死者数
「同志アルス、人体解剖図についてだが一区切りつきそうだよ」
「へー、ずいぶん早かったな、ミーム」
「うむ。冬になると死者の数は増えるのが相場というものだからね。検体となる数が多かったから当然といえよう」
「そうか……。本当は冬越えできない人の数を減らしたいんだけどな」
「それは仕方がないというものだよ、我が同志よ。君は神ではない。冬に人が死ぬのは自然の定めというものだよ」
「うーん、もう結構慣れたつもりではいるんだけど、やっぱり心情的には寒さで凍えて、空腹の中で死ぬのは見るのも嫌なんだよな。もっと仕事を増やしてやらないといけないな」
「ふむ。各地を旅してきた私にとって、このバルカニアでは冬の死者数はかなり少ないように思うが……。これでは納得出来ないというのだな、同志は。さすがだよ」
「お世辞はいいよ、ミーム。で、人体解剖図の完成の目処が立ったってことは、本ができあがりそうなのか?」
「いや、それはまだかかるね。モッシュくんが頑張って寝ずに図解を書いているよ。それが完成してから私がその図にあう解説を書いていくことになる。もうしばらく時間がほしい」
「わかった。別に急ぐ必要はないから、しっかりと満足のいくものを作り上げてほしい。あと、完成したら俺に一番に見せてくれよ?」
「それはもちろんだとも。我が同志にはぜひ見てもらいたいからね」
「で、わざわざそれを言いに来たのか?」
「ああ、そうだった。それも重要だが、わざわざ同志に面会に来たのは別の理由さ。預けた薬草についてだよ」
「薬草? 隣の村の温室で育ててるけど、何かあるのか?」
「ああ、私もその温室というものを見に行ってきたのだが、あれはいい。素晴らしいね」
「そうだろ? 暖かい時期にしか育たない薬草もしっかりと育てられたって報告が来てたからな。あれがあれば薬の増産ができるかもしれない」
「そうだよ。まさにその点だよ。私もいろんな土地を旅してきたがあのような素晴らしい物があるとは思いもしなかった。あの温室という物を知ることができただけでも、このバルカへとやってきたかいがあるというものだよ」
「そりゃよかった。で、温室の薬草のことがどうしたんだ、ミーム。もしかして、もう臨床試験でも始めるつもりなのか?」
「そうだね。モッシュくんが図解を完成させるまで時間がかかるだろうから、簡単なものから始めてもいいのではないかと思っているが、どうだろうか? 我が同志さえいいと言ってくれれば、さっそく始めたいのだけれど」
「わかった。別に人体解剖図の完成が遅れないっていうんならかまわないよ、ミーム」
「おお、ありがたい。ではさっそく準備に取り掛かるとしよう。……そういえば、例の臨床試験はどんな薬から始めたほうがいいのかな?」
「そうだな……、なら切り傷に対する薬と食中毒とか吐き気、下痢止めの薬から始めてほしいかな。どれも命に関わるし」
「なるほど、戦場での経験からというわけだね。わかった。その手の薬はいくつか種類がある。どれがどれほど効くのか、しっかりと確認することにしよう」
「あ、ミーム。確認するけど、これは人体実験じゃないからな。ちゃんと相手の同意をとってから試験してくれよ。無理やり薬を飲ませるってのはなしだよ」
「はっはっは、わかっているさ。私に任せてくれたまえ、我が同志よ」
俺が注意したら大声で笑いながら答えるミーム。
だが、本当に大丈夫なんだろうか。
医術についてはかなりのものではないかと思うのだが、どうにも自分の興味を優先する気がしてしまう。
やはり、ミームには監視が必要だろう。
画家くんことモッシュは今忙しいみたいだし、他のやつでもつけておこうか。
「相変わらずアルス兄さんは変な人と変なことをしているよね」
「相変わらずってなんだよ、カイル。俺は別に変なことをしていないぞ?」
「そう思っているのはアルス兄さんだけだと思うよ。でも、本当にあんな実験みたいなことが必要なの?」
「医学の発展のためには必要だろ。カイルならそれくらい分かるだろ?」
「でもアルス兄さんってあんまり風邪にもかからない健康体でしょ。薬なんていらないんじゃない?」
「そりゃ、俺には【瞑想】があるからな。一晩寝たらピンピンしてるし、病気知らずだよ」
「だったらやらなくてもいいんじゃないのかな?」
「そんなことはないよ。医学は薬だけで成り立っているんじゃないし。悪いところを切って治す外科だってあるだろ。もし、自分が外科手術を受けることになったらと思うと、今から安全性を確認しておきたいだろ」
「でも、アルス兄さんならパウロ司教に頼んで回復魔法をかけてもらえばいいんじゃないの?」
まあ、確かにカイルの言う通りではある。
戦場で傷を負った騎士は教会で回復魔法を受けて体を治して再び戦場に立つという話だし、外科手術なんて必要ないのかもしれない。
が、それはあくまでも俺が回復魔法をかけてもらうためのお金を用意することができるからだ。
かなり高額な治療費を要求される回復魔法を庶民が受けることはできない。
やはり医学研究は必要なのではないかと思う。
が、今更ながら人の生死については医学の発展だけでは駄目なような気もする。
それはこの辺りでは冬になると人が死ぬのが当たり前だと認識されている点だ。
毎年、自分の農地などを持たない人などが食べ物や仕事を求めて街へとやってきては、冬になると死んでしまう。
このことは俺もある程度知っているつもりでいた。
だが、ずっと村で生まれ育ってきていただけに実際の体験としてはあまり実感がなかったのだ。
しかし、このバルカニアができてからはそれが少し変わっている。
俺がつくった街でも冬になると何人も亡くなって春を迎えられないというのを目にしていたのだ。
これは単純に医学の問題だけではない。
食べ物の確保と寒さが重要な原因となっているのだ。
別にすべての人を救おうとか、助けてあげたいと言いたいわけではないが目につく範囲でなんとかできるかもしれないのであればどうにかしたい。
そう思って、俺はまだ雪が残る景色を見ながら、冬の寒さへの対抗策を考えることにしたのだった。
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