちれば魔物に襲いかかられるのだ。
鉄壁の守りと同時に姿の見えぬ最強の門番が待ち構えている。
それこそが難攻不落と言わしめる水上要塞パラメアの強さの秘訣だったのだ。
その危険な魔物が水没した水上要塞の中へと入り込み、要塞を守る兵に文字通り牙を剥いたのだ。
こうして、絶対に落ちることはないと言われた水上要塞パラメアはアーバレストの本軍が到着するよりもはやく陥落することになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





