人工迷宮核
柔魔木をグルー川の中州以外でも生育させることに成功した。
その秘訣は豊富な水、そして魔力にあった。
あとから分かったことだが、柔魔木をよそでもしっかりと根付かせるにはその地に魔力が豊富にある必要もあったのだ。
というのも、もともと柔魔木は恐ろしく硬い。
それが魔力に反応して柔らかさを出す。
グルー川の中州でそうだったように、複数の柔魔木の根っこが絡み合うようにして土地に定着するためには、ある程度その地から魔力を吸い取って、根っこが自然と曲がる必要があったらしい。
その問題を解決したのもアイのおかげだ。
新しく柔魔木の生育地として選定した場所には魔力が少なかったのだが、アイの魔法陣が刻まれた魔法の指輪を設置してその問題を解決したのだ。
アイは忠誠紋の効果によって神級の魔力を保有するようになっており、その魔力をアイの魔法陣が描きこまれた魔道具でも使用可能となる。
つまり、柔魔木が育つための魔力をアイに提供してもらうこととしたわけだ。
この結果、新たな土地でもすくすくと柔魔木が育つこととなった。
「魔力が多いから生育速度が速いのかな? 今はまだ本数が少ないけど、木精の力もあるし、そのうちたくさん柔魔木を手に入れられそうだね」
アイの魔力と綿帽子のような木精たち。
木精と精霊契約したカイル兄さんがそうだったように、俺が使役することに成功した木精も植物の生育速度を早めることができるようだ。
ただ、通常よりも速いというだけで一瞬で大きくなるわけでもないらしい。
しかし、それでもかなりの速度で柔魔木は育っている。
いずれは魔弓オリエントを増産するのに使える日がやってくるだろう。
「けど、この使い方は盲点だったね、アイ」
「はい。私の持つ魔力量がその土地や周囲の環境に影響を与えることが今回のことで確認できました。多大な魔力を持つものが周辺環境へと影響を与えるという点で、私の存在は迷宮核と酷似していると言えるでしょう」
そうだ。
今回の柔魔木の生育研究では、柔魔木の生態そのものよりもよほど利益が出そうなことが判明した。
それはアイの魔力についてだった。
今まではグルーガリア国にのみ手に入れられる特殊な木材がほかの土地でも簡単に手に入るようになる。
それはいくつもの条件を満たしていることもあるが、最後の決定打となったのはアイの魔力にほかならない。
アイの言うとおり、アイの持つ魔力が周囲に与える影響ということで言えば、迷宮核と同じであると言えるだろう。
だが、しかしだ。
アイの人格が神に匹敵するほどの魔力を持ち、そして、その魔力を制御の魔法陣を通してほかの魔道具で使えるようになったとはいえ、それらの魔道具すべてが迷宮核になりえるわけではないらしい。
というのも、許容量に限界があるからだ。
たとえば、【魔石生成】で生み出すことのできる魔石の大きさは握りこぶし程度のものだ。
かつて、アルス兄さんが不死骨竜という不死者の竜から手に入れた竜魔石をもとに作り出したのだが、その魔石にも魔力量の上限は存在する。
両手で抱えるほどに大きい竜魔石であれば中に入れることのできる魔力も相応に多くなるが、握りこぶし程度ではそれほどの魔力は入らないのだ。
つまり、なにがいいたいのかというと、アイの魔力がどれほど多かろうと、魔道具に用いられている素材の質によって送り込める魔力量には限界があるということだ。
鉄の板に制御の魔法陣と錆防止の魔法陣を描いても、それが迷宮核になることはない、ということだ。
迷宮核を作りたいのであれば、竜魔石に匹敵するような魔石か、あるいは特殊な素材でなければならない。
そんな素材があるのかと言えば、俺の手元にはあった。
それが緋緋色金だ。
ブリリア魔導国に存在する魔導迷宮。
その魔導迷宮の中に出てくる魔物の魔装兵。
そんな魔装兵の中でも高位貴族ですら勝てないような王級と呼称される魔装兵の鎧の素材が緋緋色金と呼ばれるものだった。
その不思議な素材に精霊を付与し、さらには制御の魔法陣を描きこんでアイの魔力を使えるようにしたことで、魔法の指輪は迷宮核のような力を持ってしまったらしい。
人工的な迷宮核と言えるのかもしれない。
もっとも、これは数を増やすこともできないだろう。
ブリリア魔導国第一王子のベンジャミンからもらい受けた魔法鞄の中にあった緋緋色金は王級魔装兵の鎧のような大きさではなく欠片程度だったからだ。
指輪を作れたのはたったの三つ。
そのうちの一つをラッセンに、そしてもう一つを柔魔木の生育に使ってしまった。
つまりは、迷宮核になる魔法の指輪は俺の指にはまっているものだけということになる。
「どうしようか? この指輪は俺が持っていてもそんなには大きな効果ってないんだよな。ラッセンみたいに土の魔術が使えるわけじゃないから精霊の恩恵って少ないだろうし。迷宮核として新バルカ街で使ってみるか、アイ?」
「それも可能ですが、新しい街を作ってみるのはいかがでしょうか、アルフォンス様?」
「新しい街? 新バルカ街じゃ駄目なのか?」
「もちろん駄目ではありません。が、効率が良くないかもしれません。魔法の指輪が迷宮核として活用できるのは柔魔木の生育地で判明しましたが、その影響範囲はそれほど広くないもようです。おそらくは新バルカ街で指輪を迷宮核として使用しても、その恩恵を受ける影響範囲は限られる可能性があります。であれば、新しい街を作り、影響をより広範囲にもたらしてみてはいかがでしょうか?」
「……どういうこと? 新バルカ街で指輪の効果範囲が狭いんだったら、新しい街を作っても一緒じゃないの?」
「普通の町であればそうでしょう。ですので、新たな街を作る際には工夫を凝らしてみてはいかがでしょうか。街をそのものを一個の魔法陣として作るのです」
街そのものが魔法陣?
どういうことだろうか?
建物とか、道路がってことなんだろうか。
たとえば、地上からは分からなくてもアイが四枚羽で上空から見下ろした時には魔法陣に見えるような街ってことかな。
迷宮核になるかもしれないが影響範囲の小さい魔法の指輪。
それを迷宮核として最大限に利用するために、魔法陣をもとにした街を作る。
面白そうではあるな。
これから皇帝を目指そうって言うんだから、それもありかもしれない。
魔導列車アルフォンス・バルカラインだけではなく、皇帝にふさわしい本拠地を作る。
アイの意見を聞いて、俺は新しい街づくりに興味を示したのだった。
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