御神木の果実
「ここも久しぶりだね。シオンもそうじゃないの?」
「はい。そうですね。最近はずっとお屋敷のほうで過ごしていたので、なんというか懐かしさを感じますね。でも、街中の喧騒を離れてほっとします」
トラキアの森にシオンとともにやってきた。
この森の奥にあるトラキア一族にとっての御神木。
そこまで行くためには迷いの森という不思議な場所を抜けていく必要がある。
が、トラキア一族の長でもあるシオンはなんともないように歩いていく。
以前、俺が何の対策もなしに歩いていれば、すぐに森の外へと出てしまっていたが、やはりここで暮らし育ったシオンは迷うことがないらしい。
鬱蒼と茂る木々の中を抜けていき、そこにはかつて見た大木が大地に立っていた。
「お待ちしていました。シオンも、よく戻った」
「ただいま戻りました、お兄様」
そんなふうにシオンと大木に近づいていくと、一人の男性が近づいてきて声をかけてきた。
シオンの兄であり、ここに住むトラキア一族のもう一人の族長だ。
影の者として働いているトラキア一族を森の外で指揮しているのがシオンだとすれば、この森にいる一族の面倒を見ているのが彼だ。
ここに来たのは木の精霊の力を得られるのではないかという思惑があるのだが、それ以外にもシオンの兄への挨拶も理由の一つとしてあった。
「我が妹がご迷惑をおかけしていませんか、アルフォンス殿?」
「いいえ。シオンはよくやってくれていますよ。だからこそ、シオンの求婚も受け入れました。俺はいずれシオンと結婚するつもりですが、許可をいただけますか、義兄殿? それとも、また前のように戦って力を示したほうがいいですか?」
「ふっ。その必要はありません。アルフォンス殿の力は以前よりもはるかに増しているようだ。今のあなたと戦って、私が勝てる未来が見えませんよ」
「それは残念。強くなったところを見せたかったんですけどね」
ここに来たもう一つの目的は結婚の挨拶でもあった。
シオンとはいずれ結婚することを約束している。
ブリリア魔導国のヴァンデンブルグ家令嬢のエリザベスと俺が結婚してからということなので、まだ少し先のこととなるがこの婚約は成立するだろう。
が、肝心のシオンの実家への挨拶がまだだったのだ。
エリザベス以外とも婚約したが、相手がアイだったり、ミーティアやユーリだったりで、あいさつに行く必要もなかったからだ。
なので、この機会を利用してのご挨拶に伺ったというわけだ。
シオンの兄とは以前ここで戦ったことがある。
強かった。
俺よりも速く力強く攻撃を行ってくる相手だったことを覚えている。
西での言い方をすれば、当主級と呼べるほどの力は間違いなくあるだろう。
そんな義兄とシオンの結婚をめぐって再び戦ったりするだろうかと思っていたが、どうやらそうはならないようだ。
「これをどうぞ。今、オリエント国で作っている魔道具です。いろいろありますから、使い方などは後程確認してください。どれも、あれば生活を便利にしてくれますよ」
「ほほう。魔道具ですか。これはありがとうございます。お受けいたします」
シオンとその兄と一緒に御神木の下で話した後は、その御神木の上にある家へと移動した。
どうやら、族長が住む家というのはこの木の中でも一番高いところにあるようだ。
そんな高所の家の一室で、俺は魔導鞄から次々と魔道具を出して並べていった。
結納品代わりに持参した魔道具だ。
それらを変わったものを見るような目で観察するトラキア一族の長。
森に住む彼にすれば、便利な道具はそれほど必要ではないのかもしれない。
ものによっては非常に高価な物も含まれていたが、あっさりとした対応で済まされてしまった。
が、それもしょうがないだろう。
なにせ、俺が用意した魔道具よりも相手が用意していた物のほうが価値があるかもしれないのだから。
「これが、御神木の果実ですか?」
「はい。そのとおりです。以前にもお話したことがありましたか? トラキア一族はみな特殊な力を使うことができます。それはひとえにこの御神木の果実のおかげなのです」
「ええ。俺が記憶しているところだと、確か一年に一度だけこの実を食べるのでしたっけ? そして、普段は森の中で遊ぶようにして育つことでトラキア一族は身体能力を鍛えながらも、次第に自分に合った力を開花させていく、でしたよね?」
「ええ。この果実には精霊様の力が宿っていると言われています。その実を幼少時から一年に一度食べて育つ我が一族は特殊な力を得られるのです。シオンから使いの者を通して聞いています。アルフォンス殿は精霊様の力を所望だとか? ですが、この御神木から力を奪い取るようなことは避けていただきたい。かわりにこうして精霊様が宿る果実をいくつか用意しております」
「ありがとうございます。確かに俺の目的は精霊ですからね。御神木が枯れるようなことがあってはいけないですし、この果実から力を得られるかどうか試してみようとおもいます。いただきます」
そういって手に取った御神木の果実。
これは毎年限られた数の実しか手に入らないらしい。
そのため、例えトラキア一族であっても全員が必ず食べられるわけではないのだとか。
それをわざわざ俺のために複数用意してくれたのだというのだから、ありがたい。
そんな貴重な果実を手に取って観察する。
表面は赤色だ。
隣にいるシオンが言うには、この実を半分に割ると、中からは小さな赤い粒粒がたくさん出てくるのだとか。
なかなか変わった果実のようだ。
だが、味はそれなりにいいらしい。
が、今回は口に含んで食べたりはしない。
果実を持った手から魔力を流して満たしていく。
精霊石や炎鉱石、あるいは吸氷石のときと同様に、果実の中にいる精霊を使役するために、俺は魔力を注ぎ続けたのだった。
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