ヤギ
「おお、こいつがヤギか。こいつの毛は茶色なんだな。暖かい毛とかが取れればいいんだけど」
「おい、坊主、気をつけろよ。戦場にまでヤギを生きたまま持ってこさせるのは結構大変だったんだぞ。絶対に逃がすなよ」
「わかってるよ。それにしてもまさかヤギの使う魔法がこんなもんだったとはな。そりゃ、飼おうとするやつなんかいないだろうな」
俺がおっさんとの話でヤギに興味を持ってしばらくした頃のことだ。
おっさんがかなり頑張ってくれたようで、ヤギを調達してきてくれた。
商人というのはなかなか強かなものだ。
アインラッドの丘を攻略しているフォンターナ軍にやってきていろんなものを売りつけていく。
ついでにほしいものを伝えておけば、それを集めて持ってきてくれたりもする。
当然、危険を冒してのことなので割高ではあるが、なんとか無事にヤギを入手することに成功した。
この世界のヤギは魔法を使う。
そう聞いたときはいったいどんな凶暴なやつなのだろうと思ったものだ。
俺の中でのイメージは黒い二足歩行するヤギの角を持った悪魔のようなものが浮かんでいたからだ。
だが、実物を見るとそんな物騒なものでは全然なかった。
ごくごく普通のヤギの姿をしている。
体長1mもないくらいの大きさで、頭にはそれほど大きくないヤギの角がついている。
そして、俺と目を合わせて「メー」と鳴いていた。
どう見てもその姿は俺の知るヤギとよく似ている。
さらに、肝心のヤギの使う魔法だが、別に恐ろしいものではなかった。
ただ、厄介ではある。
というのも、飼育するには不向きそうな魔法だったからだ。
【跳躍】。
ヤギが使う魔法は「メー」という鳴き声を上げながら魔力を使い、恐ろしいジャンプ力を発揮するというものだった。
なんと驚くべきことにヤギは自分自身の身長の数倍の高さを跳躍するのだ。
これでは柵で囲んで飼育しようにも、簡単に逃げ出してしまう。
どうやら、危険な自然環境で生き延びるためにヤギは逃げ足を強化するという進化をたどったようだった。
「すげーな。バッタかよってくらいピョンピョン跳んでるぞ。けど、どうやら跳躍できる高さには限界があるみたいだ。さすがに10mを越えるようなジャンプはしないみたいだぞ」
「……本当だな。ってことは、壁で囲った中だったら放し飼いしていてもいけるのか」
「ああ、それに見てみろよ、おっさん。どうも、こいつはハツカの茎を食べるみたいだ。メーメーいいながらムシャムシャと食べてるよ」
「だったら、ヤギに食べさせるものも畑で作れるってことだな。坊主、意外とこのヤギはバルカでなら飼育できるかもしれんな」
「よっしゃ、やってみよう。うまくいけば肉を安定的に確保できるようになるかもしれない。大猪を家畜化しようとして失敗していたからな。こいつはぜひ成功させたいところだな」
ヤギの実物を見ながらおっさんと話し合う。
このヤギをぜひともバルカニアで増やしてみたい。
かつて大猪で失敗していた俺はこのヤギの家畜化に期待を寄せていた。
豚はイノシシを家畜化したものである。
前世での知識としてそれを思い出した俺はかつて大猪を家畜として飼えないかと考えたことがあったのだ。
成獣の大猪は始末し、子供だけでも残して飼ってみたこともある。
だが、その全ては失敗した。
なんといっても大猪は暴れん坊すぎたのだ。
何かと言うと突進攻撃を繰り返して人や物にぶつかるうえに、何でもかんでも食べては、気に入ったものをひたすら食い尽くそうとする。
子供のうちから牙を切り落としてやればいけるかとも思ったのだが、そううまくはいかなかった。
だが、このヤギならばいけるかもしれない。
【跳躍】という魔法は少々厄介ではあるが、基本的に臆病な性格らしく、こちらを攻撃してこようという意思は感じられない。
ジャンプしても【壁建築】で作り上げた壁を越えることができないのであれば、逃げる心配もいらないだろう。
さらに都合がいいのが食べるものだった。
商人が連れてきたヤギはハツカの茎を食べたのだ。
俺達人間もヴァルキリーもハツカを食べるが、茎の部分は食べない。
あくまで地面の中で育つ塊の部分を食べるのだ。
茎を食べてくれるというのであれば、畑からの収穫物をより無駄なく使うことになるのでちょうどいいと言えるだろう。
しばらくは何頭かのヤギをバルカニアに送って試験的に育ててみよう。
当面はヤギの乳が目的となるだろう。
その後はヤギから取れる毛がきちんと有効利用できるかどうか。
最終的にはお肉として食卓に登ってくれることを期待しよう。
こうして、俺はヤギの飼育がうまくいくことを願いながら、檻に閉じ込めたヤギをバルカニアに送ることにしたのだった。
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