手紙
「リリーナ様、アルス様からお手紙が届いているのですわ」
「ありがとう、クラリス。……どうしたの、こちらをじっと見て?」
「いえ、もう何度も見ているのですが、そのような紙は今まで見たこともないので驚いてしまうのですわ。わたくしの中で紙といえば羊皮紙という認識でしたので」
「ふふっ、わたしもそうよ、クラリス。この紙はアルス様自らが発明なさったそうよ。すごいわよね」
「そうですわね。それにしてもアルス様は意外と筆まめですわね、リリーナ様。戦場へと出かけていってもこうして何度もリリーナ様へとお手紙をお送りになられるなんてすごいですわ」
「そうですね。アルス様と結婚してすぐに戦場に行かれたときにはどうなるのかと胸が張り裂けそうでした。けれど、このようにアルス様がお手紙をしたためてくれるので、すごく安心することができます」
「良かったですわね、リリーナ様。それで、今回のお手紙はどのようなことが書かれているのかお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、ちょっと待ってね、クラリス。あら、この紙、花の模様がついていますね?」
「……本当ですわ。いえ、待ってください、リリーナ様。これはもしかして絵柄ではなく、本物の花なのでは?」
「え? そんなまさか……。あ、見てください、クラリス。ここにアルス様がこの花について説明している文があるわ。これは押し花というそうよ」
「押し花、ですか……。バルカの植物紙に花を挟んで乾燥させるとできる、とありますわ。このような使い方が紙にはあったのですか。驚きですわ」
「この押し花もきれいですね。大事にとっておきましょう」
「アルス様は意外とお花好きなのでしょうか、リリーナ様。先日も乾燥させた花を送ってきていたのですわ」
「ドライフラワーですね。フォンターナでは見られないウルクの花を送ってきていましたね。ここにもひとつ飾ってありますが、本当にきれいです」
「花を乾燥させると長持ちするというのは知っていましたが、このようにガラスの容器に入れるとここまでキレイなものになるとは思いもしませんでした。わたくしはてっきりガラスというのは窓にはめるだけのものかと思っていましたのですわ」
「わたしもそうよ、クラリス。ここに来て以来、見たことのないものばかりで驚きの連続です」
「まったくですわ。最初、リリーナ様のご結婚の話が出たときは驚かされましたが、来てよかったですわね、リリーナ様」
「ありがとう、クラリス。あなたが身の回りの世話をしてくれているのも、わたしにとっては安心することができる理由のひとつです。これからもよろしくおねがいしますね」
「ええ、お任せください。ささ、リリーナ様。まだお手紙に目を通していないのではないですか? 早く読んでお返事を書くのですわ」
「そうね。……ええ? これは本当かしら?」
「どうかされましたか? なにかあったのでしょうか?」
「え、ええ。アルス様が戦った相手の中に大雪山の更に東からきた戦士がいたそうです。本当にあったのですね、遙かなる東の国々というものが」
「そんなまさかですわ。大雪山は到底人間には越えられない山だと聞いているのですわ」
「でも、グランも大雪山の東からきた旅人だと書かれていますよ」
「グランさんが? え、でも、確かに変わった様式のものをお作りになりますが、まさか……。本当に遥かなる東の地からきた人物というのですか?」
「アルス様はそうお手紙に書かれています。書かれた文からは疑いもしない真実であると思っているのではないかしら」
「あのグランさんが東の……。でも、そう考えるとこのバルカでいろいろな変わったものがあるのも納得できるかもしれませんわ。お伽噺の中の東の地ではここらでは見ることのできないものがたくさんあるという話でしたし」
「このお城も風車という建物もガラスも紙も、みんな聞いたこともないようなものばかりですし、もしかするとそうなのかもしれませんね。ですが、クラリス、紙はアルス様が発明したといいます。あまり憶測だけであれこれ言わないほうがいいのでしょう」
「わかりました、リリーナ様。わたくし、憶測だけで吹聴するようなことはいたしませんわ」
「そうしてください。さて、わたしはもう少しこのお手紙を読んだらお返事を書こうと思います。紙とインクの用意をしておいてもらえますか」
「はい、かしこまりましたわ。そうだ、リリーナ様。わたくしからもアルス様に一言お伝えしたいことがあるのですが、そのお手紙に一筆追加しておいていただけないでしょうか?」
「どうしたの? なにかあるのかしら?」
「はい。以前アルス様がこちらに送ってきた品のひとつ、ヤギについてですわ。ヤギがピョンピョン飛び跳ねて住宅の屋根の上を走り回っていてみんな困っている、と伝えておいていただけないでしょうか」
「ふふ。それは確かにみんな困るでしょうね。わかりました。わたしからしっかりとアルス様に伝えましょう。さ、少しお手紙に集中しようと思います。しばらく一人にしてもらえないかしら、クラリス」
「わかりましたわ。何かあればすぐにお呼びください、リリーナ様」
※ ※ ※
「おい、アルス。手紙が来てるぞ」
「ありがとう、父さん」
「どうしたんだ? なんか顔が暗いぞ、アルス」
「いや、本当なら俺は新婚さんなんだよなーって。なんでこんなとこまで来て、嫁さんと文通しなきゃなんねえんだと思ってね」
本当になんでこんなことになってんだか。
まあ、手紙の返事からはリリーナが贈り物を喜んでくれていることが伝わってくるから良しとしよう。
しかし、ヤギに関してはクラリス嬢がお怒りだとか。
どうするのがいいだろうか。
俺はリリーナからの手紙を読みながら、今後のことを考えていくのだった。
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