精霊の思念
グルー川という幅が広く水量もある大河。
霊峰から流れてくる川がいくつも合流して出来上がったそんな大きな川が、オリエント国やグルーガリア国のそばを流れている。
そんなグルー川にある中州では、他では得られない柔魔木が存在している。
柔魔木はその特性上、ものすごく硬い。
鉄のような強度を持つ変わった木なのだが、なぜか魔力を通すことで柔軟性が大きく向上し、非常によくしなるようになる。
そのため、長年柔魔木を管理し、伐採してきたグルーガリア国では弓として利用してきた。
圧倒的な弓の腕を持つグルーガリアの弓兵たちが、柔魔木の弓に魔力を通して通常の弓とは比較にならないほどの威力の矢を遠距離まで届かせることができたのだ。
その力は強力無比の一言だろう。
だが、なぜそんな柔魔木がほかの土地では見られないのかだが、おそらくはこの木は普通の地面の上では育たないに違いない。
なぜなら、柔魔木のある中州は人が立つ地面の大半が柔魔木の根っこだったからだ。
柔魔木は変わった特性を持つ木というだけではなく、その根っこが水中、あるいは水上で複雑に絡み合い、地面のようになっているというわけだ。
きっと、その大量の根っこからこれまた大量の水でも吸い取っているのだろう。
なので、普通の土の地面では水分不足で生育しないのだと思う。
ようするに、柔魔木をほかでも育てるのであれば、それができるのはグルー川のような川に限られてしまうということだ。
いくら木精の力があっても土の地面では育てられない。
さらに言えば、グルー川のように氾濫が少ない川というのも関係しているのだろう。
「確かに、九頭竜平野にはほかにも大河と呼べる川があるみたいだけど、結構氾濫したり、川の位置が変わるようなこともあるみたいだからね。柔魔木はある程度まとまった数が水上で育って根を絡ませ合わないと、水の勢いに負けて流されるから育たないのか」
「はい。木精からの思念ではそのような傾向にあると感じられました」
これまでは、柔魔木はグルーガリア国のそばでしか育たない木だと認識されていた。
それはけっして間違いではない。
これまでも、きっと俺以外にもほかの土地で柔魔木を育てようと考えた者もいただろうからだ。
だが、それは今の今まで成功していない。
ゆえに、ほかでは絶対に手に入らない木だとされてきたのだ。
しかし、そうではない可能性は十分にある。
それが分かるのは俺が木精の力を手に入れ、そしてアイがいるからだ。
柔魔木がどのような条件下であればほかの場所でも育つことができるのか。
それを知るために、俺はアイから木精に聞き出してもらったのだ。
ラッセンに渡した指輪の魔道具。
魔法の指輪とも言われた、王級魔装兵の素材の緋緋色金を使い、その緋緋色金に精霊を定着させ、そしてその力をアイの魔法陣の一部でもある制御の魔法陣を描きこんだものを利用したのだ。
この魔法の指輪は精霊の力が付与されているために、たとえばラッセンに渡した土精入りの指輪を身に着ければラッセンの土を操る魔術がそれまでよりもより魔力消費が少なく、効果が増大できる。
それはひとえに、アイが適切な調整をして精霊の力を使っているからでもあった。
では、なぜアイが精霊にたいしてそんなことができるのか。
これは俺にはいまいちよくわからないが、しかしカイル兄さんのおかげであるらしい。
というのも、アイはもともとカイル兄さんが作った仮想人格であり、そして、アイとは人格を持つ高位存在である精霊とも意思疎通ができる機会を持っているからだ。
意志を持つ精霊といえば、カイル兄さんが契約している木精がそうだろうか。
精霊言語を話す高位木精。
その精霊言語をアイも学んでいるのだという。
さらにいえば、高位木精とは別に強力な精霊ともアイか密接な関係を持っている。
それはカイザーヴァルキリーだ。
アルス兄さんが使役獣の卵から生み出したヴァルキリー。
そのヴァルキリーと迷宮核と吸氷石を【合成】し、氷精化したのがカイザーヴァルキリーだ。
アイの本体である仮想人格はその精霊でもあるカイザーヴァルキリーの中にいる。
人の言うことを理解し、従う使役獣でもありながら精霊でもあるカイザーヴァルキリーと常に一緒であることで、精霊とも思念のやり取りをできるようになったのかもしれない。
なんにせよ、アイはある程度精霊たちの言いたいことが分かるらしい。
もっとも、俺が使役している精霊は最も力の弱い精霊たちだから、言語を理解し操る高位精霊ほどにはなにが言いたいのかはわからないみたいだけれど。
タンポポの綿帽子のような木精では、ふんわりとこんな感じだろうかと類推することしかできないようだが、それでも手掛かりなしよりもはるかにいい。
そんな精霊の気持ちが理解できるアイの魔法陣が描きこまれた魔法の指輪が俺の指にはまっている。
緋緋色金の欠片から作ったものだが、こちらはラッセンのものとは違い、木精以外にも氷精・火精・土精が入っている。
まあ、俺にはそれらの魔術を使えないのであんまり意味がないかもしれないが、精霊たちの思念をアイを通して確認できるようになったというわけだ。
こうして、指輪を通して精霊の意見に耳を傾けながら、グルー川の中州の柔魔木の生態調査や移転可能な場所の選定を行っていった。
その結果、柔魔木をグルー川の上流でも少量だが育てられるようになったのだった。
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