ピーチャの申し出
「アルス殿、貴殿に少し話したいことがある。ちょっといいか?」
「どうしたんですか、ピーチャ殿。わざわざ改まって話だなんて」
「うむ。新年の祝いの席で貴殿の弟殿から購入した魔法だが、問題なく使えている。まさか、独自の魔法を売るようなことをするとは思いもしなかったがね」
「そうですか。どうでしたか、リード家の魔法は? かなり便利だと思いますが……」
「そうだな。実際に使わせてみたが確かに便利にはなったと思う。だが、気になる点があるとも言えるが」
「気になる点ですか?」
「そうだ。【自動演算】はほとんど問題にはならんだろうが、【速読】の効果は使い手の理解度が大きいことになるという点だ。いくら瞬時に文章を理解するといっても、読み手側がその文章の内容を理解するだけの知識などがなければ意味がないということだ」
「それはそうです。ですが、それは先に説明しておいたでしょう?」
「そうだが、思った以上に理解度の要求が高いように感じたのだよ。この魔法を使いこなして仕事をするには実際に統治のリーダーを務めるようなものでなければいけない。が、そのような重要な人物はさすがに他家の名付けを受けさせるわけにはいかん。魔法を使いこなすという意味では人選に難航すると言えるのだよ」
「……確かにそうですね。わかりました。これからはリード家の魔法を販売するときには、相手にそのことをしっかりと説明しておくことにします。ご助言助かります、ピーチャ殿」
「いや、この程度大したことではない。というよりも本題はそれではないしな」
「本題ですか? いったいどうしたのですか?」
「ああ、実はなんとも言いにくい話ではあるのだが……、貴殿は自分の魔法を売る気はないのかな?」
「え? 私の魔法ですか?」
「そうだ。正直なところいくらリード家の魔法が便利だとはいえ、貴殿の魔法にはかなわない。こちらとしてはバルカの魔法がほしいと感じてしまうのだよ」
「バルカの魔法を……。いや、それは駄目ですよ、ピーチャ殿。カイルの魔法は攻撃力の一切ない魔法であったがゆえの例外でもあります。私の、バルカの魔法を授けた場合は必然的にフォンターナの魔法である氷の魔法までもがついてくる。それを商売の種にするのはさすがにできません」
「そうか。まあ、そうだろうな」
「というか、いきなりなんでそんなことを言い出したんですか、ピーチャ殿」
「貴殿にはわからんか? 私はアインラッド砦を任されているのだよ。そして、アインラッド砦は貴殿が造ったものだ」
「いや、ピーチャ殿も一緒に砦をつくっていたじゃないですか」
「ばかを言うな。私はその場にいただけに過ぎん。アインラッド砦をつくったのは間違いなく貴殿の力だ。そして、それはアインラッド砦を一番うまく使えるのも貴殿の、バルカの力があってこそだと言える」
「バルカの力ですか」
「そうだ。というか考えてもみろ。アインラッド砦には多数の投石機が設置されているのだぞ。それも貴殿の持つレンガ造りの魔法で作られるレンガが一番飛ばしやすくなっているのだ。今のアインラッド砦の守備にはどうしてもバルカのレンガが必要なのだよ」
なるほど。
一理あるかもしれない。
俺はピーチャの話す内容を聞いてそう思った。
俺は年明け早々にある新年の祝いに参加し、その宴会でカイルの魔法を売りさばいた。
カイルが名付けをして金銭を受け取るという、この世界の名付けの暗黙のルールから少し逸脱した行為で金を稼いだのだ。
当然、それに嫌な顔をする者たちもいないわけではなかった。
だが、最初に当主であるカルロスがカイルの魔法を購入していたのが反論を防いでくれていた。
もし、俺に文句を言うなら当主の行動を批判することにもなるからだ。
カルロスは割と利があればそれを掴み取ろうとする性格のようでこちらも助かったと言えるかもしれない。
そうして、他にも興味を持った騎士たちが自分の配下の人間に魔法を授けるように依頼してきたのだ。
すぐに話がまとまったものだけをさっそくやってみた。
効果は抜群で、みんな驚いていた。
だが、確かにピーチャの言う通り、カイルの魔法を授かるのは人選が大変なのかもしれない。
自分の領地を持つ騎士家であれば本当にカイルの魔法が必要な人物は領地経営の中心人物である可能性が高い。
が、そのような人物は当然すでに何らかの役職についている。
というか、バルカではそうではないが、他のところでは文官や武官などといって文武で分かれてはいないのだ。
あくまでも両方を備えていないと話にならない。
そうなると必然的に騎士か、あるいはいずれ騎士になる人物がカイルの魔法を必要とすることになる。
だが、もちろんそんな人物にリード家の名を名乗らせるわけにはいかない。
ならば、あまり重要ではない人物にリード家を名乗らせるかというと、そうもいかない。
俺はカイルが名付けるのにそれなりに高額のお金を要求している。
仕事のできないであろうものに多額の金を工面して魔法を使えるようにする意味があるのか、というところだろうか。
言われてみれば確かにカイルの魔法を授けるべき相手を選ぶのは一苦労だろう。
が、ピーチャの本題はそれではなかった。
ピーチャは驚いたことに俺にバルカの魔法を売れと言ってきたのだ。
これはどういうことだろうか。
普通に考えて、攻撃魔法が含まれている俺の魔法をわざわざピーチャの部下に名付けるのは駄目だ。
そんなことはピーチャも俺に言われなくともわかっていると思うのだが……。
確かにアインラッド砦を守るという理屈から言えばバルカの魔法があったほうがいいだろう。
が、投石機のためだけにバルカの魔法を売る必要があるかどうかというと明らかにおかしい。
それならレンガを買い付けるだけでも目的は達成できるのだから。
……そうか。
もしかして、それだけではだめな理由があるのかもしれない。
バルカの魔法を買い取ることなど無理だとわかっているのにあえてバルカの力が必要だと言ってくる。
つまりは、ピーチャはアインラッド砦にバルカの力、すなわち武力が必要だと言いたいのではないだろうか。
先の宴の間ではアインラッド砦の防衛は問題ないように言っていた。
が、それはあくまでもカルロスの居城であるここで公然と防衛が難しいとは言えなかったのではないだろうか。
そこで、一度リード家の魔法を高い金を出して買い取ったうえで、こうして話をしてきた。
「そうですね……。さすがに先程も言ったように、バルカの名を売ることは難しいでしょう。そこで、かわりと言ってはなんですが、こちらから人手を派遣しましょうか? レンガを造ることができるバルカ姓の者たちをアインラッド砦に送るというのはどうでしょうか?」
「そうか、うむ、確かに無理を言ってしまったようだな。貴殿には悪いことを言った。許してほしい。そのうえで、今の提案をありがたく受けたいと思う。バルカ姓の者たちがアインラッドに来てくれるというのであれば助かる」
「わかりました。そのかわり、派遣料金は弾んでくださいよ、ピーチャ殿」
「わかった。無理を言ったのはこちらであるしな。頑張らせてもらおう」
こうして、俺はアインラッド砦へとバルカの人間を派遣することにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





