守備命令
アインラッドの丘の攻略という目標を達成して、外征は終わったものだと思っていた。
だが、そうではなかった。
家に帰るまでが外征なのだ。
アインラッドの丘攻略戦を終えて気持ちが緩んでいた俺はもう全てが終わったものだと思いこんでいた。
だが、全然そんなことはなかった。
まだ何も終わってはいなかったのである。
それは俺が用意した酒で宴を行ったあとのカルロスの一言がキッカケだった。
「貴様ら、みんな宴は楽しんだな。各々英気を養っておけ。次の戦場は今回ほど簡単なものではないぞ」
「え? 次の戦場?」
「そうだ。今回このアインラッドの丘を取り戻すために戦った。だが、まだ終わりではない。今、この丘ともう一つ、北にある街を別働隊が攻略に向かっているのは知っているな? 次はそこへ行くぞ」
「カルロス様、質問よろしいですか。その北の街の攻略はここの、アインラッドの丘への攻略からウルク家の目をそらすための作戦だったのではないのですか? 丘を攻略したのならもういいのでは……」
「アルス、貴様は馬鹿か。このアインラッドの丘も我がフォンターナとウルクにおいて長年の係争地であったが、北の街もそれと同等の価値のある土地だ。故にウルク家もそちらに目を向けざるを得なかったのだ」
「……そうですね。そう聞いています」
「北の街を攻略に向かった別働隊からも報告は受けている。だが、状況は決して油断できないもののようだ。故にすぐにこちらから軍を出してその攻略を助けねばならん」
「しかし、そうなるとこの丘はどうするのですか? 奪い取ったばかりですが、引き払うつもりで?」
「そんなことをするわけがないだろう。このアインラッドはアルス・フォン・バルカ、貴様に一時的に預けることにする。丘の守りを更に固めておけ。俺が北の街を落としてくるまでに落とされるようなことは許さんぞ」
「いっ!? ちょっと待ってくださいよ。バルカ軍は騎兵がメインで人数も少ないのですが……。どんなに壁を作って守りを固めても限度がありますよ」
「そうか。ならこの丘の周りの奪った村などから新たに募兵して構わん。兵を集めて、しっかり守れ。いいな? 他のものは俺と一緒に北の街を攻略にかかる。手柄をたてたものは取り立てるゆえ、各人気合を入れるように」
「「「「「ハッ」」」」」
いやいや、何言ってんだよ。
威勢の良い返事をして他の騎士は喜んでいるが、こっちはそれどころではない。
この丘をバルカで防衛するとか正気じゃないんだが。
「カルロス様、よろしいでしょうか。わたしはアルス殿と一緒にこの丘の防衛に当たりたいのですが、許可をいただけないでしょうか?」
だが、俺がひたすら焦っているところに思いもかけない言葉を発した騎士がいた。
誰だろうか。
よく知らない人だが、どこかで見たような気もする。
うーむ、俺は他の騎士とはあまり面識がないのだが、新年の祝いのときにでも見た顔なのだろうか。
どこで見たのだろうか、と考えていてピンときた。
そうだ、あいつは確かピーチャとかいう騎士ではないだろうか。
ピーチャは農民出身の騎士で、俺と戦ったこともある人物だ。
レイモンドと戦ったバルカの動乱のときに捕虜にして尋問した人物で、バルガスと知り合いだったやつだ。
なぜ、俺と一緒にここの防衛がしたいのだろうか。
「よかろう。ピーチャはここに残れ。他のものは準備が整い次第、すぐに出陣するぞ。くれぐれも準備を怠るなよ」
だが、心配する俺の気持ちとは裏腹にカルロスの一存でピーチャの残留は決まってしまった。
こうして、俺は奪い取ったアインラッドの丘の守備を命じられることになったのだった。
※ ※ ※
「で、どういうつもりですか、ピーチャ殿。まさかとは思いますが、亡きレイモンド殿のかたきを討とうとか考えているのではないでしょうね?」
「はっはっは、貴殿が心配する気持ちはわかるがそうではない。私には貴殿を害するつもりはありはせんよ」
「ではなぜここに残ると? カルロス様についていき北の街を攻略したほうが手柄を上げられますよ」
「それはどうかな。いくら貴殿といえどもこのアインラッドを守り切るのは大変ではないのかな。であれば、ここに残って防衛を手伝うのも手柄をあげるチャンスが残っていると考えられると思うが」
「……正直、腹の探り合いは苦手でして。ピーチャ殿、何が狙いですか。わざわざ一度敵対したバルカと一緒に行動するなどお互い信じられないことになるのはわかるでしょう」
「では、端的に言わせてもらおう。わたしは貴殿の戦いぶりに惚れ込んだのだよ。レイモンド様が率いる軍と戦ったときも、此度の戦いでも見事だった。しかも、わたしと同じ農民出身で共に戦ったこともあるバルガスもいる。貴殿とともに戦うにはここで声を上げるのが最上だと判断したのだ」
「そうですか。わかりました。どのみち当主様の決定でもありますしね。ただし、このアインラッドの防衛に関しては俺がトップになります。こちらの指示は聞いてもらいますからね」
「もちろんだとも。このピーチャ、貴殿の信頼を得られるように獅子奮迅の働きをしてみせよう。よろしく頼む」
うーむ、本当に信用できるのだろうか。
だが、ピーチャの加入は助かるのは事実だ。
彼は農民出身ながら騎士へと取り立てられただけあって戦場で働いた経験が豊富だ。
しかも、将来の騎士候補として有望な兵を従士として取り立てている。
従士たちも一般兵をまとめて戦うため、指揮官として使うことが可能だ。
野戦ならば一丸となって行動できるバルカの騎兵団だが、防衛するとなればそうはいかない。
丘を守るために兵を各所へと配置し、それぞれが連動して防衛しなければならないのだ。
どうしても一般兵をとりまとめる能力のあるものが必要になる。
仕方がない。
今はリオンを始めとしたグラハム家の連中もいるのだ。
彼らとピーチャを一緒に行動させて監視しつつ働いてもらうことにしよう。
そう判断した俺は、さっそく攻城戦があり、あちこちが崩れてしまったアインラッドの丘の防衛機構を修繕していくことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





