白竜の住処
「……ずいぶんと遠いな。このヴァルキリーという馬の脚でもこれほどかかるのか」
「霊峰は俺の生まれたところの言い方では大雪山系って言ったりするんですよ。たくさんの山々が連なっている大雪山は広大ですからね。ここを完全に越えていくとなるともっと時間がかかるはずですよ」
「そうか。まあ、確かにそれくらいでなければ今まで誰かが霊峰の先の世界を発見していただろうしな」
大雪山に入り、吸氷石を回収してからさらに十日くらい過ぎただろうか。
白竜のもとへと向かう。
そう言って、それだけの日数を移動に費やすとは思っていなかったのだろう。
ベンジャミンが遠いと言った際に、ほかの者たちもうなずいているのが見えた。
最初は元気だったラムダなんかはもう疲れ果てている。
やはり、白一面の世界を移動し続けながら、何度も魔物からの襲撃を受けるというのは精神的にもつらいものがあるのだろう。
口数もかなり減ってしまっている。
だが、これでもかなりましなほうだと思う。
移動はヴァルキリーに頼っているし、夜寝るときの警戒はノルンやアイが操る小型魔装兵器がしてくれるのだから。
だけど、この厳しすぎる環境をイアンの同郷であるタナトスや、オリエント国出身のグランは越えてきたのだ。
祖国に戻って霊峰の先の世界を伝えることはなかったとしても、これまでの歴史上この山々を越えて西へと渡った者がいる。
よくもまあそんなことができたものだと思ってしまう。
どれだけ運が良ければ、この雪の中を突破できるのだろうか。
よく無事にたどり着けたなと思わずにいられない。
「白竜のところまではあとどのくらいだっけか?」
「もうすぐです、アルフォンス様。あの山が見えるでしょうか。あそこを越えた先に吸氷石が無数にある地点があります。そこが白竜の住処です」
「あそこか。ってことは、後二日か三日ってところか。もうすぐだな」
先導する小型魔装兵器がそう伝えてきたことで、全員の顔が上がって前を向いた。
指で指し示す山を見やる。
これまでの移動速度を考えると、もうちょっとというところだろう。
いよいよか。
それまでどんよりとしていた全体の雰囲気が、あとちょっとで目的地にたどり着けるとわかってにわかに活気が出てきた。
「どうでしょうか。ここまで長い間移動してきて疲れたでしょう。白竜の住処の手前で精をつけるために、ちょっと豪華な食事でも食べませんか?」
「それはいい考えだね。ここまで案内してくれた礼も必要だろう。俺がおごろう。鞄から食材と酒も提供するから、みんなで楽しんでくれ」
「ありがとうございます。おい、お前ら、ベンジャミン殿下からのいただきものだ。お礼を言っておけよ」
俺がそう言うと、ラムダや傭兵たちが次々に礼を言い始めた。
ここまでは簡単な食事が多かったのでよほどうれしかったのだろう。
全員が大きな声で礼を言ったため、それによって周囲の魔物を呼び寄せてしまったようだ。
だが、そんなことはごちそうを前にして関係ないとばかりに張り切って倒してしまう。
そうして、その日はさらに進んだ場所で王族が口にする食材を使った豪勢な食事を食べることになったのだった。
※ ※ ※
前日はみんなと一緒によく騒いで、食べて、ぐっすり寝た。
そうして、一晩経っての翌朝、俺たちはふたたび移動を始めた。
それまでは、基本的に大吹雪が続いていた。
ここに来るまでの道中では必ず雪が降っていて、視界が悪くなり、風が吹いていたのだ。
それはいまでも変わらない。
が、ある地点を境に寒さがグッと落ち着いてきた。
「多分、白竜の住処に入ったんでしょうね。たくさんあるっていう吸氷石の影響で雪が降ろうが風が吹こうが寒さを全然感じなくなってきました」
「ほう。ここに来るまでもアルの吸氷石のおかげで寒さがマシだったが、全然違うものだね。日差しに当たると春のうららかな気温のようにすら感じるよ」
「それだけ、この先に吸氷石があるっていうことなんでしょう。竜にとっても住みやすい環境なのかもしれませんね。それはともかく、偵察に行ってくれないか、ノルン?」
「分かった。竜の居場所を見つけてくるだけでいいんだな?」
「そうだ。戦う必要はない。見つけ次第、すぐに帰ってきてくれ」
「分かった。じゃあ、行ってきてやるとするか」
もう目と鼻の先に白竜がいる。
それが分かっているからこそ、安全策を取ることにした。
ノルンを先行させて様子をうかがう。
白竜が今もこの地にいるのか。
そして、その白竜は一体だけなのか。
そんなことを鮮血兵ノルンを使って偵察する。
そんな重要な仕事を頼んだノルンだが、しばらくすると無事に帰ってきた。
近くまできたノルンが、この先で見たことの報告を行う。
「いたぞ。化け物だな、ありゃ。一匹だけで透明な石の上で寝てやがった」
「寝ているのか。都合がいいかもしれないな。よし、案内してくれ、ノルン。傭兵はここで待機だ。俺とイアン、それとベンでこの先にいく。いいですね、ベン?」
「もちろんだよ。寝ているというのも都合がいいな。無防備な状態を狙うことができるかもしれない」
「そうですね。寝ているなら、さくっと倒してしまってください」
竜とまともに戦うのはどうかしている。
相手が寝ているというのであれば、それを狙う。
その選択は間違っていないと思う。
相手が強い魔物であるというのならば、ごく自然な話だろうしな。
そんなふうに考えながらノルンについていった先に、白竜がいた。
その姿を見て、俺は思わず呼吸をするのも忘れてしまった。
白竜が強かったから、ではない。
そうではなくて美しかったからだ。
いくつも地面から生えているようになっている吸氷石の上で寝転がる竜。
その体は純白のように白く、しかし、肉体は非常にしなやかな筋肉がついているようで生命力にあふれているように感じた。
また、魔力も別格だ。
これまでの道中で遭遇してきた魔物など比較にならないほどに体内に魔力が満ち溢れていた。
その姿は生きた宝石のようだった。
透き通った水晶のような肉体を持ち、体長は頭の先から尻尾までで八メートルを超え、さらには薄い翼膜のついた羽が背中についている。
そんな白竜の姿に俺の視線はくぎ付けになっていたのだった。
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