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洗礼式

「でかくなってきたな。そろそろかな?」


 俺は腰に下げていたネットに入った卵を見ながらつぶやいた。

 それは使役獣の卵。

 最初はスーパーで売っているMサイズの卵くらいの大きさだった。

 だが、毎日卵の内包する魔力を見つつ、魔力注入なんかもしながら、卵を育ててきた。

 そうして、今はもとの倍くらいの大きさにまで大きくなっていた。

 卵の周りにある見える魔力ももとの薄青い感じから濃紺へと変わってきている。

 そろそろ生まれるんじゃないかなと期待している。


「なにしているの? もうすぐ出発するわよ」


 そんな風に卵を見ていると、母が声をかけてきた。

 どうやらそろそろ時間らしい。


 俺は今年で6歳になる。

 そして、6歳になると教会で洗礼式が行われるのだそうだ。

 今日がその洗礼式というわけだ。


 前世ではあまり教会などに行く機会というのはなかった。

 多分前世であれば洗礼式に行くと聞いてもあまり嬉しく思うようなこともなかったかもしれない。

 だが、今回は違う。

 なんといっても、魔法が手に入るのだから。


 俺が今まで使っていたオリジナルの魔法ではない魔法。

 教会から授けられるのは日常生活で非常に役に立つものばかりの生活魔法だ。

 教会で洗礼を受けるとこの生活魔法が使えるようになるのだ。


 かつて、人間はモンスターの影に怯えるように生活していた。

 それが、今では人間同士で争ったりしてしまうほど、生活拠点を増やすに至っている。

 それはなぜか。

 人類躍進の原動力になったのが魔法だ。

 特に生活魔法は非常に優れたものだった。

 【照明】や【飲水】【着火】【洗浄】といった魔法が生活魔法にある。

 どれも明かりをつけたり、飲み水や薪に火をおこすだけのごく小規模なものだ。

 だが、この魔法を多くの人が使えるようになったことによって、人間の行動範囲が格段に広がった。

 多分、原始人のような生活をしていたのが急に電気ガス水道を潤沢に使えるようになるようなものなのだろう。

 おかげで、単体では強いモンスターにはかなわない人間であっても、数を増やし生存領域を広げることが可能になったのだ。


 そういうわけで、教会は毎年6歳になる子どもを集めて洗礼式を行い、そこで生活魔法を授けるという流れになった。

 教会はその際に信者を獲得でき、人々は生活魔法を手に入れられ、権力者は教会から住民名簿を得ることができる。

 全員が利益を得られるシステムが出来上がっているというわけだ。


「うん、今行くよ」


 俺は返事を返し、ウキウキしながら教会に向かって歩き出したのだった。




 ※ ※ ※




 村にある唯一の教会。

 レンガ造りで三角形の屋根がついた、いかにもな造形をした建物にやってきた。

 中へ入るとこれまたそこでそのまま結婚式を挙げられるかのようなベンチの置き方をした部屋がある。

 いくつもあるベンチの向こうには学校の黒板の前のように低い段差があり、教卓のようなものがドンと置かれていた。

 おそらく神父さんがあそこに立って説法などをするのだろう。


 両親と一緒に適当なベンチに座って待つ。

 それほど大きな村でもないからだろうか。

 今年6歳になる子どもは10人もいなかったようだ。

 おそらく全員が揃ったであろう頃を見計らって神父さんとシスターが奥の扉から入ってきて、壇の上に登り、座っている俺たちを見渡すようにぐるりと視線を巡らせた。


「それでは、ただいまより洗礼式を始めます」


 神父さんがそう言って、まずは教会の成り立ちを話し始める。

 だいたいは、人類がいかに苦難の歴史から教会によって救われ、今のように繁栄してきたのかを書物を紐解きながら説明していく。

 娯楽の少ないこんな村ではこういう話を聞くだけでもいい刺激にはなるのだが、いかんせん俺でも知っている話が多い。

 だが、この村にいる神父、彼はまだ比較的若いにもかかわらずユーモアを交え、飽きさせないように話を聞かせる話術を持っているらしかった。

 まるで実際にその目で人類の歴史を見てきたかのように臨場感あふれる話で、集まった子どもたちも目をキラキラさせてその話を聞き続けたのだった。


「さて、それでは最後に命名の儀を執り行います。順番に一人ずつ案内するので、奥の部屋へとくるように」


 そうして、結構な時間を話し続け、みんなの心を引きつける話をやり終えた神父さんがそういう。

 これから命名式が始まるらしい。


 命名の儀とはその名の通り名付けの儀式だ。

 実は俺にはいまだに正式な個人名というのがなかった。

 ここでは6歳になって初めて教会から個人を指す名前をもらうからだ。

 今まではどこそこの何番目の子どもというふうな呼び方をされていたのだ。

 初めてこのことを知ったときはなんと不便なのだろうと思ったが、そういう決まりだと言われてしまえば仕方がない。

 だが、生まれたときにつけられた名前ならばまだしも、この年齢になってへんてこな名前をつけられたら怒るやつもいるんじゃないだろうか?

 名前無しでここまで生活する方も大変だが、名前を付ける側も結構面倒なんじゃないかと思ってしまうのは俺だけだろうか。


 と、そう思っていると俺の番が来た。

 両親とは別れて一人で奥の扉へと向かう。

 通された部屋には中央に重厚な木でできた机が置かれており、その向こうに神父さんが座っている。

 そのまま、机越しに向かい合うようにして用意されている椅子に座った。


「それでは今から命名の儀を執り行います。この命名によってあなたは主の加護を受け、魔法が使用可能となるでしょう。しかし、この魔法はあくまでも人々の生活を豊かにするために授けられるものです。それをみだりに悪用したりしないと誓うことができますか?」


「はい。誓います」


「よろしい」


 定型文のような注意事項を言われ、それに同意する。

 すると、神父さんが机の上に乗っている本に手をかけた。

 どうやらかなり貴重な本のようだ。

 羊皮紙でできた本のようで表紙の周りは金属で補強されて宝石などで装飾されている。

 その羊皮紙の本を両手で持ってゆっくりとページをめくった。

 ずいぶん重たそうだが、植物紙の本はないんだろうか。

 本を開けるとそこには細かな文字の羅列が存在している。


 ……もしかして、この本って名前辞典とかか?


 なんとなく本の中身を見てそう思ってしまった。

 毎年人の名前をつけているとするとどうやっているのかと思っていたので、なおさらそう思ってしまう。

 それはあながち間違いではなかったのかもしれない。

 神父さんの視線がとある文字に定まったかと思うと、儀式が進行したからだ。


「アッシラとマリーの三番目の子よ。汝を聖光教会司祭であるパウロが命名する。汝はこれよりアルスとして、主とともに誠実に清廉を是として励み、生きよ。さすれば、主は汝に加護を与え、見守ってくれるでしょう」


 パウロ神父が儀式の言葉を紡いでいく。

 その時、ふと気になって魔法を発動した。

 体内に練り上げた魔力を目に集中させたのだ。


 左手を本に添えながら、右手を俺の方へと伸ばして儀式の言葉を紡いでいくパウロ神父。

 その手には神父の体から魔力が集まっている。

 それをみて、俺はふと思った。

 もしかして、これって魔法の発動前の準備なのではないかと。

 俺が地面へと手をついて土に魔力を送り込むように、今まさにパウロ神父は手のひらに魔力を集中させて何らかの魔法を発動させようとしているのではないかと思ったのだ。


 そう思い、魔力の動きを注意深く観察する。

 すると、パウロ神父の手に集まっていた魔力が形を変えた。

 俺が今まで自分では試したことがなかった技法を神父が使っているのだ。


 魔力が手のひらから溢れ出すように空間へと広がり、形を作っていく。

 それは円を描き、その円の内部に複雑な記号を書き込んでいく。

 これはどう見ても魔法陣なのではないだろうか。


「記憶保存」


 その魔法陣を見た俺は神父には聞こえないように小声で声を発した。

 これは俺が開発したオリジナル魔法だ。

 目に魔力を集中させると本来見えない魔力の流れが見える。

 ならば、目ではなく脳に魔力を集中させたらどうなるのだろうかという疑問から生まれた魔法だった。

 結果は、瞬間記憶の魔法となった。

 覚えておきたい記憶をきっちりとインプットできるという、ただそれだけの魔法。

 だが、それが今回は役に立った。

 恐ろしく複雑な魔法陣は普通であればひと目見ただけでは正確に覚えられない。

 しかし、この魔法を使用したことによって瞬時に、完全な記憶として保存することができたのだ。


「ウ……」


 そして、俺が魔法陣を記憶した瞬間、その記憶とは別に新たな情報が脳へとインプットされた。

 生活魔法の情報。

 それまでいくら練習しても使えなかった、【照明】や【着火】などといった魔法が不思議と使えるようになったことが理解できた。


 こうして俺は生活魔法を手に入れた。

 そして、それと同時に、普通は知らない洗礼式における魔法陣の存在まで知ってしまったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 両親と一緒に適当なベンチに座って待つ。 父ちゃんいつ戦争から帰ったん?
[良い点] 文章がしっかりしているので、読みやすいと思います。 [気になる点] 研究日記ばかりで、退屈。 要約できる部分も多いと感じます。 人物描写や交流もなく淡白な為、飽きやすい。 読者の感情を巻き…
[一言] 脳を強化して瞬間記憶!? 凄いわ。 そして魔法陣なるものが存在することが判明~ 生活魔法も、神から与えられるんじゃなくって 魔法陣を使って人が人にインストールしてたのね。 これは利用できそう…
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