編み物
「おい、こら、暴れんなよ。散弾!」
「メ、メ〜……」
「ふう。これはヤギの毛を刈るだけでも一苦労だな。散弾の魔法が使えないと作業もできないぞ」
「大丈夫なのか、坊主? あんなジャンプ力のある足で蹴られたら坊主でも危ないんじゃないか?」
「とりあえず、散弾を見せると少しの間はおとなしくしているみたいだな。ヴァルキリーのお仕置きが効いてるんだろ。なんとかこの間に毛を刈らないと……」
牧場区から一頭のヤギを連れ帰ってきた俺はさっそくそのヤギに生えている毛を刈り取ることにした。
だが、なんとも手間のかかる毛刈りになってしまった。
ただでさえ臆病で少しでも身の危険を感じたら【跳躍】という魔法で大ジャンプをして逃げようとする生き物なのだ。
それが刃物で自分の体から生えている毛を刈り取られそうになっているのだ。
抵抗しないわけがない。
俺は悪戦苦闘しながらなんとかヤギから毛を刈り取る作業を終えたのだった。
「真っ白な毛だからキレイだな。手触りもいいぞ、おっさん」
「本当だな。それで、この毛を糸にするのか、坊主?」
「ああ、毛糸ってやつだな。寒さ対策のためだし、セーターでも作ってみよう」
なんとかヤギから刈り取ったモコモコの毛をかき集める。
これを毛糸にする。
とりあえず、お試しなのでたいした道具もなくできるやり方でやってみることにした。
毛を糸に紡ぐためにスピンドルという道具を作っておいた。
スピンドルというのは軸の棒が長いコマのような形をした道具だ。
ここにキレイに【洗浄】した毛を少しよじり、その毛の先をスピンドルに取り付けてコマのように回す。
クルクルと回る動きに合わせて毛が糸のようによじられて毛糸へと形を変えていく。
が、ちょっとした趣味としてならこれでも毛糸とすることができるが、やはり時間がかかってしまう。
あとでもっと効率のいいものが作れないかグランに相談しておこう。
そう思いながらも時間をかけつつ、なんとかヤギの毛を毛糸にすることができた。
毛糸は蒸したりしたほうが長持ちするんだったかな?
よくわからないので、これは後でいろいろと試してみる必要があるだろう。
とりあえず、今回はこのまま使うことにする。
完成した毛糸を玉のようにまとめておく。
さて、とりあえず作り上げた毛糸を使ってセーターを編むことにする。
俺は二本の編み棒を左右の手に持って構えた。
左右の棒を器用に動かしてセーターを編んでいく。
あんまりきちんとは覚えていないが家庭科の授業で編んだことがあったのを思い出しながら編み棒を動かし続けていった。
「……すまん、坊主。それって時間がかかりそうなのか?」
「当たり前だろ。何日かかるか俺にもわからん」
「そんなにかかるのか。坊主、俺は他の仕事に戻るけどいいか?」
「ああ。って、あっ! おっさんが話しかけるからここ間違えちまったじゃねえか。くっそー、戻ってやり直しだよ」
「そ、そうか。悪かったよ、坊主。まあ、なんだ。頑張ってくれ」
「おう。なんかあったら呼んでくれ」
俺が無言になって編み物を続けていたからだろうか。
見かねたおっさんが話しかけてきた。
まあ、他人の編み物を見ているだけなんて時間の無駄もいいところだろう。
おっさんには仕事に戻ってもらい、俺は編み物を続ける。
ちなみに、一日経過した段階でセーターを編むのは諦めて、もう少し簡単にできるマフラーづくりへと切り替えたのだった。
※ ※ ※
「じゃ〜ん。どうかな、リリーナ。完成したマフラーの使い心地は?」
「あ、ありがとうございます、アルス様。わざわざ、アルス様ご自身の手でこのようなものを作っていただいてしまって」
「いいよいいよ。で、どうかな。結構暖かいでしょ、そのマフラーは」
「はい。すごく暖かいです、アルス様。それに肌触りもすごくいいですね。さらりと撫でられるようで、それでいて包み込まれるように暖かくて、すごく気持ちいいです」
「だろ? もうちょっとチクチクしたりするんじゃないかなと思ってたんだけどさ。思った以上にいい出来になったよ。何回も編み直した価値はあったかな」
「ええ、一度使えばみんな欲しがるのではないかと思います。それにこれがあればアルス様のおっしゃっていたように、冬越しはもっと楽になるのではないでしょうか」
「そうだな。よし、あとはセーターと手袋と靴下くらいは作っておこうか。それだけあれば全身を覆えるしな」
「あの、アルス様。この編み物のやり方を私にも教えていただけませんか?」
「え、リリーナに? やってみたいの?」
「はい。私もアルス様に暖かいお召し物を作りたいです」
「ありがとう、リリーナ。わかった。すぐにもうワンセット毛糸と編み棒を持ってこさせるよ。一緒に頑張ろう」
「はい、アルス様」
こうして、編み物第一弾として俺はマフラーを作り上げた。
その後はリリーナや側付きのクラリスなども一緒になってマフラーの他にセーターなども作り上げていく。
ぶっちゃけて言うと俺が作ったマフラーよりも、すぐに上達したリリーナのもののほうが更にいいものが出来上がった。
だが、それでもリリーナは俺が手作りしたマフラーを気に入ってくれたようだ。
その後も大切に使い続けてくれたのだった。
こうしてバルカではほんの少しだが今までにない防寒具を作る環境ができ始めてきたのだった。
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