遁走
火と土と氷。
三つの属性を持つ精霊が宿った特殊な金属である緋緋色金でできた金属鎧。
こいつがあればあの白竜も倒せるだろうか?
そう思ったが、結論はすでに出ている。
それは不可能だ。
俺の今の力はしょせんは人の力を奪ったものだ。
そして、そのもととなった相手が白竜に負けている。
雪と氷を取り込むことができる白竜相手に持久戦では分が悪い。
魔力の量でどうしてもあっちのほうが圧倒的に有利なのだから。
だから、白竜とは戦いたくはなかった。
が、それではなぜ王級魔装兵に精霊の力を与えて人工高位精霊と変じたのか。
その理由はこちらではなく相手側にあった。
白竜がこちらを見ていたからだ。
ベンジャミンが白竜と戦うために生み出した氷竜となっている魔装兵器にかじりついていた白竜が今はこちらを見ている。
そして、明らかにそれは獲物として捕らえている目線だった。
「な、なんかあの竜がこっちを見ていますよ、アルフォンス様。その鎧のやつを出したからじゃないですか?」
「いや、そうじゃないと思うぞ、ラムダ。王級魔装兵が原因じゃなくて、どっちかというと火精のほうが白竜の気を引いたんだろうな」
「火精? それって、その赤っぽい光のことですか?」
「ああ。こいつは火の精霊だ。この雪と氷に囲まれた霊峰の奥で見かけることは絶対にないだろうし、氷とは対極に位置する属性の精霊だしな。これが白竜の気を引いた可能性は高いと思う」
ぶっちゃけると、この場で吸氷石や炎鉱石から精霊を使役する必要なんてなかっただろう。
手に入れた力を試したくて急ぎすぎてしまったかもしれない。
その結果、火精を取り込み、使役することに成功した俺が白竜に目を付けられることになってしまった。
一応、白竜の姿は視界から外さずに見続けていたので、そのことが分かったのだ。
だから、ここから無事に帰るために別のものを用意する必要があった。
それが王級魔装兵だ。
王級魔装兵であれば白竜の気を引くことができる。
それは、ベンジャミンと白竜の戦いで十分にわかっていた。
だからこそ、俺たちが無事に帰還するために動かなくなっていた王級魔装兵を起動させたのだ。
そして、その目論見は成功しているようだ。
今も純白の竜がこちらをじっと見続けている。
しかし、その視線の先が俺の火精から王級魔装兵に変わっている。
すぐにでも襲ってくるかもしれない。
そう感じた俺たちはワルキューレやヴァルキリーに騎乗して王級魔装兵から距離を取ろうとした。
「グラアアアアァァァァァァ」
だが、十分に距離を取る前に白竜が動く。
白竜の息吹を発動させたのだ。
大きな体躯をもつ白竜が鋭い牙を煌めかせながら口を開き、そこから極低温の攻撃を行う。
迷宮核に相当するであろう巨大吸氷石がある白竜の住処ですら、その寒さを吸収しきれなかった白竜の息吹が襲い来る。
周囲一帯がその息吹によって景色を変える。
が、それによって俺たちが氷漬けになるようなことはなかった。
ベンジャミンがしたように王級魔装兵が十体以上もの魔装兵器を使用して防いだわけではないのに、無事だった。
「あれはなんだ? 俺が使役していたときとは違うようだ。白竜の息吹を氷精を使って防いでいるのではないのか」
強烈な白竜の息吹は俺たちを凍えさせることもなく、ただの暖かな風になってなびかせるだけに終わった。
それを見て、ベンジャミンが疑問の声をあげた。
彼からすれば驚くべきことなのだろう。
自分が魔装兵器を使っていた時よりも完璧に防ぎきっていたからだ。
「そうか。攻撃を防ぐのに氷精だけを使ったわけではないということか。というよりも、精霊の力を使って属性を変換しているのか? そんなことも可能なのだな、アル?」
しかも、いつまでも驚いているようなことはなく、すぐにその対処法について見当がついたようだった。
ベンジャミンが白竜の息吹を防ぐ時に使ったのは基本的には氷精の力だった。
土と氷の二属性を持つベンジャミンが使役する王級魔装兵が魔装兵器を使って防いだときには、確かにそうだった。
岩でできた体の外側に氷を纏った魔装兵器が白竜の息吹を受け止めることで守りとしたからだ。
駆動は土を、外装は氷を、と別のものとして使い分けていたかんじだろうか。
だが、俺がとった方法は違った。
それは、複数の属性の精霊の力をベンジャミンのように使うのではなく、変換するようにしたのだ。
俺の頭の中にあったのは氷炎剣だ。
氷と炎を一瞬にして切り替えることができる魔法剣。
炎鉱石と氷精を使って作り上げることができたというその不思議な二属性を持ちつつも、相互に切り替えることができる武器があるのであれば、三属性の王級魔装兵でもそれができるのではないかと考えたのだ。
氷雪を炎へと切り替える。
周囲は大量に雪が積もっている状況だ。
薪になる材料はいくらでもあると言えるだろう。
そんな豊富な燃料を燃やして火力を上げ、白竜の息吹を相殺する。
おそらくは微妙な匙加減が必要だろう。
さきほどのように後に残ったのはさわやかな暖かい風のみというのは、かなり最適な調整をして炎の守りを用意しなければ再現できないはずだからだ。
それを一瞬でしてくれたのは、さすがに自然界そのものであるという精霊だからだろうか。
これならもう何度か白竜の攻撃を防げるかもしれない。
その間に、さっさとこの場から離れることにしよう。
攻撃を防がれた白竜が高位精霊となっている王級魔装兵へと襲い掛かるのを後ろを振り向きながら見ながら、俺たちはさらにこの場から離れることにしたのだった。
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