農業用水
「水、か……。言われてみればたしかにそうだな」
だんだんと冬が終わりを告げて春になり始めてきた頃のことだ。
俺は新たに一つの問題に直面していた。
というか、これから問題になりそうなこと、と言い換えてもいいかもしれない。
それは俺の兄であるヘクター兄さんからもたらされたものだった。
バイト兄がリオンと一緒にアインラッド周辺へと派遣されていたが、実は他にも派遣メンバーが存在していた。
それがヘクター兄さんの派遣部隊だった。
ヘクター兄さんは畑を耕して生活していればそれで満足という気質の持ち主で、仲が良くとも多少の上昇志向のあった奥さんであるエイラ姉さんとタイプが違う人間だった。
だが、いくらヘクター兄さんが農作業だけをしたいと言ってもそうは問屋が卸さない。
なんといっても、俺の兄だからだ。
バルカ騎士領という領地の当主になった俺の兄であるヘクター兄さんがもともとあった実家の畑だけを耕しているという状況は俺にとっても都合が悪い。
そんなことをしていると広まれば、俺がヘクター兄さんと仲が悪くて意地悪しているみたいに捉えられかねないのだ。
そうなると、俺が領地を手に入れても自分だけで利益を独占しようとしているなどと思われてしまう。
仮にそんな噂が広がってしまうと、よその土地から大々的に人材を集めようとしているのに、褒美を与えたがらない狭量な人間だと思われて集めることができなくなってしまう。
そのため、たとえヘクター兄さん本人が望む望まないにかかわらず、俺はヘクター兄さんをそれなりの役職と報酬を示して使っていかなければならないのだ。
そこで、いつも戦場で俺と肩を並べて行動しているバイト兄と同じ仕事内容をヘクター兄さんにもしてもらうことにした。
もっとも、ヘクター兄さんはバルカ騎士領の近くで戦闘になる可能性の少ない土地へと派遣するだけだ。
ピーチャの要請に応える形ででかけたバイト兄たちとは違って、主にカルロスが依頼してきた土地へと行き、【整地】と【土壌改良】を行って農地を改良するだけなので、農作業大好き人間のヘクター兄さんも了承してくれたのだった。
ぶっちゃけ、土壌改良した土地での農作物を育てる経験は俺の次くらいにあるので、その土地の農民に的確なアドバイスなどもできるだろう。
ヘクター兄さんの派遣部隊はいくつかの土地を回っていたが、それなりに好評を得ていたようだ。
そんな風に農地をよく見ているヘクター兄さんからもたらされた情報。
それは俺の魔法で土地を改良した場所では作物が豊富に育つが、その分、水分をよく消費しているのではないかというものだったのだ。
「実際のところ、どうなんだろうか。カイル、去年のバルカ騎士領の収穫量のデータと今年の収穫量の見込み高を比べてみてくれないか?」
「わかったよ、アルス兄さん。……うーん、なんとも言えないね。領地が増えたから収穫量は増加傾向にあるし。アルス兄さんの魔法が地面の水の量に関わるかどうかは数字だけじゃわかんないよ」
「そうか。でも、長期的に見たら可能性がないわけじゃないか。実際に土の状態をよく見ているヘクター兄さんがそう言っているなら無視もできないな」
「けど、今までアルス兄さんがこの魔法を使ってきて問題になったことはないんでしょ? だったら大丈夫じゃないのかな?」
「どうだろうな。大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃないかもしれない。土地が狭い間は俺がこまめに水をまいていたしな」
だけど、ハツカなどは【土壌改良】を使った土地では数日で収穫できるのだ。
当然、成長するためには地面からいろいろと吸い取っているのだろう。
土の栄養素は魔法という不思議現象があるため、【土壌改良】をすれば十分に補充されているのかもしれない。
が、土地の水分がどうなっているのかまでは意識したことはなかった。
もしかしたら、農作物を作り続けるほどに大地から水分量が減っているといったことがあり得るのかもしれない。
「どうすればいいんだろうな? 水分量の多い土を作る魔法でも作らなきゃならんのか?」
「でも、土地の栄養のことを考えたら結局【土壌改良】を使うことになるんじゃないの、アルス兄さん?」
「そうだな。それだと何やっているか意味わからんことになるか……。うーん、しょうがない。ダムでも作るか」
「ダム? アルス兄さん、それってなんなの?」
「えっと、簡単に言うと水を貯める人工の池だな。農業用の水をその池からひけるようにしておけるようにしておこうか。ちょうど、バルカ騎士領には川があるからそこを利用できるだろ」
「なるほど、水を貯めておく池があればいざというときに対処できるよね。でも、バルカ以外の土地だとどうするの? そこにもダムを作りに行くの?」
「いや、ヘクター兄さんの報告では【土壌改良】を何度も使って高頻度に収穫するところほど水不足になる可能性があると言ってきている。バルカ以外では派遣してもその土地には年に一回くらいだろうから大丈夫じゃないかな」
カイルへと話しながら、俺はダムについて考えていた。
ダムと言っても原始的なものなら十分作れると思う。
別に山の中の村をダムの底に沈めるような大規模なものを作るわけではないからだ。
確か、ダムの歴史は古くからあるが、それゆえに古代人でも作ることができたということでもある。
どっちかというとダムと言うよりも溜池といったほうがいいかもしれない。
俺が魔法で地面を掘れば十分できるだろう。
あとは場所だが、温泉が湧き出ているところよりも下流のところで適当な場所を見繕って大きな池を作ろう。
そこから各村へとつながるように水路でも引いて、村の近くでも小さめの溜池でも作ればいいのではないだろうか。
こうして、俺はさっそくダムを作る場所の検討に入ったのだった。
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