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マッドドクター

「うん、戻ってきたのかね、モッシュくん。って、おお、これはこれはようこそお越しくださいました、我が同志よ」


「やあ、ミーム。君のパートナーの画家くんが城をうろついていたから連れてきたよ。次からは逃さないようにね」


「ああ、これは申し訳ない。実は少々細かい作業が続いていてね。わたしもそちらに集中しきりだったのだよ。どうやらその間に逃げ出してしまったようだ」


「気をつけてね。君が医学の発展に非常に強い情熱を持っているとは言え、絵が下手くそで見られたものじゃないんだから。こんな優秀なパートナーはそうそういないぞ、ミーム」


「わかっているよ、同志アルス。さ、モッシュくん、さっそくだが今度はここの部位を描いてもらおうかな。すぐに始めてくれたまえ」


「ひいぃぃぃ。あなた達はなんでそんなに冷静なんですか。うう、やりますよ。描けばいいんでしょう」


 バルカ城にいた画家のモッシュを連れて俺は研究棟と呼ばれるところへとやってきた。

 バルカニアの外壁内の南東区に研究棟を作っており、そこでこの二人が作業をしている。

 教会や孤児院、学校などとともにこの南東区に研究棟を始めとした大学機構を設置していこうと思っている。


 そして、その研究棟へと入ると画家くんのパートナーである人物が迎え入れてくれた。

 その人物の名はミーム。

 何を隠そう、このミームがいたから俺は医学の研究を始めることにしたのだ。


 ミームはフォンターナ領とは別の領地から来た人物だ。

 が、生まれ育った土地を離れてここへ来たのは、自ら望んでというわけではない。

 とある出来事によって仕方なくだった。

 その理由がミームによる人体損傷事件である。


 かつて暮らしていた土地ではミームは医師として生計を立てていたという。

 このあたりでは教会の司教などが回復魔法を使うことができる。

 だが、教会の回復魔法を誰もが気軽に使えるわけではない。

 かなり高額の治療費がかかるのだ。

 これは別に教会が暴利を貪っているというわけではないようで、ある程度の金額に設定してそれを守っておかないとキリがないことになるからだ。

 いくら司教の魔力量が多くとも、回復魔法を無限に使い続けることができるわけがない。

 それに広いエリアを統べる司教が回復魔法を唱えるだけで一日を終えるわけにもいかない。

 それを防ぐための金額設定だった。


 故にミームのように医師として人々を治療している者がいる。

 が、教会の回復魔法と違って各自の経験からくる治療法で各々が日々治療行為に当たっているため、医師によって当たり外れがある。

 ミームはその中では割と当たりと呼ぶべき人気の医師だったようだ。


 だが、毎日患者の治療を行っていたミームは悩んでいた。

 自分がしている治療が本当に正しいのか、もっといい方法があるのではないか。

 そもそも、人の体とはどのようにして生きていて、傷が治る仕組みになっているのか。

 人体の不思議について疑問を持たぬ日はなかったのだという。


 そうして、ついにある日、事件が起きた。

 ミームが治療院で死者の体を切り裂いているところが目撃されてしまったのだ。

 それまで人気があったとはいえ、死者の冒涜は許されざる行為だった。

 あっという間にその噂は広がり、悪評が立つばかりか、領主の耳にまで届いてしまったのだ。

 権力者に目をつけられては、それまでのように暮らしていくことすらできない。

 そうなったミームは仕方なく治療院を畳んでその地を出ていったのだという。


 だが、ミームは自分の行為については悪かったとは思っていなかった。

 ミーム本人が言うには、どう考えてもあの患者の腹部のしこりが死の原因だったとしか思えず、それを確認する必要があったのだという。

 しかし、そんな言葉を聞いて「なるほど、そのとおりだ」というものはいなかった。

 故に、いくつもの領地を転々としながら各地を放浪していたのだという。


「いやー、それにしてもここはいいところだ、我が同志よ。君のように医学に理解のある者がいて、このように設備を整え、解剖すら可能とすることができるとは。まさに天国と言えるのではないか」


「……どう考えても地獄ですよ、ここは」


「モッシュくん、なにか言ったかい?」


「いいえ、何も。で、ミームさん、ここの絵を描けばいいんですか?」


「ああ、そうだ。よろしく頼むよ」


 各地を点々としていたミームがここに来たのはカイルの魔法について聞いたからだという。

 【速読】という魔法があれば、もっと医学の本などをすばやく読み解き、より勉強できるかもしれないと思ったそうだ。

 そこで俺と出会った。

 自己PRをしろと言ったら長々と自分の話を始めたが、さすがに俺以外の人間はドン引きだった。

 だが、俺はミームの言いたいこともわからないでもない。

 というか解剖学すらなさそうだと聞いて、この世界にまともな医学がないことがはっきりとわかったくらいだ。

 なので、適当に「わかるわー、解剖って必要だよな」と相づちを打っていたらミームは感激して俺のことを同志と呼び始めたのだった。

 呼び名は別に何でもいいのだが、カイルが俺のことを更に変人を見るような目になったことだけが遺憾ではあるが。


「で、解剖図の作成は実際のところ進んでいるのか、ミーム?」


「ああ、順調だよ、我が同志よ。それで、大方の解剖が終わってしまったら次はどうするつもりかな?」


「一応、今職人たちに顕微鏡が作れないかやらせている。レンズを使った光学顕微鏡ができればもう一段階先のステップに進めるんだけどな」


「光学顕微鏡? それはなんだろうか、同志よ」


「簡単に言うと、肉眼では見えないような小さなものを拡大して見られるような道具かな。まあ、俺も作り方は知らないから完成するかどうかはわからんけど」


「なるほど。もしかして東の技術かな。それは完成が楽しみだよ」


「期待しすぎるなよ、ミーム。ま、顕微鏡ができるまでは臨床試験でもしてもらおう。今、実際に医者によって行われている治療行為の一つひとつが本当に治療効果があるのかどうか。それを実験してデータに出してくれ」


「ああ、以前同志が言っていたやつか。わかった。わたしもどのような結果が出るか興味があるからな。やってみよう」


「よろしく頼むよ、ミーム」


「任せてくれたまえ。ともに医の真髄を極めようではないか、我が同志よ」


 興奮しながら俺の手を握って話をする医師ミーム。

 確かにミームの言うように医学の発展のためには解剖は必要な行為だろう。

 だが、どこか危うさもある。

 医学のためなら何をしてもいい、みたいなことにならないように画家くんはストッパーになってもらおう。

 この二人はこれからもセットで使ったほうがいいだろう。

 こうして、俺はバルカの医学をこの正反対な二人に任せることにしたのだった。

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