魔法の格
「カイル坊、お願いだ。俺にも名付けをしてくれないか?」
「ん、どうしたんだ? なに、カイルに詰め寄ってるんだよ、おっさん」
「おお、坊主か。坊主からもカイル坊に言ってくれないか。俺に名付けをしてほしいって」
「はあ? おっさんはバルカ姓を持ってるだろ。なに言ってんだよ」
「いや、最近バルカ城で働き始めた文官の仕事をみて思ったんだよ。あの魔法が使いたいってさ。ぶっちゃけ、俺は戦場で武器を振り回すよりも金を数えてるほうが得意だからな。ああいう魔法があるなら使ってみたくなるってのが心情だろ」
「そうなんだ? いろいろ他の連中にも聞いて回ったら思った以上にカイルの魔法は人気なさそうだったんだけどな」
カイルが選んだ人材に魔法を授けてバルカ城での勤務をさせ始めるようになってしばらくしてからのことだった。
あるとき、カイルに詰め寄って名付けをしてほしいと頼み込むおっさんの姿があったのだった。
おっさんいわく、自分もカイルの魔法が使いたいということらしい。
実におっさんらしい意見だと思う。
俺もカイルの使う魔法を自分でも使いたいのでその気持ちはよく分かる。
パッと書類に目を通したら内容が把握でき、計算も完璧になれるのだ。
こんなにいい魔法はないのではないかと思う。
だが、俺が思ったほどカイルの魔法は人気が出なかった。
というより、ほとんどのものは見向きもしなかったのだ。
どうやら、それはこのあたりの魔法についての歴史が関係しているようだ。
おそらくはかつて王家が力を持っていたときにはこの手の便利系魔法を使う貴族家もいたのだろう。
だが、王家の力が弱まり、各地の貴族が勢力を持ち、自分たちの力だけで家と領地の維持を行う時代へと突入し、それから長い年月が経過した。
長引く動乱の中でいくつもの貴族がお互いの力をかけて戦った結果、段々と力のある貴族家だけが残るようになった。
この場合、力のある貴族家というのは攻撃魔法を有する家だったのだろう。
いくら魔力が上がれば肉体的な強さが上昇するとは言え、攻撃魔法があるかないかは戦場での勝敗に大きく関わってくる。
当然、それまであった便利な魔法を使うが攻撃力皆無の家は淘汰されてしまったのだ。
さらに、長い年月が経過すると魔法を授ける暗黙の了解も生まれてきた。
戦場で活躍したものを従士として取り立て、その従士の中から騎士になれると認められたものだけに魔法を授けるようになったのだ。
当然、それは貴族だけのルールではなく庶民の認識へとつながる。
つまり、戦に出て活躍して魔法を授けられる程になったものにはそれ相応の「攻撃力のある魔法」を授けられるべきだというものだ。
つまり、庶民からみても魔法とは攻撃力のあるものこそ優秀で、攻撃力のないものは格の低い低レベルな魔法だという認識が広がるに至ったのだ。
そう考えると、俺の使う魔法は意外とバランスが取れていたことになる。
俺が使うメインの魔法は【整地】や【土壌改良】、【壁建築】である。
だが、一応攻撃魔法として【散弾】というものがあった。
この【散弾】があったからこそ、俺の魔法は攻撃魔法であると認識され、農民たちも攻撃魔法が手に入るならと俺の名付けを受け入れた面があったのだ。
最初にバルガスと戦ったときに攻撃魔法の力で勝利したというのも大きかったのかもしれない。
さらに、【散弾】はフォンターナ家の使う【氷槍】よりも攻撃力が低いというのも一応メリットがあった。
命中性という点に関しては【散弾】のほうが上回るものの、射程も攻撃力も【氷槍】のほうが高く、俺も戦場ではもっぱら攻撃に【氷槍】を使用している。
これが、フォンターナ家配下の騎士たちにとっては良かったのだ。
急に現れて家宰であるレイモンドを倒し、カルロスの配下へと収まってしまった俺という存在を見て他の騎士たちの心情は大きく揺れ動いていた。
だが、肝心の魔法に関してバルカ家の持つ【散弾】よりもフォンターナ家の持つ【氷槍】のほうが優れている。
つまり、自分たちは急に現れたバルカという存在に並ばれはしてしまったものの、追い抜かれたわけではないのだ。
そう思ったからこそ、俺がカルロスにこき使われるように魔法で陣地や道路を造る姿を見て、「格の低い魔法を使う奴らだ」と溜飲を下げていたのだ。
もし仮に、俺が使うオリジナル攻撃魔法が【氷槍】よりも強かったらもっと風当たりが強かったかもしれない。
まあ、そんなわけで攻撃力皆無のカイルの魔法は実用性がありつつも人気がなかった。
実は先日の戦の功績で何名かを騎士に取り立て俺が名付けを行ったのだが、そいつらに俺ではなくカイルの魔法をやろうかと提案したとき、全員に断られた。
おっさんのように自らすすんでカイルの魔法が使いたいというものはかなり珍しいことだったのだ。
「おっさんの気持ちはわかった。けど、どうしようかな。カイルがおっさんに名付けした場合、おっさんだけは全部の魔法を使えるようになっちまうしな……」
「カイル坊の魔法を使うにはバルカの名を返上することになるのか。それはそれであれだな」
「名の返上って結構あるものなのか、おっさん?」
「ああ、ないことはないだろ。他の貴族の領地を奪ったときに、そこを任されていた領地持ちの騎士ごと取り込むことはある。そのときは、それまでの名を捨てさせて新しい主から名を授かるんだ」
「ってことはおっさんがバルカ姓を返上してリード姓に授かるってことになるのか。でも、そうなった場合でも出兵はしてもらわないと困るぞ」
「うーん、いや、やっぱこの話はなしだ。確かにカイル坊の魔法は魅力的だが、俺だってバルカの名を坊主から授かった男なんだ。それを捨てるなんてとんでもない」
「そうか、そう言ってくれると俺も嬉しいよ、おっさん」
どうやらおっさんはカイルの魔法に惹かれつつも、その誘惑をはねのけてバルカであることを選んだようだ。
まあ、俺としてはどっちでも良かったのだが。
ちなみにだが、このあたりでは魔導システムを用いた名付けが主従関係に大きな影響を与えているが、それがすべての場合で適用されるわけでもないらしい。
例えば、主従の関係であるとお互いが認めあっていても名を授けないこともあるのだ。
魔法の流出や魔力の移譲についてまで納得しない限り、名付けは行われない。
特に、両者が魔法を使う家であるとそういうことがあるとのことだ。
「でもさ、カイルの魔法が人気ないといってもおっさんみたいに欲しがるやつは一定数いるのかもな」
「そりゃそうだろ。たとえ攻撃魔法じゃないとしても有用には違いないからな。ただ、戦場で命かけてまで欲しがるかっつうとそうじゃないって話だな」
「だけど、逆に考えるとカイルの魔法を欲しがるやつってのは筋肉バカじゃなくて頭をつかうことを知ってるやつってことにならないか?」
「そうかもな。そう考えることはできると思うぞ。どうした、坊主。何か企んでいる顔だな?」
「いや、成り上がりのバルカ騎士領ではいつでも頭のいい人材を欲しているだろ。カイルの魔法がその餌にならないかなって思ってさ」
「魔法を餌に人を集めるのはまあ間違いじゃないだろうけど、具体的にはどうするつもりなんだ?」
「大学を作ろう。頭のいい奴らを一つの場所に集めてカイルの魔法を授けて、さらに発展させる場所をつくろうと思う」
うまくいくかは分からない思いつきレベルではあるが、おっさんとの会話の中で思いついたこと。
それは優秀な人材集めを兼ねて大学をつくってみようかというものだった。
バルカニアにある何も知らないものたちに文字や計算を教える学校ではなく、新たなものを研究させる機関としての大学だ。
俺はさっそくこの思いつきを実現すべく、準備に取り掛かったのだった。
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