アトモスの壁
「リオン、バイト兄の付き添いお疲れ様。で、ウルク軍はどうなったんだ?」
「ありがとうございます、アルス様。あのあと、ウルク軍は撤退していきました。こちらもそれなりに追撃をかけて、ウルク軍が街へと引き返していったのを確認してから戻りました」
「そうか。追撃では被害は出なかっただろうな」
「はい、慎重に行いましたし、ウルク軍の足も鈍かったので大丈夫でした」
「ん? 相手もそんなにゆったり撤退したわけではないだろ?」
「いえ、アルス様が行った夜襲で罠にかかった騎士が多かったのが向こうには痛手だったようです。進軍してきたときの指揮官レベルが多数戦線離脱したことになり、軍としての動きが遅くなったのです。追撃への対応も場当たり的でしたから」
「そうか。まあ、何にしてもこれでこのアインラッド砦を攻撃してこようとする奴らはいなくなったってことだな。なら、あとはカルロス様が北の街とやらを落としてくるのを待とうか」
「そうですね。それでいいと思います」
リオンの報告を受けて俺はフーっと大きく息を吐いた。
どうやら、とりあえずは安心のようだ。
数千にもおよぶアインラッド奪還の軍が退いたということは、すぐにそのかわりが来るということはないはずだ。
一応、周囲の警戒自体は怠ってはいない。
何かあれば、また監視塔からの報告もあるだろう。
これでカルロスに任されたアインラッドの防衛任務の完了に一歩近づいたことになる。
そうと決まれば先日来たリリーナからの手紙への返事でも書こう。
俺はいそいそと机の上に紙を広げて、何を書こうかと悩み始めたのだった。
※ ※ ※
「なあ、グラン。本当にアトモスの戦士はもう出てこないんだろうか。もしかしたら、第2・第3の怪物が現れてくるんじゃないか?」
「どうしたのでござるか、アルス殿。あのあと、周囲に情報を集めさせて、結局それらしいものの存在はどこの領地でもなかったと言っていたではござらんか」
「いや、そうなんだけどさ。夢で見ちゃってな。俺が作った壁をヒョイッと越えて襲ってくる巨人の姿が……。あんなの漫画の中だけだと思ってたけど、実際にありえるかもと思うと気が気じゃなくてな」
「漫画……とはなんでござるか?」
「ああ、いや、なんでもない。とにかく不安だってことだよ。あんな巨人がいたらここ、アインラッド砦も守りきれるかわからないだろ」
「そうでござるな。ですが、アトモスの戦士が出た場合のことを考えると、もっと壁を高くするとか、新しい兵器の開発をするとかくらいしかないのではござらんか?」
「なんだよ。グランは東ではどうやって対処していたかとかは知らないのか?」
「拙者も詳しくは知らないのでござるよ。大雪山の東といってもいくつも国があったのでござる。国が違うと情報も得にくいでござるし、アトモスの里とは距離もあったので」
「そうか。だが、何もしないってわけにはいかないだろ。仕方ない。せめて壁だけでも高くしてみよう」
「今から砦の壁を改修するのでござるか?」
「いや、今後のことも考えて新しく魔法で造れないか試してみよう。グランも手伝ってくれ」
「わかったでござる」
アトモスの戦士という巨人の存在が実際にいた以上、無視することはできない。
現状のアインラッド砦の外壁は地形を利用したおかげで高さ30mほどになっている。
だが、身体能力も高く身長も5mほどもある巨人が相手では守りきれるかどうかも分からない。
さらに言えば、今まで多用してきた【壁建築】で作れる10mの壁では罠にかけたときのように乗り越えられてしまうことになる。
やはり、新しく魔法を作るほうがいいかもしれない。
そう考えて、俺は新たな魔法作りを始めたのだった。
※ ※ ※
「まずはコンセプトをまとめようか。とりあえず巨人から街を守ることができるように高さがいるな。どのくらいがいいと思う?」
「そうでござるな。できるのであれば高ければ高いほどいいと思うのでござるが……」
「それはそうだけど、あんまり高すぎるのはなしだぞ、グラン。基本的に他の連中も魔法で壁を作れるというのが呪文化するメリットなんだ。仮に俺しか使えない魔法ができてもそれじゃ意味ないからな」
「となると、最低限の高さを維持しつつ、防御力も確保するということでござるな。であれば、壁の材質を変えるのがいいでござる。今までは通常のレンガであったのを硬化レンガで造れば、厚みがなくとも硬い壁になるのでござるからな」
「そうだな。じゃあ、壁の材質は硬化レンガで、とりあえず厚みは1mくらいにしてみようか?」
「それだとちと薄すぎではござらんか?」
「いや、硬化レンガは金属レベルの硬さがあるしな。1mも厚みがあれば結構丈夫な壁になると思うぞ。それにアインラッド砦を改修したときもやったけど、呪文で壁をつくったすぐ後方にもう一度呪文を使えば、二層分の厚みの壁ができあがることになる。必要があれば呪文を何度も唱えればすむってことだろ」
「なるほど。であれば、厚みを5mから1mへと減らしてしまえば、高さは50mまで可能ということになるでござるな。ただ、その場合、気になることがあるのでござるよ」
「気になること?」
「壁を高くするのは構わないでござるが、そこまで高さがあると土台が気になるのでござる。地面の上に50mもの高さのレンガを積んだとして、それが崩れてしまわないかという問題でござるな」
「そうか……。なら、地面の中の基礎部分も魔法発動時に作ることにするか? ある程度下のほうまで地面を固めといたらどうだろう?」
「そうしたほうがいいでござろう。それと壁の上も胸壁の形にしておいたほうがいいと思うでござる。今までは毎回魔法で造った壁の上を改修する必要があったのは正直面倒だと感じていたのでござる」
「でも二層、三層構造に壁を並べるなら邪魔じゃないか? 胸壁があると」
「むむ、確かにそれはそうでござるな」
「それに改修自体はその時々に必要な形に合わせやすいほうがいいから、やっぱり魔法で作れる壁はシンプルにしよう。ってことで、硬化レンガで高さ50mの壁を作れるように呪文化する作業に入るから、みんなにはよろしく言っておいてくれ」
「わかったでござる。ほかのことは任せておいてアルス殿は魔法作りに集中するでござるよ」
よし、とりあえず、グランとの協議の結果、新たな壁魔法を作ることにした。
実際に何度か試作してみて形を確かめてみる。
つくった壁に攻撃をしてみたりもした。
魔力を込めて強化した身体能力で全力で攻撃したり、魔法をぶつけてみたり、投石機で石を飛ばして当てたりと試作した壁にやり、そのつど気になる点があれば修正する。
そうして、ついに決定した壁を【記憶保存】で魔力的に覚えて、それを再現しながらひたすら呪文となるキーワードをつぶやいて呪文化する。
そうしてついに高さ50mの壁を作り上げる魔法が完成したのだった。
こうして【アトモスの壁】という巨人を意識しまくった今までにないほどの高さの壁を呪文を唱えるだけで生み出す新魔法が出来上がったのだった。
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