魔法剣
進軍しているウルク軍が移動を切り上げて野営の準備に入った。
この野営もなかなか大変な作業だ。
数千人がいる陣営を食わせて眠りにつかなければならない。
だが、それは野原で気軽にキャンプするのとはわけが違う。
なかなか大掛かりな準備が必要になるのだ。
寝床を作り、食べ物を用意する。
この作業があるためにまだ割と日が高いうちから移動をやめて、野営の準備へと入る。
その動きを遠方から双眼鏡を使って監視していた。
人や物の動きからどこに何があるのかを推測しながら見ていく。
「食料とかはいくつかに分配しているみたいだけど、軍の中央に集まってるな」
「夜襲するんだろ? アルス、向こうの食料を狙うつもりなのか?」
「ああ、そうだよ、バイト兄。食うもんがなけりゃ、軍が進みようがないだろ?」
「だけど、向こうも警戒しているだろ。大丈夫か?」
「ヴァルキリーに騎乗して一直線に食料庫に駆け寄れたら成功するんだけどな。相手の警戒次第ではそこまで近寄れないかもしれないか……」
「その時は向こうのテントでも焼いていくか。騎士でも討ち取れたらいいんだけどな」
「ま、臨機応変にいこう。これがあれば放火しやすいしね」
バイト兄と話しながら俺が腰に下げた剣に手を当てる。
今俺は武器を2種類持っている。
ひとつはバルカの動乱から使っている硬牙剣。
そして、もうひとつは先日の戦いでウルク家のキーマという騎兵団の将を倒したときにカルロスからもらった九尾剣だ。
九尾剣はフォンターナに伝わる氷精剣と同じように魔力を注ぐと剣の形をした炎が出現する魔法剣だ。
ただ、氷精剣は氷という質量のあるものが剣の形をなしていたため、出現した氷で相手を切りつけることができた。
だが、九尾剣はそうではない。
どういう原理かは知らないが剣の形をしているだけで炎は炎であって物質的な重さはない。
剣と剣で打ち合うようにはできず、炎で斬りつけるという特性があった。
しかし、自分でも魔力を込めて使ってみたが、初見でこの九尾剣を相手に剣で立ち向かわなくてよかったと思ってしまう。
ぶっちゃけると氷精剣よりもかなり強い武器なのではないかと思うのだ。
魔力を込めたときに現れる剣の形をした炎は熱量の塊であるだけで氷の剣とは違う。
すなわち、見た目の剣の形に惑わされてそれと硬牙剣で打ち合うようなことをしていれば、相手の炎が硬牙剣をすり抜ける形で俺を襲っていたに違いない。
要するに、九尾剣に魔力を注いで現れる炎の剣の部分は防御不能の攻撃なのだ。
ダメージを防ぐには炎を回避し続けるしかないという恐るべき特徴があるのだった。
「そんな剣を持っているなんて反則だよな、ウルクの連中は」
「そうだね。だけど、欠点がないわけじゃないと思うよ、バイト兄」
「欠点? どう考えても硬牙剣よりは強いだろ」
「硬牙剣も結構いいと思うけどな。武器として耐久性が高いから信頼度が高いし。その点、九尾剣は魔力の消費量が激しいんだよ。氷精剣よりも燃費が悪い。多分、長時間炎の剣を出すことはできないのが欠点かな」
「ってことは、もし剣で戦うことになったら炎を出している間は避けて、魔力切れを狙うしかないのか。結局、相手のほうが有利だろ、アルス」
「まあ、硬牙剣とはちょっと相性が悪いかな。氷精剣があれば氷の冷気とリーチの差で、炎の剣に対応できたんだろうけどね」
「くそー。俺も他の魔法剣がほしいぜ。あそこにいる軍なら九尾剣を持っているやつらがいるんじゃないか? 夜襲のときに手に入んねえかな」
「バイト兄、変な欲を出すなよ。今回は暗くなってから近寄って相手の陣に火をつける。それが目的だ。欲張って深入りしたら駄目だよ」
「わかってるよ。おい、アルス、相手の動きが完全に止まったぞ。狙うのはあのあたりでいいな?」
「……そうだね。日が沈んで寝静まった頃に仕掛けよう。こっちも一眠りして体を休めておこうか」
話をしながら観察を続け、夜襲への作戦を決定する。
狙いを定めたら、一度距離をとって体を休める。
向こうは薪を燃やして温かい食事を食べているが、こっちは極秘裏に行動しているので火を使えない。
持ってきていた塩漬け肉を頬張ったら、あとは適当に夜がふけるのを待つのだった。
こうして、日が完全に沈んで闇夜が広がった頃合いになって、俺達は動き始めたのだった。
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