衣食住
冬になると人が死ぬという現実を目の当たりにした俺。
せめて、もう少し冬を越しやすくできないだろうかと考える。
今、思いつく原因はやはり食糧問題と寒さによるものだ。
雪が積もるほどの時期では俺が作った温室くらいしか冬場にまともに食料を作る方法はない。
が、今は温室を薬草園としてしまっている。
できれば今後も温泉の熱を利用した温室は薬草作りに充てたい。
であれば、食料は雪の降らない時期にしっかりと増産しておく必要がある。
まあ、これはある程度どうにか改善はすると思う。
というか、そのために俺の魔法があるのだから。
今までの貧弱な農業技術しかない状況と違い、俺の魔法を使えば土の状態は確実に良くなる。
一応これでも何年も前から実際に畑で魔法を使用してきているので、そう言えるだけの実績はあると思っている。
更に今はバイト兄を他の土地へと派遣しているというのもある。
実は去年は回転式脱穀機と風車による粉挽きという新技術がほしいと思うほどの豊作だったにもかかわらず、そこまで手元に麦が残っていないのだ。
それでも通常よりは遥かに備蓄できているとは思うが、戦があったのがよくなかった。
俺自身がバルカを離れた戦場でお腹をすかした状態で戦いたくなかったというのもあって、かなりの量を輸送していたのだ。
結果、消費量がすごいことになっていた。
リスクを負いつつもバイト兄を領地外へと派遣して農地改良するのはそれがあったからだ。
他の土地でも豊作であればそこから食料を買い取ることも可能だろう。
なにより、よそが豊作であればその土地の人間が貧困にあえいでバルカ騎士領へと移住してくる必要がなくなるのだ。
冬になったら死人が出るというのは、言ってみれば死にそうな連中がバルカへとやってきているという意味でもある。
もう少し他の土地でも食料があれば、そういった連中がバルカへとやってこない、つまりバルカでの冬季死者数を減らすことにもつながるということだ。
が、食糧問題が解決したとしてもそれだけでいいわけではない。
やはり寒さが厳しいのだ。
冬になったらソリで移動したほうが効率がいいくらいには雪が積もるこの辺りの気候。
問題はこの寒さを乗り切るために必要な暖かさが足りない。
というか、根本的に着ている服が粗末すぎるのが問題なのではないかと思う。
いくら薪をくべて暖を取ろうとしても、着ているものがペラッペラだと寒さを防ぎきれないのだ。
もっと暖かい服がほしい。
人の生活に大切なものは衣食住だというが、それをしっかりと整える必要があるということだろう。
「でも、そういう坊主は暖かそうな毛皮のコートを着ているだろ?」
「まあね。大猪の毛皮は有効利用させてもらっているよ」
「それがあればいいんじゃないのか? 大猪の毛皮はコートとしても使えるし、革鎧にもなるんだから」
「いや、それは無理だよ、おっさん。大猪の数だけじゃ絶対に街の需要には足りないからね。やっぱ安定供給できる衣服がほしい」
「みんなが着られる数の服か。かなりの量が必要になるぞ、坊主。けどまあ、それが実現すればかなりの儲けが出るだろうな」
「結構服って高いもんね。さて、と。どうなっていることやら」
冬を越すための手段としての暖かい服の確保。
そのために事前に打っていた手のひとつを確認しに行く俺とおっさん。
場所はバルカニアの北側に作った牧場だった。
俺とおっさんはまだ雪が残る道を移動しながら牧場へとやってきたのだった。
目的は当然ヤギだ。
去年、ウルクの東にある大雪山から取り寄せた【跳躍】という魔法を持つ野生動物のヤギ。
かなりの高さをジャンプしてしまうために、壁で囲まれた街中で飼おうと思ったのだが失敗してしまっていた。
街中で建物の上を飛ぶようにジャンプしてしまい、住人から苦情が来まくっていたのだ。
そこでカイルが行った緊急手段としてヤギをヴァルキリーの厩舎へと入れるという行為によって、結果的にその問題は解決した。
ヤギがジャンプしようとすると角ありヴァルキリーが【散弾】を放って威嚇し、ヤギをおとなしくさせてしまったのだ。
それを見た俺はヤギとヴァルキリーを壁に囲まれた牧場エリアで一緒に生活させることにしたのだ。
その牧場エリアだが冬の間は一切入っていなかった。
一応、雪を避けるための建物を作ったり食料は置いたりしているが、果たしてヤギは無事なのか。
それを確かめるためにおっさんと様子を見に来たのだった。
牧場へと続く扉を開けて、数カ月ぶりくらいになるヴァルキリーとヤギの楽園へと入っていく。
「キュイ!」
「メー」
「……おっさん、俺の眼はおかしくなったのか? ヤギの姿が変わったみたいに見えるんだけど」
「奇遇だな、坊主。俺も同じだよ。あれはほんとに俺たちが去年バルカにつれてきたヤギなのか?」
牧場へと入った俺たちはそこで歩き回っているヴァルキリーとヤギの姿を確認した。
ヴァルキリーはいつもどおりだ。
頭には角が二本生えており、サラブレッドのような肉体に白い直毛がさらりと流れている。
まだ雪の残る地面の上を歩いているその姿は幻想的と言えるだろう。
対して、そのそばにヤギもいた。
こちらも白の毛が生えていて少しモコっとしている。
が、これはおかしい。
俺がアインラッドの丘で初めておっさんと二人でヤギを見たときには確か茶色の毛をしていたはずだ。
それに毛の長さもそこまで長くはなかった。
なぜ姿が変わっているのだろうか。
というか、頭に見たことのあるヤギの角がなければそれをひと目でヤギだと認識できなかったかもしれない。
「ヤギっていうのはもしかして冬は毛が生え変わって白色になるものなのか、おっさん?」
「……いや、そんな話は聞いたことがないんだがな。でも、確かにあれはヤギだ。白いけどそれは間違いないと思うが……」
「ん? おっさん、ヤギをよく見てくれ。あいつら冬になる前よりも体が大きくなってないか?」
「そう、かな……。ああ、確かに言われてみれば一回りでかくなってるようにも見えるな。けど、それがどうかしたのか、坊主?」
「いや、もしかしたらってだけなんだけどな。ヤギはこの外敵のいない安全な牧場で体がでかくなるまでハツカの茎を食べたから姿が変わったんじゃないかと思ってさ」
「そんなことあるのか?」
「わからん。思いつきで言っただけだよ」
「そうか。まあ、けど問題ないと言えば問題ないんじゃないか、坊主? 見たところ、ヤギたちは見た目こそ変わったけど、無事に冬を越しているみたいだし」
「そうだな、おっさん。そのとおりだ。というか、毛の長さが伸びたのもいいことじゃないか? さっそくヤギの毛を刈り取って、服を作れるか試してみようぜ」
何故か変貌を遂げていたヤギの姿。
俺とおっさんはそれをみて多少混乱してしまった。
が、確かにおっさんが言う通り、ヤギがバルカの土地で無事に冬を越えたというのは間違いのない事実である。
しかも、暖かそうな毛が生えている。
さっそく俺とおっさんはヤギを一頭捕獲してバルカ城へと連れて帰ったのだった。
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