雪崩
白竜の住処。
それは霊峰の奥深くにあり、高い標高にありながらも谷間に位置し、常に吹雪が途絶えることのない場所。
そんな極寒の環境にありながらも、吸氷石が大量にあり、周囲は快適な温度に保たれて白竜の寝床にもなっている。
そう思っていたが、実はここはある種の迷宮と呼べる場所だったのかもしれない。
白竜が寝ていた吸氷石が雪の上から見えている以上に巨大であるのであれば、それはアトモスフィアに近いものである可能性がある。
アトモスフィアは迷宮核としてアトモスの里にあり、周囲に精霊石を生み出したり、アトモスの戦士たちが巨人化する原動力にもなっていた。
そして、それと同じようなことが巨大吸氷石にあるのであれば、この場に白竜が居続けるのも納得がいく。
ようするに、居心地がいいのだろう。
迷宮核のあるところは魔力濃度が上がりやすく、そのために迷宮核のそばには強い魔物が陣取ることもあるのだから。
白竜は過ごしやすい環境という以上に、その濃密な魔力のあるここがお気に入りなのかもしれない。
そんな迷宮核である巨大吸氷石にベンジャミンが手を触れた。
そして、その狙いは巨大吸氷石から力を得ることである。
以前に見た吸氷石から内部にいた精霊を使役してしまうのと同じように、巨大吸氷石からもそうしようというのだろう。
魔力の消耗が見られるのではと思っていたが、ベンジャミンはしっかりと備えがあったようだ。
魔法鞄から再びなにかを取り出した。
それは黒い魔石だ。
あれはおそらく【魔石生成】によって作り出した魔石に違いない。
【魔石生成】はアルス兄さんの作った魔法で、呪文を唱えると魔石を生み出すことができる。
その魔石は淡い青色だ。
そして、それには魔力が補充できる。
魔力を魔石に込めていけばいくほど、色は濃い青色になっていくのだ。
だが、それは魔石の真の姿ではない。
本来はあの魔石は黒かったらしい。
というのも、もともとアルス兄さんが【魔石生成】という呪文を作るときにもとにした原点の魔石は不死骨竜から得られた竜魔石だ。
両手で抱えるほどの大きさの魔石であり、不死骨竜の頭蓋骨の内部から得たそれは、真っ黒だったという。
その魔石を使って呪文を作ったが、魔力が空の状態の魔石では淡い色合いに変化したのだとか。
つまり、竜種と同程度の魔力を魔石に込めることができれば色は黒になるということであり、今ベンジャミンが持っている魔石はそれだけ魔力がこもっていることを意味していた。
そんな豊富な魔力を補充し、それをもって巨大吸氷石に魔力を送りこみ続ける。
巨大吸氷石に送り込まれた魔力がこちらからは見えていないが内部で動いていることだろう。
きっと中身を咀嚼するように。
どうやら、その魔力の動きを白竜も感じ取ったようだった。
それまでは自分の寝床に入り込んだ人間を無視して王級魔装兵と魔装兵器たちと戦っていた白竜が動きを止めて後方を見る。
そして、そこにいた人間の姿とそのしている行為を認識して、怒りの声をあげた。
「グラアアアアァァァァァァ!」
それまで何度か聞いた竜という魔物にしては気の抜けたような声とは全然違う雄たけびとともに白竜の息吹を放つ。
巨大吸氷石ですらその寒さを吸収しきれない圧倒的な冷気が白竜の住処に向かって放たれた。
だが、それを王級魔装兵や魔装兵器が盾となり防ごうとする。
「……おい、アルフォンス。雪が滑ってくるぞ」
「え? なんだってイアン?」
「雪だ。あそこから雪が下に向かって滑り落ちているぞ」
「雪崩と呼ばれる現象ですね。避難することをお勧めいたします、アルフォンス様」
「総員退避。アイは傭兵たちも避難させろ」
どうやら白竜の雄たけびはベンジャミンに攻撃を加えるのと同時に、周囲の山にも影響を与えたようだ。
雪崩という現象。
雪が波のように押し寄せてくる。
あれは見かけよりはるかに凶悪だ。
圧倒的な質量が壁になった状態で押し寄せてくるから【壁建築】でも防げない。
「頼むぞ、ワルキューレ」
その雪崩から逃げ切るためにワルキューレやヴァルキリーが全速力で走る。
滑り落ちる雪よりも速く、しかし、躓いたり滑ったりしないように安全に、雪の上を駆け抜けた。
どれほど走ったのだろうか。
先導するワルキューレにヴァルキリーたちがついてくる形で、いつしか待機していた傭兵たちとも合流しつつ、崩れ落ちる雪の波から逃れるように下った後に登ったりもして、ようやく止まることができた。
なんとか無事に避難することができたようだ。
よかった。
ワルキューレたちが冷静に対応してくれていなければ、さすがに今ので死んでいたかもしれない。
「向こうはどうなったんだろうな。さすがに白竜が自分の攻撃の影響で死ぬとは思えないけど」
安全なところまで逃げ切ったことで、ゆっくりと深呼吸しながらそう呟いた。
あの谷間に位置する白竜の住処は雪崩の影響をもろに受けたに違いない。
それによって白竜はどの程度の影響を受けるかはわからないが、ベンジャミンは生きていられないのではないだろうか。
王級魔装兵とも離れていたし、身を守ることも難しいと思う。
「おいおい、なんだありゃ。なんかでかいのが飛んでるんだけど」
そう思っているときだった。
遠くのほうでなにかが飛んだ。
背中の羽を広げて、空を滑空している。
そして、それがすぐに白竜の姿だということは分かった。
が、問題はその数が一つではなかったことだ。
空を滑空する純白の竜の数はなぜか二つあったのだった。
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