アインラッド砦
「アルス、父さんは夢でも見ているようだ」
「どうしたんだよ、父さん。まだ夢を見る時間じゃないだろ。真っ昼間だよ?」
「いや、自分の見ているものが信じられなくてな。なんで、ちょっとバルカまで往復してきただけで、ここまでおかしなことになっているんだ?」
「おかしなこと?」
「いや、何がおかしいの? みたいな顔をしてるんじゃないよ、アルス。おかしいだろ。ちょっと見ないうちにアインラッドの丘の地形が変わってるじゃないか」
バルガスとは別に父さんはバルカニアに戻って新たに募兵して人を連れてきてくれた。
そうして、帰ってきた第一声がこれだった。
まあ、驚くのも無理はないだろう。
なにせ、本当に地形が変わっているのだから。
アインラッドの丘というのはその付近よりも少しだけ地面が盛り上がり、小山といえるかどうかと言った高台になっている。
フォンターナ領やウルク領から南に行こうとするとこの付近を通ることが多いそうで、長年この地の支配を両家で争ってきていた。
そうして、ついこの間まではウルク家によってこのアインラッドの丘が所有され要塞化されていたのだ。
小山ほどの標高となるアインラッドの丘。
ここをフォンターナ軍はウルクから奪い取り、そしてカルロスはその奪った丘を俺に預けて出かけていってしまった。
俺にこの丘を任せ、守備しておけと命じてだ。
だから俺はここの防御を固めたのだ。
アインラッドの丘の攻略戦では丘の上の砦からウルクの兵を逃がさず、逆に外からの攻撃を防ぐ意味でつくった壁を更に増やすという手段でだ。
要塞化された丘の周りを囲むようにしてつくった急造の壁を完全に一周回るようにしてつなげてしまった。
だが、それだけでは不十分かと思って更に丘に手を加えたのだ。
といっても、やったことといえばいつもと変わらない。
壁の外側に堀をつくったに過ぎない。
だが、丘の外周とはいえ少し標高があるところに壁があったため、壁の外に堀を掘ってその面を【壁建築】で補強すると見た目が変わってしまった。
平地であれば壁の外側の地面を掘って穴を開けると空堀となる。
だが、他の地面よりも盛り上がった丘を掘ったことで、あたかも壁の外には地面がなかったかのようになってしまったのだ。
つまりアインラッドの丘の見た目はそれまでの丘ではなく、高さ30m近くあるレンガの壁で囲まれたひとつの大きな砦そのものへと変貌していたのだ。
遠目からだとカップケーキみたいな形の砦と表現できるかもしれない。
「ちょっと丘の土を掘りすぎたかもね」
「全然ちょっとじゃないだろ。大丈夫なんだろうな? 崩れたりしたら冗談では済まないぞ」
「多分大丈夫だよ。一応側面は【壁建築】を二回やって補強しているから」
「そうか……。しかし、本当にやることが無茶苦茶だな、アルスは」
「仕方ないよ。こうでもしないとバルカ軍でここを守り切るのは無理だし。文句があるなら父さんがカルロス様に言ってやってよ。無茶振りはやめてくれってさ」
「言えるわけ無いだろう。もういいよ。中に入れてくれ」
「ああ、それなら一緒に行こうか。入り口はこっちだ。ついてきて」
顔から表情が抜け落ちたような父さんが諦めたように言う。
それを受けて俺は父さんと一緒にアインラッドの丘、あらため、アインラッド砦に入っていったのだった。
※ ※ ※
「ここは壁で囲んでいるが、登り口は一箇所だけなのか?」
「いや、反対側にもう一箇所入り口があるよ」
「そうか。しかし、入り口は吊り下げ橋みたいになっているんだな。夜は引き上げるようにするのか?」
「そうだね。いざというときには完全に閉め切って籠城できるようにしているよ。硬化レンガで作ったから防御力も抜群だ」
「……これを見たらもうウルク家も攻めてこないんじゃないかな」
「そう願いたいね」
父さんと新兵たちを引き連れてアインラッド砦の入り口を前にする。
10mの壁の外側の地面を20mほど掘ってしまったので、砦の内部にはいるには20mを上る必要がある。
そのため、その差を埋めるように入り口をつくったのだ。
毎朝毎晩、人力で上げたりおろしたりする大型の硬化レンガの板が敵の侵入を防ぐための防壁となり、人を中に招き入れるスロープにもなる作りだ。
ぶっちゃけかなり重くて使いづらさが半端ではない。
だが、ここは普段住む土地ではなく、要害の地を守る砦なのだ。
これくらいは不便さよりも防御力を優先してもいいのではないだろうか、と思ってつくってしまった。
ぶっちゃけ、地面を掘りすぎてしまったための対処法としてのものだったりする。
アインラッド砦の外壁は硬化レンガではなく普通のレンガだ。
ここはいつもの通り、【壁建築】で作り上げた壁の上を迎撃可能なものとなるように手を加えている。
だが、バルカニアとは少し違う点もある。
壁の内側は更に上り坂になっているのだが、その坂の途中に物騒な兵器がいくつも置いてあるのだ。
俺が【記憶保存】しておいて再現した投石機だ。
投石機は新たにバルカ軍へと志願してきた兵たちがついている。
今も【レンガ作成】で作り置きしてあるレンガが投石機のそばに山積みとなっており、それを新兵が壁の外へと打ち出していた。
やはり、いきなり実戦で使う訳にはいかない。
最低限、どの程度の飛距離があり、方向を狙い定めるにはどうすればいいかを確認して訓練しておかなければならないからだ。
あまり人がいない方向に向かってポンポンとレンガが飛んでいく光景がいたるところで見られた。
「はい、到着。新兵たちはここで寝泊まりすることになる。食事は向こうで配給係がつくっているからそこで受け取るように言っておいてね」
さらにその上に登っていくと、兵士たちが寝泊まりする場所がある。
ここはウルク家がつくっていた場所をそのまま使っている。
最も、俺は自分の家を頂上に再現しているのだが。
こうして、アインラッドの丘は着々と鉄壁の防御を備える砦へと変わっていったのだった。
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