王級
「あれは飛ぶのか、アルフォンス?」
「……え? ごめん、なんて言ったんだ、イアン?」
「あの白竜というのは翼がある。あれは飛ぶのか聞いたんだ」
純白の美しい竜。
その寝姿を見て、しばしの間見惚れてしまっていた俺はイアンが何を言ったのか分からなかった。
だが、イアンは俺のように白竜に見惚れることなく、むしろ冷静に現状把握を行っていた。
そのイアンが聞いてきたのは、白竜が飛ぶかどうかだ。
確かに翼があるのを見るとそれを確認しておくべきだろう。
相手に飛行能力があるかどうかで、戦う際の難易度が激変するからだ。
「私がお答えします、イアン・スフィア様。白竜には飛行能力があります。ただし、あくまでも滑空が主であり、長距離の飛行はできないようです」
俺が答えるのが遅かったからだろうか。
アイが動かしている小型魔装兵器がイアンにたいして答えた。
ちなみに、この小型魔装兵器はアイのように発声器を用いて声を出しているが、男性用の声に聞こえるように調整されていたりする。
「滑空というのはどれほど飛べるのかな?」
「高度によりますが、跳んだ際に着地までの距離が見た目よりはかなり長くなります。また、羽ばたきによりその滑空距離を延長させることが可能です。そのため、戦闘を行うのであれば、巨体であってもあっという間に距離を詰められる可能性があります、殿下」
「なるほど。それはいいことを聞けたね。あの巨体で飛べると聞いていなければ、不意打ちを受けてもおかしくはない。貴重な情報だった。ありがとう」
滑空能力があると聞いて、実際に戦うことになるベンジャミンがさらに質問を投げかけ、それに小型魔装兵器が答えていく。
竜が飛ぶかどうか。
体の大きさ的には到底飛べなさそうな巨体だが、実際に空竜という存在も確認されているからな。
上空を飛行していた魔導飛行船を襲撃する竜がいるというのであれば、白竜がとんでもおかしくはない。
が、どうやらそこまではできないようだ。
ただ、雪山を利用して斜面から滑り降りて別の山へと飛んでいく、みたいなことはできるという。
きっと、移動に便利なんだろう。
「それじゃあ、俺たちはここらでちょっと離れますよ、ベン。先に言っておきますけど、危なくなったら遠慮なく逃げるので、そのつもりで」
「分かった。ここまで案内ご苦労だったね、アル。あとは一人で十分だよ」
俺の仕事はここまでだ。
傭兵として雇われた際に、霊峰に住む白竜のもとへと案内するだけと取り決めている。
そして、この目で見た白竜は到底戦おうと思える相手ではなかった。
魔力の質も量も違いすぎる。
ぶっちゃけ、この白竜を見て今も堂々としているベンジャミンはおかしいんじゃないかとすら思えていた。
絶対的な自信。
それは自己の力量からだけではなく、王族だからということはないだろうか。
生まれてからこのかた、自分より強い奴を知らない、と言われても全然不思議ではない。
生まれついての王族として、堂々とふるまうのが当たり前になっている。
だから、白竜を目の前にしてもそれが崩れないのではないだろうか。
そんなふうにすら思えてしまう。
もしかすると、それでもこの竜相手に勝てる算段があるのかもしれない。
が、失敗することも十分以上に考えられた。
そして、白竜が滑空であっても、飛ぶことができる能力を備えているのだとしたらまずい。
もしも、ベンジャミンが攻撃し、それが通じなかった場合、白竜がこちらまで攻撃してくるかもしれないからだ。
翼を広げながら飛んで追いかけられたらヴァルキリーたちでも逃げられないかもしれない。
「ご武運を」
ベンジャミンにそう言って、俺たちはふたたび騎乗した。
そして、そのまま離れていく。
吸氷石を持つ俺から離れてもこの白竜の住処ならば寒さの軽減される範囲が広くある。
ベンジャミン単独での行動でも問題ないはずだ。
そうして、俺やイアンが離れた先で振り返り、そこから望遠鏡で白竜の住処を観察する。
運がいい。
それまでよりは雪が降るのが落ち着いてきていて、ちらつくくらいになっていた。
なので、望遠鏡からの少し狭い視界でもベンジャミンの様子がしっかりと確認できた。
白竜はまだ起きてはこないようだ。
その寝ている白竜が視界に収まる範囲から、それ以上は近づかずにベンジャミンはなにかを魔法鞄から取り出した。
「……あれは魔装兵、か?」
鞄から取り出された大きな鎧を見て、俺が呟く。
かつて、ブリリア魔導国の貴族院に通っていた時に入ったことがある迷宮。
魔導迷宮と呼ばれるそこでは魔装兵という魔物が出現し、それを倒して俺も赤黒い魔石を得た。
俺の場合はその魔石を魔法鞄に入れて持って帰ってきていたが、どうやらベンジャミンは違うようだ。
核となっている魔石だけではなく、魔装兵自体を鞄に入れているらしい。
「あれは、王級の魔装兵かなにかかな? 少なくとも、俺は見たことないや」
魔導迷宮に出てくる魔装兵には種類がある。
入り口に近いところだと青銅でできた鎧を持つ魔装兵が出現する。
さらに、その先に進むと鉄だ。
そいつらは伝統的に強さの表現として騎士級や男爵級と呼ばれることがある。
男爵家として生まれた者であれば、魔力量的にこのくらいの魔装兵ならば倒せると言われるのが盾を持った鉄の騎士だそうだからだ。
そして俺は戦ったことがないが、当然のことながらその先がある。
迷宮核がある奥に行けばいくほどに強い魔装兵が出るのだ。
その魔装兵は強くなるごとに素材も動きもよくなり、強敵になっていく。
その頂点に立つのが王級というわけだ。
銀や金、白銀などのさらに上の特殊な金属の魔装兵だという話は聞いたが、もしかすると今ベンジャミンが出したのがそれなのかもしれない。
……魔装兵が使えるのか?
あれは魔導迷宮の中でのみ動く魔物だって貴族院で聞いたんだが。
だが、実際にベンジャミンが魔法鞄から取り出した王級魔装兵は動き始めた。
ということは、貴族院で習った授業の情報が間違っていたか、あるいは嘘だったか。
もしくは、ベンジャミンの力なのかもしれない。
精霊を使役する、とベンジャミンは言った。
が、精霊「だけ」を使役できる、とは言っていない。
まさか、魔物である魔装兵を使役できるから迷宮の外でもあれを活動させられているのだろうか。
俺がそんなふうにベンジャミンの動きの洞察をしているとき、さらに状況は変化していったのだった。
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