リード家
「そういえば、俺はまだカイルに名付けをしてなかったよな?」
「うん、ボクはまだバルカの名をもらってないよ」
「そうか、どうするかな……」
「なんのこと、アルス兄さん?」
「いや、これからの領地経営を考えるとカイルの魔法はどちらも有用だろ? バルカでもっと事務仕事ができるやつを増やしたいしさ」
「うん、そう話してたところだもんね」
「だけど、カイルの魔法を使えるようになるためにはカイルから名付けを行われないといけないわけだ。いっそのこと、カイルはバルカじゃなくて別の家名でも使うことにするか?」
文官がほしいという思いからカイルの魔法をどう活用していくかを考えていく中で俺は少し気になることがあった。
それはむやみに攻撃魔法を持つものを粗製乱造したくないというものだ。
これは結構根深い問題なのだ。
現在、カイルはまだ俺が名付けをしていない状態である。
ここで俺がカイルにバルカの姓を与えて、そのカイルが文官候補の人間に名付けを行うとどうなるだろうか。
【速読】や【自動演算】というカイルの魔法とともに俺が使える魔法までもが文官たちにも使えるようになってしまうことになる。
別に文官たちがレンガを作れるようになるというだけなら構わないのだが、問題はフォンターナ家の持つ【氷槍】などといった攻撃力のある魔法までもが使えるようになってしまうという点にある。
そもそもの話だが、貴族が配下となる人間に魔法を授けるにはそれなりの功績と信頼があるという前提のもとであり、現在もフォンターナ家のカルロスを始め、その配下の騎士たちはその暗黙の了解を守っている。
長い動乱の中で出来上がったルールであり、それを破れば各方面にいろんな不利益が舞い込むことをよく知っているからだ。
だというのに、俺がむやみやたらに【氷槍】を使えるものを増やすようなことがあれば、いらぬ反感を買ってしまうことになる可能性がある。
ようするに、現在俺がカイルに名付けを行っていないことを利用して、あえてカイルはバルカの姓ではなく別の家名を名乗ってもいいのではないかということを思いついた。
そうすれば、カイルの使える殺傷性のない魔法を使えるものだけを増やすことに成功する。
むしろ、そちらのほうが気兼ねなく名付けする者を増やすことができるのではないだろうか。
「えー、ボクだけバルカじゃなくなるの? なんか仲間はずれみたいなんだけど」
「そんなこと言うなよ。カイルのことを仲間外れにするようなやつなんかいないさ」
「……うーん、アルス兄さんがどうしてもって言うなら、そうしてもいいけどさ」
「頼むよ、カイル。お前の力は絶対このバルカにとって無くてはならないものになる。むしろ、今までカイルに名付けしてなかったのはこれ以上ないチャンスなんだ。この通り、お願いするよ」
「わかったよ。アルス兄さんがそこまで言うならボクやってみるよ」
「ありがとう、カイル。恩に着るよ」
「でも、別の家ってどうするの? なにかいい家名でもあるのかな?」
「そうだな……。ならリード家なんてどうだろうか。カイル・リード、それがこれからのお前の名前だ」
「カイル・リード……。うん、わかった。ボクはこれからリードの名を名乗るよ、アルス兄さん」
カイルが納得してくれたので、すぐに名付けの準備に入る。
フォンターナ家の当主であるカルロスとフォンターナ領をまとめるパウロ司教にカイルがリード家を名乗る許可をとったのだ。
こうして、バルカ騎士領には新たな魔法を使う家が誕生したのだった。
※ ※ ※
「で、カイルが教会で名付けをした連中だけど、結局勉強は必要なわけか」
「そうみたいだね。いくら【速読】という魔法があっても文字を知らなかったら読めないし、数字を知らなかったら計算も何もないってことみたい」
「まあ、考えてみれば当然か。けど、それでも十分即戦力の文官が出来上がるな。簡単な四則演算さえできればほとんどの計算なんてできるし、文字も覚えればいいだけだし」
カイルが新たにリード家を名乗り、学校からこれはという人間を選んで名付けを行った。
その際、ひとりの少年が自分もどうしてもなりたいと言い出したのだ。
まだ、学校に通い始めてから日が浅い子だったようで本来であればそんなものに名付けを行う気はなかった。
だが、物は試しにとカイルが名付けをしてみようと提案してきたのだ。
そうすると、面白いことがわかった。
カイルの魔法は必要な魔力量が少ないため、子供であっても発動することができる。
だが、【速読】や【自動演算】といった魔法を使ってもその子には理解ができなかったようだ。
魔法を使えるようになれば習っていなくても文章が読めるというようなものではなく、あくまでも文字が読める人間にとって文章を読んで内容を理解する速度が速まる魔法らしい。
「でも、カイルの人の選び方は結構意外だったかな。学校の成績順ってわけじゃないみたいだし」
「うん、ボクが選んだのはべつに頭のいい人じゃないからね」
「ちなみにどういう基準で選んだんだ?」
「一日中机の前にじっと座って勉強ができる人、かな」
なるほど。
さすがに俺が押し付けた領地経営の仕事を見事にこなしていただけある。
バルカニアに建てた学校は割とフランクなもので昼飯を食いにこさせるついでに最低限の読み書きや計算の仕方を教えている。
そんななかでも地頭の良さからちょっと話を聞いてすぐに計算できるようになるものもいないでもない。
が、だからといって教壇に立つ教員の言うことを聞かずに騒いでいるようなものに領地の仕事を任せることができるかというところだろう。
実際に学校に教えに行っているときに授業態度もしっかりとチェックしていたようだ。
こうして、カイルによって選ばれた勤勉なるものたちが文官としてバルカの仕事を行い始めたのだった。
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