高級路線
「え? あの編み物ってそんなに高い値段で売るのか、おっさん?」
「当然だろ。あれだけ肌触りが良くて暖かい衣服なんだぞ。リリーナ様すら認める服を高く売らないでどうするんだよ、坊主」
「でも、あのセーターとかは庶民向けになるかなと思ってたんだけど」
「ばかやろう。ただでさえこのバルカ騎士領は金欠なんだぞ。売れる商品があるっていうんなら適正な料金で売らなくてどうするんだ」
「そりゃまあそうだけど……」
「それにだ、よく考えてみろよ、坊主。いくら坊主が低い金額設定にしても意味ないんだぞ?」
「え、どういうことだよ、おっさん?」
「つまりな、いくら安く値段設定しても今のバルカにはヤギの数が限られている。つまり、毛糸が手に入る量は少量と決まっているわけだ。これは分かるな?」
「もちろん」
「ってことはだ。坊主が安く販売した服を買い取った連中が他のやつに高く売ることになる。高くても売ることができるってことだ。つまり、いくら安くしたからといってあの服が貧乏人の手に収まることはないんだよ」
「……そういうもんか。じゃあ、最初から適正な値段で売るほうがいいってことになるのか」
「そうだな。そうなるとできれば高く売れるにこしたことはない。つまりは貴族や騎士向けに販売することを考えたほうが賢いってことだな」
「貴族向けねえ。そうなると毛糸の色が白一色ってわけにもいかないか。何色か染めるようにして付加価値でも出すことにするか」
「そうだな。キレイな白い毛糸だから他の色んな色にも染まりやすいだろう。貴族向けとして売るならグラハム家の人間にも見てもらったほうがいいぞ、坊主」
「そうだな。リリーナやクラリスに相談してみるか」
ということは、完成した編み物類は一度カルロスにでも献上しておいたほうがいいのだろうか。
フォンターナ家御用達という付加価値こそが一番効果を発揮しそうだ。
そうなるとますます庶民向けではなくなってしまいそうだが、しょうがない。
まあ、新たな仕事の創出という点では意味があるだろう。
そう思って、毛糸をいろんな色に染めてみる実験を開始したのだった。
※ ※ ※
「すごいな、リリーナ。編み方がプロの手付きになってるじゃん」
「ありがとうございます、アルス様。ついつい熱中してしまって……。編み物って楽しいんですね」
「俺はそんな複雑なのは苦手だな。よくこんがらないよね、そんなに複雑なやつを編んでて」
いくつかの色に染め上げた毛糸。
その中でもリリーナやクラリスなどが認めた色をいくつかチョイスし、生産していくことになった。
が、その試作段階でできた毛糸はすべてリリーナにプレゼントすることになった。
どうやらもともと読書が趣味だったリリーナだが、裁縫などにも興味があったらしい。
そんなところに持ち込まれた編み物に一発でハマってしまった。
それだけなら良かったのだが、手元にある毛糸を使って次々といろんな編み方をやってのけたのだ。
今はアーガイルチェックのセーターを編んでくれている。
ひし形の模様に格子状の線がはいったスコットランド辺りで発祥したらしい編み方をこの世界生まれのリリーナがしている。
どうやら、俺が「こんな編み方もあるって聞いたことがあるよ。編み方は知らないけど」と言っただけで自ら再現してしまったようだ。
ほかにもいくつかの色を組み合わせたようなものを完成させていた。
あとで編み方を聞いて、マニュアル化して他の人もできるようにしておこうか。
「でも、こんなに毛糸を使ってしまってよかったのですか、アルス様?」
「ああ、問題ないよ。俺が思っていた以上にヤギの毛が伸びるのが早かったんだ。割と数が揃いそうなんだよね」
「そうなんですね。でも、この毛糸は少し選別したほうがいいかもしれませんよ、アルス様」
「選別? どういうこと、リリーナ?」
「はい。使ってみた感じでしかないのではっきりとはわからないのですけれど、毛糸の出来にムラがあるような気がします。サラサラとした滑らかな毛糸もあれば、それほどでもないものもあるという感じでしょうか」
「毛糸の質に違いがあるってことか。毛を取るのはヤギだけなのに違いってでるものなのかな?」
「さあ、どうなんでしょうか。もしかしたら、柔らかなうぶ毛と伸び切ったカサカサの毛では毛糸にしたときに違いが出るのではないでしょうか、アルス様」
「なるほど。面白いな。一度調べてみることにしようか」
リリーナからの意見を受けて、俺はヤギの毛について更に調べることにした。
その結果、面白いことがわかった。
どうもヤギの体から生える毛にもどこの部位に生えているかで違いが出るらしい。
特定の部位では柔らかく繊細な毛が生えていて、それ以外はそうでもなく、場所によってはゴワゴワしているところもあるようだ。
そこで、試しに柔らかく繊細な毛だけを集めて毛糸にして編んでみた。
結果、恐ろしいほど上質なセーターが出来上がったのだ。
ただ、一頭のヤギから取れる上質の毛は量が少ない。
そのため、その上質な毛を集めたセーターは通常よりも更に上等な毛糸と位置づけることにした。
このセーターはカルロスに献上すると非常に気に入ってくれたようで、わざわざ直接バルカニアにまでやってきて、俺やリリーナへと礼を言ってきたほどだった。
こうして、バルカで取れるヤギ毛セーターはフォンターナ家御用達として正式に認められて販売されることになったのだった。
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