ヴァルキリーの魔法
「ビリー、差し入れ持ってきたよ。一緒に食べよう。って、あれ、アルス兄さんも来てたんだね。……どうしたの、アルス兄さん。口を開けて固まってるけど?」
「カイルか。いや、さっきからビリーと話をしていたんだけどな。ちょっと俺の認識と違うことを言われてな」
「そうなんだ。ビリーはどんなことを言ったの?」
「あ、はい。アルス様の魔力から孵化するヴァルキリーは魔法を使う魔獣型だと。あ、アルス様はヴァルキリーを魔獣型だと思っていなかったみたいで……」
「へ? ヴァルキリーが魔法を使うのはアルス兄さんが一番知っているでしょ。なんで今さらそんなトンチンカンなこと言ってるのさ」
「いや、カイルもビリーも誤解しているんじゃないか? 実は今まであんまり人には言わなかったんだけどな。俺はヴァルキリーに名付けをして魔法を授けたことがあるんだよ。ヴァルキリーが魔法を使えるのはそれが理由なんだよ。ああ、ちなみにこの話はここだけの内緒だからな」
「内緒って……、ヴァルキリーがアルス兄さんの魔法を授けられてることはみんな知ってるでしょ。まあ、けど、なるほどね。アルス兄さんはヴァルキリーに名付けをした経験があったからヴァルキリーを魔獣型だと思ってなかったんだね」
「だってそうだろ? 実際、俺が名付けをしてからヴァルキリーは魔法を使い始めたんだから」
「じゃあ、質問だけど、アルス兄さんはその後に孵化してきたヴァルキリー全部に名付けをしているの? そんなわけないよね。だってアルス兄さんが戦場に出ている間に孵化したヴァルキリーも同じように魔法を使えてるんだから」
「いや、使役獣は同じ魔力から孵化した個体はみんな全く同じ特徴を持つ体になる。おそらく使役獣は一体でも名付けを行うと同種みんなが魔法を授かることになるんだよ」
「そんなわけないでしょ、アルス兄さん。もし、使役獣がそんな特性を持っているんだったら、他の人たちも同じように名付けをしているよ。でも、そんなこと誰もしていないでしょ。使役獣に名付けをして魔法を授けても、その使役獣は同種全体で魔法を授かるようなことはありえないよ」
「……そうなのか? 本当に? でも、現実にヴァルキリーではそうなっているんだぞ。俺は最初の一頭にしか名付けをしていない。でも、新しく産まれてくるヴァルキリーはバルカの魔法を使える。それこそが動かぬ証拠じゃないか」
「……はあ、アルス兄さんって意外と頭が固いよね。いいよ、百聞は一見にしかず。ヴァルキリーが魔法を使うところを見に行こうよ」
ビリーと話しているときに部屋に入ってきたカイル。
どうやらカイルもビリーと同じでヴァルキリーは魔法を使う魔獣型であると思っているようだ。
というよりも、俺の言うことをはっきりと否定してくる。
使役獣に名付けを行ったら同種全体で魔法を使えるようになる、という俺の考えを真っ向から否定してきた。
俺の中では確固たる事実だと思っていただけに、それを否定された衝撃は大きい。
俺が半ばムキになってカイルに言い寄っているとそれをなだめるようにしながら、カイルは外に行こうとうながしてきた。
ヴァルキリーを前にして魔獣型であることの証明をしてくれるらしい。
俺はそんなはずはないと思いながらも、カイルのあとに続いてヴァルキリーのもとへと向かったのだった。
※ ※ ※
「はい、到着。じゃ、ヴァルキリーに魔法を使ってもらおうか。ヴァルキリー、なにか適当に魔法を使ってみて」
「キュイ!」
バルカ城を出て、牧場エリアへと出向いた俺とカイル。
牧場へとついてそうそう、カイルはヴァルキリーに魔法を使用させた。
目の前で発動したのは【壁建築】だ。
なにもない牧場の広場に高さ10m、厚さ5mのレンガ造りの壁が出現する。
「……カイル? これは俺が名付けして使えるようになった魔法だろ。何回も言ってるけどヴァルキリーが魔獣型として孵化したんなら、俺が使えない固有の魔法を使えるはずだ」
「アルス兄さん。もっとちゃんと見て。今、ヴァルキリーは壁を作ると同時に自分の魔法も発動していたんだよ。眼に魔力を集中させて、魔法を使うときの魔力を観察してみてよ。ヴァルキリー、もう一度魔法を使ってみてくれないかな」
「キュイ!」
「……カイル、魔力を見ろって言うけど、別に何も変化なかったんだけど。今の魔法を使う瞬間もヴァルキリーの魔力にはおかしなところはなかったぞ?」
「だから、それがおかしいでしょ。ヴァルキリーの魔力量を見てよ。ほら、魔法を使っても魔力量が減ってないでしょ」
「え……? ちょっと待て、本当だ。魔法を使っても魔力の残量が減ってない。なんでだ?」
「それがヴァルキリーの魔法の正体だよ、アルス兄さん。ついでに、ヴァルキリーがみんなバルカの魔法を使える理由でもある」
「ごめん、カイル。全然わかんないだけど。どういうことだ? ヴァルキリーは魔法を使っても魔力を消費しない魔法でも持ってんのか? でも、それだと俺の魔法をみんなが使えることの説明にならないけど」
「違うよ、アルス兄さん。ヴァルキリーは魔法を使うとちゃんと魔力を消費しているよ。よく見ればちょっとだけ減ってるんだ」
「ちょっとだけ?」
「そうだよ。ヴァルキリーはね、群れ全体で魔力を共有しているんだよ。そして、その【共有】こそがヴァルキリーの固有の魔法だと思う。多分、アルス兄さんに名付けられて使えるようになった初代のバルカの魔法を群れ全体で共有しているんだと思うよ」
「……【共有】? それがヴァルキリーの魔法なのか」
「多分間違いないと思うよ。ヴァルキリーは生まれ持って【共有】の魔法を使う魔獣型の使役獣だってこと。だから、他の使役獣とは違って、一頭だけに名付けをしても群れ全体にそれが影響したんだと思う」
「まじかよ。今までずっとヴァルキリーと一緒にいたのに全然知らなかったんだけど……」
「まあ、そのほうが気が付きにくかったのかもしれないね。もしかしたら、ヴァルキリーの数が少ない頃は【共有】していても魔法を使ったら今よりもっと魔力残量が減ったように見えてたのかもしれないしね」
そう言われるとそうかもしれない。
というか、最近はヴァルキリーが魔法を使うときにわざわざ魔力量を見るようなこともなかったし。
だが、そう考えるといろいろと腑に落ちることもある。
それは俺が作った魔法をヴァルキリーはすべて利用できる点もそうだ。
群れ全体で魔力を【共有】しているから、たとえ魔力消費量の大きい【アトモスの壁】であっても使用することができるのかもしれない。
というか、そうなると実質的には群れ全体が魔力切れになるまで魔法を連続発動することも可能なのか。
「ヴァルキリーってもしかしなくても最強なんじゃ?」
「それこそ今更だと思うよ。いつもアルス兄さんが自分で言ってるじゃん。ヴァルキリーはバルカの最高戦力だって」
「返す言葉もないな。いや、ホント今までずっと勘違いしてたわ。もっと早く言ってくれよ、カイル」
「そんなこと言ったって、アルス兄さんがそんな勘違いしてるとは思ってなかったもん。意外と抜けてるところがあるよね、アルス兄さんって」
「カイルくん、辛辣すぎる。俺のガラスのハートが砕けそうなんだけど」
まあ、ずっと勘違いしていたとはいえ、別に悪いことばかりではない。
なにせ勘違いが解けた結果、思いもしなかったヴァルキリーの優秀さに改めて気づくことができたのだから。
それに、ビリーが言うには魔獣型の使役獣を生み出す俺の魔力があれば魔力の配合の成功率も高まるかもしれないのだ。
結果オーライだろう。
こうして、俺は新たに判明した事実に驚きつつも、これからのことを思い頬を緩めてしまったのだった。
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