退却
「散開。火炎瓶を投げつけろ」
ブオンという音をたてながら巨大ななにかが攻撃を仕掛けてきた。
それを見た俺はとっさに指示を出す。
一つの塊となって走っていた騎兵が左右に別れて手に持っていた火炎瓶を投げつけた。
だが、あまり効果がないようだ。
もともと食料やテントを燃やせればいいやと思って用意した火炎瓶は油をまいて火の回りをよくしようという原始的なものでそれほどすばやく燃え広がるようなものではなかったからだ。
それに油は結構貴重なので数も多くはない。
すぐに移動されて火によるダメージはほとんど得られなかった。
「なんなんだよ、本当に。生きてるんだよな? 巨人か?」
俺は火炎瓶の攻撃から逃れた敵対者を見つめる。
間違いなく人の形をしているが、大きさが普通の人間のものではない。
多分4〜5mくらいあるのではないだろうか。
もしかして、何らかの魔法兵器、例えばゴーレムのようなものだろうかとも思った。
だが、火炎瓶によって広がる火によって周囲が明るさを増し、その考えは否定される。
それはどう見ても人を大きくしたものだったからだ。
人間と同じように頭には髪が生えており、皮膚を持つらしい。
見れば見るほど大きさ以外は人と同じであり、ゴーレムのようなものには思えない。
その巨人は太い丸太を手にしていた。
おそらくあれで攻撃してきたのだろう。
普通ならば持ち上げることなどできない長さと太さの丸太を棍棒のように振り回している。
だが、丸太だといってバカにはできない。
その巨体ゆえか力も尋常ではないらしく、振り回した丸太が近くのテントや柵に当たるとそれらを吹き飛ばしているのだ。
人やヴァルキリーが当たれば無事にはすまないだろう。
「おい、アルス。どうするんだ? 狐野郎どもも集まってきてるぞ。このままだと囲まれるぞ」
俺がその巨人を観察しているとバイト兄が近づいてきて周囲の状況を伝えてくる。
どうやらウルク家の騎士たちも魔法を使い、こちらへと集まってきたようだ。
それを受けて、俺は再度周囲を観察した。
「他に巨人はいないのか……。よし、バイト兄、撤退するぞ」
「おい、いいのか? まだなんの戦果もあげてないぞ」
「構わないよ。それよりいくらヴァルキリーがいるとはいえ囲まれるとまずい。相手の数が多すぎるからな。ここは引こう」
「っち、しゃあねえか。全員撤退するぞ。残った瓶は適当に投げていけよ」
夜襲は完全に失敗だ。
だが、収穫はあったと思おう。
ウルク家の持つ獣化の魔法は周囲の警戒能力が高いこと。
そして、相手には謎の巨人がいるということ。
それがきちんと戦う前にわかったのはプラスだと思う。
俺はそう判断して、即座に敵陣から疾風のごとく走り去っていったのだった。
※ ※ ※
「ってことがあったんだが、あの巨人はなんだ? どこかの貴族は巨人化する魔法を持つのか? 何か知らないか、リオン」
「……巨人ですか。こう言ってはなんですが本当にそんな大きな人間がいたんですか? わたしは人が巨大化する魔法というのは聞いたことがありません」
「リオン殿に同意だ。他の貴族が持つ魔法で巨人に該当するような魔法はなかったように思う」
「うーん、リオンもピーチャ殿も知らないってことは魔法じゃないのか? もしかして巨人族みたいな、生まれつきあの大きさの奴らがいたりするのかな」
「アルス、それはないだろ。お前は俺と一緒に双眼鏡まで使ってウルクの陣の様子を見てただろ。あのとき、あんな大きなやつは絶対にいなかったぜ」
「そういやそうだな、バイト兄。さすがにあんなのがいたら気づかないほうがおかしいか。ってことは、やっぱり普段は普通の人間で魔法を使って大きくなったって線が濃厚かな」
夜襲に失敗した俺はすぐにアインラッド砦へと戻ってきていた。
距離的にも時間的にも再度襲撃を行うことは可能だっただろう。
ゲリラ戦法のように嫌がらせのごとく襲撃を繰り返そうかとも考えた。
だが、それはやめて一直線に帰還することを選んだ。
それはやはり謎の巨人のことがあったからだ。
あの巨人がなんなのかというのも気になるが、どこの所属かというのも気になったのだ。
俺がカルロスやリオンから聞いていたウルク家の情報では巨人などといったものの存在は聞かされていなかった。
であれば、もしかすると他の貴族家が介入してきたのかもしれないと思ったのだ。
もしそうなら、フォンターナ家とウルク家だけの戦いではすまなくなるかもしれない。
できればカルロスの指示を仰ぎたいところだ。
だが、俺よりも他家の魔法について知っているリオンもピーチャも巨人については聞いたことさえないという。
しかし、バイト兄が言う通り、あの巨人は魔法ででかくなっている可能性が高い。
これはいったいどういうことなのだろうか。
「それはおそらくアトモスの戦士でござるな」
「グラン? なにか知っているのか?」
「その巨人はアトモスの戦士でござろう。おそらく間違いないと思うでござるよ」
「ちょっと待ってください、グランさん。アトモスなどという貴族は聞いたことがありませんよ」
「リオン殿、アトモスの戦士は貴族ではないのでござる。やつらは傭兵としてあちこちの戦場で働くことが生きがいであり、誇りでもあると思っている連中でござる」
「そんなやつらがいるのか。だけど、グラン。みんな聞いたことなさそうなんだけど」
「そうかもしれないでござるな。アトモスの戦士はこの土地の人間ではないのでござる。ここより更に東に住まう者なのでござるよ」
「東? ウルク家の東には大雪山があって人が越えられないって聞いたことがあるぞ。本当なのか?」
「本当でござるよ、アルス殿。以前話したことはなかったでござるか。拙者も東の出身だということを」
そういえば、他の人とは違う話し方をするグランに初めて会ったとき東の出身かどうかと聞いたことがあった気がする。
だが、考えてみればフォンターナ領の東にはウルク家があり、その更に東には天にも届くと言われる高い山があるだけで、普通ならば東の出身といえばウルク家が当てはまるはずだ。
しかし、グランはウルク家の出身ではなかった。
このあたりは大自然の要害が守る土地で初代王が国を作ってからは王家が支配してきた土地だ。
だが、その外には他の国がある。
ほとんど交流もないその外の世界。
もしかしたらグランはそこの出身なのかもしれない。
そして、そのグランだけが知る巨人の情報。
ということは、あの謎の巨人も外の国の魔法を使うものなのか。
急に出てきた内容に驚きつつも、俺はグランに巨人のことを聞いていくことにしたのだった。
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