夜襲
「よし、行くぞ。なるべく音をたてるなよ」
日が暮れて夜の暗さが広がった。
だが、万全を期して空に昇った月すら傾き始める頃合いになってから俺は動き始めることにした。
間違いなくウルク軍は寝静まっているだろう。
電気のないこのあたりでは、夜に自然の光となるのは月くらいしかない。
月が出ているかどうかで結構明るさが変わるものだ。
だが、いくら月が出て完全な闇ではないとはいえ、前世のころに体験していた夜と比べるとほとんど真っ暗にしか見えない。
周囲を照らすには【照明】という生活魔法があるが、それを使うとすぐにバレてしまう。
気づかれずに夜襲を行うには【照明】を使わずにこの暗さの中を移動する必要がある。
このような暗さの中でも夜襲をしかけようとしたのは、やはり移動する手段があったからだ。
バルカの持つ機動兵器であるヴァルキリーさん。
非常に優秀で、かつ、俺の言うことを理解してくれる知性を持つ、この世界で俺が最も信頼しているといってもいいヴァルキリーはなんと夜の移動も苦にしないのだ。
両目が月夜の晩の明るさでも周囲の状況をしっかりと把握して走ることができる。
たとえ、道路が整備されていないこのような場所でも、地面に足を取られることもなく敵陣へと行くことができるだろう。
本当にヴァルキリーの存在は俺にとって大きい。
そのヴァルキリーの背中に騎乗して、敵陣へと進みはじめた。
あたりは暗いが覚えておいた地形を頼りに進むと相手の陣地へとたどり着く。
むこうはいくら夜だとはいえ大人数がいる集団だ。
陣地警戒用の【照明】の光や薪を燃やして番をしているものがいるのだろう。
だが、それが逆に相手の陣地の位置を正確に把握する助けにもなっていたのだ。
「ここからは全速力で敵陣へと襲いかかるぞ。目的は食料庫に火を放つことだ。いいな、行くぞ」
予測している食料庫の位置に向かって進むために最後の言葉を発する。
そして、俺は腰に吊るしていた九尾剣を手にとった。
敵陣へと入り込んだらこの九尾剣へと魔力を注ぎ込み、炎の剣を出して食料庫を燃やす。
対して、俺以外の騎兵には油の入った瓶をもたせることにした。
これは火炎瓶のかわりだ。
騎乗して走りながら敵陣へと入り、【着火】で火をつけてから油の瓶を投げていく。
ウルク軍は体を休めるために簡易なテントを張っているので適当に放火していくだけでもパニックを起こすだろう。
被害を与えつつ、こちらが安全に逃げるための時間稼ぎにもなるはずだ。
騎兵がみんな手に瓶を持つのを確認して、俺はヴァルキリーによる突撃を始めたのだった。
※ ※ ※
敵陣から距離が離れているときはカッポカッポと普通に歩いていたヴァルキリー。
そのヴァルキリーの移動速度が上昇し、そのスピードは最高速へと達した。
それは先頭を走る俺のヴァルキリーだけではなく、すべてのヴァルキリーが同じ速度でついてきている。
まさに一個の群体となって、バルカ騎兵団はウルク軍へと襲いかかったのだった。
「来たぞ! 迎え撃て」
だが、闇夜を疾走するバルカ騎兵団が敵陣へと入り込む前に声が聞こえた。
次の瞬間、あちこちで人の動く音がして、【照明】の光が増えていく。
「なんだ? 気づかれてるぞ。なんでわかったんだ?」
「……アルス、あそこにいるやつが見えるか? あいつ、獣化してるぞ」
「獣化? 本当だ、耳がある。……もしかして、獣化したやつはこっちの移動する音が聞こえていたのか?」
敵に気が付かれたことに俺が驚いていると、隣を走るバイト兄が遠目に見える人影に異常があるのを見つけた。
それは普通の人影ではなく、ある特徴を示していた。
以前、俺が戦ったキーマとかいうやつと同じように、人の頭の上に三角形の狐の耳がついていたのだ。
ウルクの持つ魔法は【狐化】というもので、狐の耳と尻尾が生えて炎の魔法が使えるようになる。
だが、炎の魔法を使わなくとも単純に獣化という種類の魔法は身体能力の向上という効果があるという話だった。
しかし、こうも暗い中でこちらの気配を察知することができるとは思ってもいなかった。
もしかして、ウルクでは夜襲を警戒して獣化した騎士を配置しているのかもしれない。
「どうするんだ、アルス?」
「このまま突っ込むぞ、バイト兄。こっちにはヴァルキリーの足がある。陣の内部の食料庫は無理でも適当に火をつけるだけでも効果があるはずだ」
「了解だ。お前ら、気合い入れていくぞ」
だが、気づかれたといえどもここで引き返すわけにはいかない。
最高速度までスピードを上げきったヴァルキリーならば、いまだに迎撃準備をしている敵陣へと先制攻撃を仕掛けることができるはずだ。
しかし、その考えはすぐに覆されることとなった。
「ウォオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ」
全力で駆けるヴァルキリーに乗る俺の耳には風切り音が鳴り響いていた。
だが、その風を切る音すら打ち消すほどの大きな声が聞こえた。
それはまるで、人智を越えた生物が発する雄叫びのようにも聞こえた。
いや、それはある意味で正しかったのかもしれない。
なぜなら、それは間違いなく異形の生き物の声だったのだから。
「なんだあれ? 冗談だろ」
今まさにウルク軍へと突っ込もうとしていた俺はあまりのことに呆然とするしかなかった。
大きな音とともに、ウルク軍の中で何かが動いているのだ。
それはかなりの大きさだった。
だが、その大きさだけが俺に驚きを与えたのではない。
それは大きいが、しかし、人の形をしていたのだ。
常人の何倍もありそうな巨体を持つ人型。
それがウルク軍の中で立ち上がり、夜襲を仕掛けた俺達へと反対に攻撃してきたのだった。
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