ラムダの一言
「あ、見えてきましたよ、アルフォンス様。俺の地元の町がやっと見えてきました」
そばにいたラムダが声をあげた。
白竜の住処から逃げの一手でその場を離れた俺たちは、もしも白竜が追いかけてきてはかなわないとばかりに、ずっと歩を進め続けてきた。
そして、十数日かけてようやくラムダの地元であるバイデンの町へと帰ってきたのだ。
その声を聴きながら、俺はワルキューレの背中でぐったりと倒れるような姿勢だった。
顔だけを少し上げ、バイデンの町の遠望を確認してからふたたび姿勢を崩す。
思ったよりも疲れていて元気がでなかった。
「大丈夫っすか?」
「なんとかな。魔力欠乏症って思ったよりも後を引くんだな。初めて知ったよ」
俺がぐったりとしているのはもちろん理由がある。
それは、魔力が完全に切れてしまったことが関係していた。
白竜のもとから逃げ出すときに、俺は王級魔装兵を囮として残してその場を離れた。
その王級魔装兵だが、動かすのは燃料となる魔力がいる。
そのことをすっかりと忘れていた、というか考えていなかった。
本来はブリリア魔導国にある魔導迷宮の中で、迷宮核が迷宮内を充満させた魔力を使って動いている魔装兵。
その魔装兵を使役し、迷宮の外で使用するために、俺の魔力を使ったのだ。
しかも、そこには俺が使役した精霊たちを付与している。
そんな王級魔装兵が白竜との戦いで思ったよりも健闘したようなのだ。
てっきり、俺たちを逃がす間だけの時間稼ぎにしかならないと思っていたのだ。
そのため、ある程度のところで白竜の鋭い牙でかじられるか、爪で切り裂かれるかして起動停止するものだと踏んでいた。
が、思った以上に頑張ってくれたようで長時間白竜と戦い続け、そしてその間、俺は王級魔装兵に魔力を奪われ続けることとなった。
使役中の相手からどんどんと魔力を奪い取られてしまった俺は、ついには魔力欠乏症を起こしてしまったというわけだ。
魔力が完全に無くなってしまうと、意識を失うことがある。
俺もぶつりと糸が切れた人形のように、騎乗していたワルキューレの上で倒れてしまったらしい。
そして、その後、数日間は目覚めることもなく、起きてからもいまいち調子が上がらない日が続いていた。
白竜の住処までの道中と帰還の時間で、帰りのほうが時間がかかったのはそれが理由だ。
俺が意識を失い、王子であるベンジャミンも大幅に弱体化している。
完全なお荷物が二人も増え、しかし、そんなことは関係ないとばかりに魔物は襲ってくるのだ。
護衛としてついてきていたバルカ傭兵団がものすごく頑張ってくれたことはもちろん、イアンがいてくれたことが大きかっただろうな。
もしも、イアンがいなければ、帰るに帰れなかったかもしれない。
「ここまで来ればもう魔物は出てこないだろ。悪いんだけど、ラムダが先に行って俺たちの到着をバイデンに伝えてきてくれないか? できれば、暖かい食事と風呂に入れると助かるんだけど」
「分かりました。けど、風呂はちょっと……。こんな真冬に冷たい水を温める薪の余裕があるかどうか。一応聞いてみますけど」
「火は俺がなんとかするよ。火精がいるしな。水さえためておいてくれれば、どうにでもなるさ」
「いいんですか? また倒れても知りませんよ?」
「問題ない。もう魔力を持っていかれることもないだろうしな。じゃ、頼んだぞ」
「分かりました。お任せください」
遠くに見える町に向かってラムダが先行する。
もちろん、食事や風呂も重要だが、数十人くらいの人影が山から町に降りてたら警戒もされるだろうしな。
町に入るときに揉めたくはない。
そんなふうにラムダを使いながら、俺たちはゆっくりと人里へとたどり着いたのだった。
※ ※ ※
「本当にここでいいんですか、ベン?」
「ああ、十分だよ、アル。アルのおかげでいい経験を積めた。あとは自分たちで帰ることにするよ」
「本当にいいんですね? ワルキューレや吸氷石を渡すことはできませんけど」
「問題ないよ。気にかけてくれて感謝する」
「分かりました。それでは、お元気で。ベンと一緒に霊峰に行けたことは俺も忘れません」
「では、また会おう、アル」
バイデンの町で数日ほどの休憩を取った後のことだ。
ここで分かれて帰る、とベンジャミンが言った。
本当に大丈夫なのかと思ってしまう。
彼らがここまで来た馬はバイデンたちが世話をしてくれたおかげで元気にしているが、まだ寒い中なのだ。
霊峰に近い位置にあるこの町からブリリア魔導国まで帰還するには距離があるのだが、それでもここで帰るというベン。
まあ、そこまで言うのだから俺が無理に引き留めるわけにもいかないだろう。
ここに最初に来た時のように堂々としたベンジャミンがゆっくりと町を離れていく。
それをバイデンやラムダたちとともに見送った。
バイデンらはベンジャミンが弱体化したことを知らず、気づかないままだ。
それだけ、自然体の姿でブリリア魔導国の第一王子は国へと帰っていった。
おそらくは、ここから熾烈な王位争奪戦でも始まるのだろう。
忠誠紋がどこまで役立つのかは分からないが、もともと王に近いと言われていた立場でもある。
本人の強さだけでなく立場や派閥も関係するだろうから、シャルル様とは現状でどちらが王に近いのかは分からない状態なのではないだろうか。
「行っちゃいましたね。俺、初めて王子様に会いましたけど、いい人でしたね」
「そうか? まあ、王族ではあるけれど、割と気安い感じではあったな」
「気安いのはアルフォンス様だけにって感じでしたけどね。俺は圧倒されっぱなしでしたよ」
そんなふうに遠く離れたベンジャミンの背中を見ながら考えているときだった。
そばにいたラムダが俺に対して言ってきた。
「でも、すごいっすよ。あの人、ブリリア魔導国の王になるんでしょう? そんな人と付き合えるアルフォンス様も王様になれるんじゃないですか?」
「……俺が? 王に?」
「はい。っていっても、大国はさすがに無理っすかね。でも、小国の王様くらいだったら今でもなれるんじゃないですか?」
「……さあ、難しいんじゃないかな?」
王、か。
どうなんだろう。
あれってなろうとしてなれるものなんだろうか?
今のところ、俺は身内に王と名のつく人がいるが、それははるか遠くにいる。
東方に住む人は実際にその姿を見ることもなく、俺が王族につながる血を持つ証明はできない。
が、魔力量だけで言えば十分なれそうなくらいにはなっている。
というか、ベンジャミンの魔力を吸血によって手に入れたからな。
小国の王を名乗れるくらいにはあると思う。
なれるんだろうか。
王という存在に。
その可能性を俺に示唆した張本人は雑談のひとつくらいの気楽さで、すでに話題は別のことに移っていた。
だが、俺はその言葉が頭の中から消えなくなったのだった。
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