白竜の息吹
「グラァ?」
それまでは白竜の住処でずっと寝ていた白竜。
その白竜が目覚めた。
それまでは閉じていた眼がぎろりと光る。
が、その後、大きく口を開けて幾本もある鋭い牙を見せながら出した声はなんとも気の抜けたものだった。
ベンジャミンとそのそばに立つ王級魔装兵を見ているのだろう。
が、そこには殺意や敵愾心というものは見られないように感じる。
多分、白竜からすれば取るに足らない存在にしか認識していないんじゃないだろうか。
人間が小さな生き物が視界内に入ってもそれほど気にしないような感じで見ているのかもしれない。
が、その白竜をして無視できない存在が現れた。
それは魔装兵器だ。
ベンジャミンが王級魔装兵を出したのと同じ魔法鞄にふたたび手を入れ取り出したのが精霊石だった。
その精霊石はアトモスの里で採取されたものだろう。
そして、そこにはブリリア魔導国お得意の魔法陣が描きこまれており、それによってその形を大きく変える。
高さ三メートルほどの岩の巨人が何体も姿を現したのだ。
「あのでかぶつは役に立つのか?」
「魔装兵器か。どうなんだろうな。盾にでもするつもりなのかもしれないぞ」
遠く離れた場所から観戦する俺たち。
ベンジャミンが出した岩の巨人である魔装兵器を見て、ノルンがそんなことを言い出した。
たしかに、でかいが動きはさほど速いわけではないからな。
竜と戦うのであればちょっと見劣りするかもしれない。
が、それでも役に立たないということはないだろう。
なんて言ったって、あの魔装兵器はアトモスの戦士たちを倒してアトモスの里を奪い取る原動力にもなったからだ。
大きさこそ巨人化したアトモスの戦士たちに劣るが、その分、修復能力があるのが厄介な点だと聞いたことがある。
精霊石に描きこまれた魔法陣の効果で岩からできた巨人は打撃を与えて岩を壊しても、近くに落ちている岩で修復が可能なのだ。
そのために、魔装兵器を相手に戦う場合には一気に核となる精霊石を壊すか、あるいはその精霊石に魔力を送っている使用者を倒さなければならない。
その意味ではかなり強力な盾役となることだろう。
っていうか、やっぱり王族は魔装兵器を持っているんだな。
ベンジャミンはすでに十以上の魔装兵器を展開させた。
あれだけで、小国家群にある小国をいくつか滅ぼそうと思えばできなくない戦力だ。
「グア」
そして、それを見た白竜は体を起こした。
さすがに自身の体長が八メートルなのにたいして、高さが三メートルもある岩の巨人がいくつも目の前に現れたら無視はできないのかもしれない。
虫けらだと思っていたものが実は自分と同じくらいの身長だったとしたら、そりゃ驚くか。
「攻撃してくるぞ」
そして、白竜は即座に攻撃に出た。
それまでのあくびでもするかのような寝起きの状態から、目の前の相手に対処するために判断を切り替えたのだ。
寝そべっていた状態から四本の脚でしっかりと立ち、体を支えた状態で息吹を吐き出した。
鋭い牙の生えそろった大きな口をいっぱいに開いて、そこから白く輝く息を吐く。
「さっむ。ここまで寒さが来るのかよ」
その輝く息により、周囲の気温がぐっと下がった。
これはありえないことだ。
白竜の住処は大量の吸氷石があるために、大吹雪であっても寒さをほとんど感じていなかった。
それに、俺は手元に小さいが吸氷石を持っている。
なので、この場では寒いと感じるはずがないにもかかわらず、急激な気温の変化を全身で感じている。
それだけ、白竜の息吹が極低温だということなのだろう。
「……死んだんじゃねえか、あいつ」
そして、ここにいる俺たちがそれほどの寒さを感じるということは、白竜との距離がもっと近いベンジャミンは凍えているのではないだろうか。
そう思って俺がそんなふうに言葉にした。
イアンも同じように思っているのではないだろうか。
真剣な顔で真っ白になった視界の先を見つめている。
「いえ。生きています」
だが、それを否定したのはアイだった。
もともと、神の依り代や小型魔装兵器を操るアイは人間とは周囲の情報の得方が違う。
白竜の息吹で白くなった世界でも問題なく見えているのだろう。
そして、アイの言ったことは正しかった。
すぐに視界が元に戻り、そこにはベンジャミンが立っていたからだ。
凍えることもなく、ごく普通に。
しかし、そのベンジャミンの周りの状況は変化していた。
「お、なんだありゃ? 氷の巨人か?」
「……魔装兵器にあんな機能はないはずだよな。ってことは、もしかするとあれが精霊を二種取り込んだ王級魔装兵の能力なのかな」
白竜の息吹を受け止めるために、ベンジャミンの前に立った岩の巨人たち。
その魔装兵器が変化していた。
白竜の息吹を受けたことで凍っていたのだ。
岩の上に分厚い氷がついている。
が、ただ単に凍り付いただけではないようだ。
というのも、それまでと同じように魔装兵器は動いていたからだ。
岩の体の上に氷の鎧を纏った巨人とでも言えばいいのだろうか。
あるいは、単に氷の巨人と言ってもいいのかもしれない。
氷の厚みが追加されたことで高さが増した魔装兵器が、その大きさでも問題なく普通に動いている。
明らかにただの魔装兵器の姿ではなくなっていた。
これはどう考えても精霊を取り込ませた王級魔装兵の力だろう。
二属性の精霊を使役したことでそんなことが可能になったのだろうか。
ってことは、あの氷の体は自動修復機能も備えているのかもしれない。
白竜の攻撃によっていくら傷つけられても回復できる氷の体。
ベンジャミンが用意したこの霊峰で強力な魔物と戦うための力とはこれだったのだろう。
これなら勝てるかもしれない。
岩と氷の巨人の姿を見て、俺は考えを改めたのだった。
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