対巨人戦
「柵をこじ開ける。ついてこい」
全速力で走るヴァルキリーに騎乗しながら俺は指示を出して右手を敵陣へと向ける。
ウルク軍の野営地では木で柵をつくって囲っている。
その一部に【氷槍】を放って柵をなぎ倒し、そこから陣内へと突入する。
「止めろ。敵騎兵を入れるな」
「邪魔だ、どけ」
陣地を囲む柵を突破しようとしているとウルクの兵が集まってきてこちらを止めようとしてくる。
俺はそれを手にしていた武器で薙ぎ払った。
今回俺が持ってきているのは槍だ。
棒の先端に先が尖った三角錐の形にした硬化レンガがついている、ランスと呼ばれるような槍だ。
以前レイモンドが率いるフォンターナ軍と戦ったときは普通の棒のようにしたものを騎乗時に使っていたがそれを少し改良した形になる。
槍の先はかなり鋭く尖っているので多分一番攻撃力を発揮するのは突き刺すときだろう。
ドンッという音がしてウルク兵が吹き飛ばされ、そこを俺の乗るヴァルキリーが走り抜ける。
その後に続くようにバイト兄やほかの騎兵も突入に成功した。
「敵の食糧を狙うぞ。火炎瓶を用意しておけ」
柵を越えてから俺がそういいながら食料庫をめがけて進んでいく。
と見せかけて、ヴァルキリーを走らせる方向は例の巨人がいるであろう場所だった。
できれば本当に食料庫も狙いたいのだが第一の目的はあくまでもアトモスの戦士を排除することにある。
さっさと出てきてほしい。
「ウォオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ」
「おっ、出たか。巨人のお出ましだな、アルス」
「ああ、そうだな、バイト兄。油断するなよ」
早く出てこい、と思っているところに例のバカでかい咆哮が聞こえてきた。
次の瞬間にはそれまではいなかった場所に巨大な姿が現れる。
高さ5mほどの人型の姿。
アトモスの戦士が俺達の襲撃を迎え撃つために現れたのだった。
※ ※ ※
「巨人って裸なんだな……。でかくなるのも意外と不便なんじゃないか?」
「言ってる場合かよ。来るぞ、アルス」
姿を表した巨人に向かって進んでいくと、その姿がよく見えた。
前回は急に現れたので驚いてそこまで気にはならなかったのだが、今回は事前にその存在を知っており、更にウルク軍の陣地は明るかった。
どうやら見張りからの警報を受けて、ウルクの兵が【照明】の魔法を使いまくったようだ。
おかげでお互いの姿がよく見える。
そんなわけで巨人の姿を改めよく見る機会に恵まれたわけだが、なんと裸だった。
いや、それは正確ではないのかもしれない。
一応腰蓑のように股間部分は隠している、が上半身は間違いなく裸だった。
もしかして、巨大化する魔法を使うとそれまで着ていた服が破けたりするんだろうか。
バルガスのように全身の防御力を上げて戦場を駆け巡るという話だったが、あるいは着ることができる防具がなくてそうせざるをえなかったのかもしれない。
「バイト兄、攻撃、行くぜ」
そんなことを考えながらも、俺は巨人の動きを観察していた。
どうやら本当に巨人にはまともな装備がないらしい。
今回も手に持っているのは丸太だった。
専用装備とかないのだろうか。
だが、装備がないというのであればありがたい。
危険ではあるが一度攻撃してみることにした。
グランのことを信用していないわけではないが、本当にそれほどの防御力があるのかを実際に見ておかないといけない。
ブオンという音とともに巨人が丸太を振り回す。
走っているヴァルキリーの体勢が一瞬グラっと揺れてしまうほどの風が発生する。
やはり丸太といえどもまともに当たると一撃で死にかねないほどの威力がありそうだ。
俺は手綱を握りしめながら、鐙に足を力を入れて振り落とされないように騎乗し続ける。
眼に魔力を集中させ、相手の動きをスローで見ながら攻撃の当たらない範囲を見極め、その外側からこちらの攻撃を放った。
「氷槍」
丸太を振るう巨人に対して少し回り込みながら右手から【氷槍】を放った。
成人男性の腕の太さと長さほどの氷柱が俺の右手から発射されて巨人へとぶち当たる。
さらに俺の後方からついてきていた騎兵たちも俺の氷槍の後を追うようにその右手から魔法を放った。
ズドドドドドドと音を立てて【氷槍】が巨人へと殺到する。
その攻撃はさながらマシンガンのような連射攻撃だった。
「やったか?」
「おい、バイト兄、それは駄目なフラグだ」
巨人に対してものすごい数の魔法が放たれ、ヴァルキリーの移動による土煙もあってすぐには状況がわからなかった。
巨人の横を通り過ぎるようにしながら攻撃をした俺達はグルっと回りながら通り過ぎた地点へと視線を向ける。
だが、土煙がはれたあとには変わらず巨人の立ち姿があった。
「これは、グランの言っていた以上の硬さなんじゃないか? 氷槍をあれだけ当ててもダメージなしとかありえんだろ」
「おい、アルス。あっちの方も試してみろよ」
「わかったよ、バイト兄。次の攻撃が効かなかったら予定通りに」
尋常ではない数の【氷槍】を受けてもピンピンしている巨人。
5mの身長であっても【氷槍】の大きさなら多少のダメージはあるんじゃないかと思っていたのだが、全然効いていないらしい。
もしかしたら攻撃を受ける瞬間魔力を高めて防御力を増していたのだろうか。
同じ攻撃を何度も繰り返してみればあるいはダメージは通るのかもしれない。
だが、敵の陣地の中でそんな時間のかかる攻撃を続けることは不可能だ。
なので、俺はもう一つだけダメージが与えられそうな攻撃を試してみることにした。
手に持っている武器を取り替える。
硬化レンガの槍から魔法武器である九尾剣へと握りかえる。
「魔力注入」
その九尾剣へと魔力を注ぎ込む。
俺の体から発生した魔力が九尾剣へと送り込まれて、その魔力をもとに炎の剣が形作られる。
ロングソードの剣だけが伸びたような形で真っ赤な炎が吹き出している。
その炎の剣を出しながらヴァルキリーが巨人の横を走り抜ける瞬間、俺は剣を横薙ぎに振るった。
「グウッ」
「ッチ」
九尾剣による攻撃。
どうやらこれは【氷槍】とは違い、巨人に対して多少のダメージを与えられたようだ。
だが、大ダメージというほどではない。
巨人の腕にあった炎の剣はジュワっと音を立ててその皮膚を焼いたのだが、当たった部分だけが多少あぶられただけという感じのようだ。
その巨体から見るとちょっとした火傷程度の傷なのかもしれない。
そのためか、傷を負うことを無視して巨人は反撃してきた。
炎の剣に当たりながらも丸太を振って俺を叩こうとしたのだ。
眼に魔力を集めた状態だったのが幸いした。
ヴァルキリーの上でギリギリ上体を反らしてそれを回避する。
だが、完全に回避することは不可能だったようだ。
左肩に軽く丸太が掠った。
が、それだけで俺の左腕は上がらなくなってしまっていた。
「あ、あれはウルクの至宝の九尾剣だ! 全軍に次ぐ。なんとしても奴らから九尾剣を取り戻せ!!」
なんとか肩の怪我をかばって騎乗を続ける俺の耳にウルクの騎士らしきものの声が聞こえてきた。
どうやら俺が使った九尾剣の炎の剣を見て、これが奪われたものだということに気がついたようだ。
それまでは巨人と戦うこちらを取り囲んで半ば見守るような形になっていたのに、九尾剣を取り返そうと迫ってくる。
これ以上、ここで巨人と戦うのは無理だろう。
「大丈夫か、アルス」
「なんとかね。ちょっと予定とは違うけど敵を引きつけられそうだ。このへんで退こうか」
「わかった。例の場所に誘い込む」
ここで巨人を仕留められるならそれもよしと思っていたが、まったく攻撃が通じなかった。
だが、九尾剣のおかげで陣地にいる連中を外に引っ張り出すことはできそうだ。
俺は痛む左肩を押さえつつ、ウルク軍と一緒に巨人が追撃しているのを見ながらバイト兄を先頭に敵陣からの退却を始めたのだった。
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