カイルダム
北の森を開拓してできたバルカニアという街。
そこから南に行くと川が流れている。
今はほとんどフォンターナの街からバルカニアへと来るための宿場町になっている川北の城。
城の堀へとつながっている川だが、その後、西へと流れている。
川北の城から西へと移動した地点には温泉が湧き出るところがあった。
俺はここから直接硬化レンガの管を通すようにして隣村であるリンダ村へと温泉を引いている。
ただ、温泉といっても硫黄のような臭いもしない単純泉のようだ。
川の下流では農作物が育ちにくいなどといったことはないので、噴泉池よりも下流の水も農業用水として使えるだろう。
バルカニアから基本的には西の位置にある村4つが俺の領地だ。
この領地の中はバルカ姓を持つものが積極的に土地を改良しているため、かなりの収穫量が見込まれる。
多分、年に1回か2回、麦を収穫する程度ならば土地の水分量がなくなるという心配はないのではないかと思う。
なぜなら冬には雪が降り積もるからだ。
問題は【土壌改良】を何度も繰り返して、育つ期間が短い野菜類を高頻度で作る場合だ。
この方法で今までにない量の食べ物が採れるのでバルカ姓を持つ農民はやっているものも多い。
が、その場合、土地の水分量がどうなるのかヘクター兄さんが心配しているのである。
そのために川から水を引くことができるように今のうちにしておこう。
そういうことになったのだが、温泉のように地中を通る管を作ったりすると何かあったときすぐに対応できないかもしれない。
それでは非常に困る。
ゆえに、俺がいなくとも安定して水を供給できるようにしておきたい。
そこで、川の水を供給できるようにダムとして活用しようというわけである。
川の途中の地面を掘り、大きな池にしておき、必要があれば用水路へとつなぐ栓を開ければ農地へと水が運ばれるようにする。
イメージとしてはそんなふうに作るつもりだった。
「一緒についてきてよかったよ、アルス兄さん。思いつきだけで行動されていたら、洪水になっていたんじゃないかな?」
「悪いね、カイルくん。ダムを作ろうと思ったものの、どうやるかは全く考えずに作業するところだったよ」
「いきなり川の横に壁を建てて堤防だ、なんて言い出したときは驚いたよ。ちょっと待ってね。ちゃんと水量とかを計算していくから、アルス兄さんはボクとグランさんの言うとおりに地形を変えてくれればいいから」
「はい、わかりました。よろしくおねがいします、カイル先生」
地面を大きくえぐって川のそばに壁を作って堤防みたいにすれば水を貯める池、もといダム湖になるだろう。
俺はそんなふうに思っていた。
が、いきなり作業を始めた俺を見て慌てて一緒に来ていたカイルが止めに入ったのだ。
そりゃそうだろう。
もしそんな作り方をしたら、普段はいいが大雨などで水量が増えたりしたら大変なことになる。
仮にダムの許容量を超えて水が増え、堤防が崩れでもしたら周囲にどんな被害が出るかわからないのだ。
それを聞いて、さすがに俺もすぐ作業の手を止めた。
俺はカイルが指示する場所に塔を建てて、塔の上から双眼鏡で地形を確認し、近くの村の老人などにこの辺りの土地で過去にどんな大雨があったかなどを聞き取り調査をしていく。
その情報をもとに、カイルとグランが設計図を作り上げていった。
特にすごいのがカイルの魔法だ。
水の量や勢い、予想可能な水位の変化などを高速ではじき出してそのデータをもとにダムの構造を決めていく。
今まで、道路を作るときなどは測量技術などなく半ば無理やりまっすぐの道路を作っていたバルカではあるまじき計算された建造物が出来上がる可能性があるのだ。
「カイルの魔法はすごいな。ほんと、天才だわ」
「そうでござるな。拙者もカイル殿を見ていると同じ魔法が使ってみたくなるでござるよ」
「ほんとにそうだな。そうだ、せっかくだし、カイルの凄さを分かるようにここに作るダムの名前はカイルダムとかにでもしてみるか?」
「いいでござるな、アルス殿。造り手の名前がつくというのは最大の賛辞でござるよ。いつか拙者も立派なものを作ってそれにグランの名をつけたいのでござる」
「硬牙剣にグランの名をつけて以来なかったっけ? まあ、いずれ機会もあるだろ」
「本当でござるか、アルス殿。なにか作る必要があれば必ず拙者に声を掛けると約束してほしいのでござるよ」
「わかったわかった。グランには世話になっているからな。その時がきたら必ずグランに頼むよ」
グランとそんな風に話していると、カイルの計算も全て終わったようだ。
おそらく今後洪水が起こることはないだろうと思うほどのしっかりしたダムの設計図が完成する。
それをもとに俺は作業を進めていった。
結局、川の途中で水の流れをせき止めるようにして水を貯めることになった。
なので、その場所をいきなり掘り進めるのではなく、一度ダム建設予定地の上流と下流を新たに掘った代理の水路でつなぐ。
バイパスのようにして川の流れを変え、その間にダム建設地に手を入れるのだ。
水がしっかりと貯まるように地面を固めて、水の流れで削れないように川の横の部分も補強する。
そして、一定以上の水位は確保しつつ、たまりすぎないように水の流れを調節できるようにダムの放水路を用意しておく。
さらに、必要に応じてダムから畑へと水がひけるように用水路へと水を流せるようにしておく必要がある。
正直、どこの機構がどう影響しているのか、俺には完全に理解しきれていなかった。
が、カイルとグランが「これで大丈夫だ」というのを信じて、指示されたとおりに黙々と作業をしていく。
基本は俺の魔法がメインだが、壊れやすい場所などはあえて普通に人を使って作らせて、俺以外のものでもレンガさえあれば補修できるようにという気の利かせようだ。
こうして、バルカ騎士領はすべての村へと安定供給するだけの水の確保と、洪水被害の未然予防ができるダムが作られたのだった。
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