雪中行軍
「案内を頼むぞ。出発だ」
俺がそう言うと赤い騎士がヴァルキリーに乗って雪の上をかけていく。
この赤の騎士は鮮血兵ノルン、ではない。
精霊石を使って造った小型魔装兵器に【自動調整】の魔法陣を描いた赤の金属鎧を付けたアイの別端末である。
エリザベスに言われたように、ベンジャミンがわざわざ俺のもとに来た狙いの一つがこちらの情報を探るというものであることも十分考えられた。
そのため、霊峰に住まう白竜という、アイしか知らない場所に行く際にオリエント議会の議長であるアイを同行させるわけにはいかなかったのだ。
見た目は華奢な女性であるアイが一緒に行動するのは普通に考えれば異常な光景だろうからな。
そこで、道案内として赤の鎧の兵士としての姿で先導してもらっているというわけだ。
ちなみに魔導迷宮の魔石を用いて生み出した鮮血兵ノルンも一緒に行動している。
それぞれ数体ずつ周囲に展開してあたりを警戒させているが、ノルンのほうがあちこちに興味を示してキョロキョロしたりする。
それがある意味で、同じ赤の鎧を着ているにもかかわらずそれぞれ中身は別人であるかのように見せかけることができている、ように思う。
「あ、アルフォンス様。ほんとにこの吹雪の中を進むんですか? 死にますよ、こんなの。もう何日か待ってもいいんじゃないですか?」
「いや、この先に行けばどのみち吹雪こうがどうしようが極寒だから関係ないよ。っていうか、そんなに言うならついてこなくてもいいんだぞ、ラムダ」
「うっ。それを言われると困りますね。せっかくだしついていきたいって言い出したのはこっちですし……。分かりました。これ以上、文句は言わないんでお供させてください」
「いいのか? 途中で帰りたいって言っても戻れないからな? あと、魔物が出るから死んでも知らねえぞ」
「うっす。大丈夫です」
バイデンの町を出てすぐ、俺の隣でラムダがこんなことを言い出した。
いきなり本人がついていくと言い出したので連れていくことにしたのだが、吹雪になっていることで慎重論を唱えたのだ。
それ自体は普通の意見だ。
雪山で前が見えないほどの猛吹雪の中を進むのはさすがに狂気の沙汰だからだ。
だが、俺たちはそれを苦にせず移動し続けていた。
それが可能となっているのは、一つには俺が吸氷石を持っているからだった。
像にするほどの大きさではないので近くの範囲だけしか効果がないが、それでも寒さを吸い取ってくれる。
なので、吹雪による雪が風と共に体に当たるのだが、不思議と寒さは感じない。
もっとも、このあたりで生活をしているラムダにとってみれば、吹雪の光景を見ただけで体が震えてしまうのだろう。
肉体に染み付いた感覚なのか、吸氷石の効果範囲内であってもヴァルキリーの背にまたがりながら腕の当たりを手のひらで擦ったりしていた。
ちなみに、吹雪の中を移動できるのは吸氷石の効果だけではなくヴァルキリーがいるからだ。
ヴァルキリー、あるいはワルキューレは寒さにも暑さにも強い。
吸氷石がなくても霊峰の環境に耐えられるのではないかと思うくらいだ。
そんなヴァルキリーたちが鎧姿のアイが騎乗した先頭についていく形で移動していく。
俺たちはその流れに身を任せて跨っているだけで吹雪の中を進めた。
「出たぞ、アルフォンス」
だが、この霊峰では吸氷石とヴァルキリーという二つの大きな要素があってもまだ足りない。
それは、魔物が出現するという点にある。
吹雪によって視界が悪くなっている中を移動していると、ふいにノルンの声が聞こえた。
そして、次の瞬間、目の前に氷の塊が飛んでくる。
「ひええ! なんすか、あれは!」
「氷熊だな。口から氷の魔法を放つ魔物だ。近づいてもズタボロに鋭い爪で切り裂かれるから注意しろよ、ラムダ」
「あ、あんなのが俺たちの町から進んだ先には住んでいるのか。ひ、引っ越そうかな?」
その氷の塊を俺が盾ではじき返す。
最近使い始めた盾だが、ただ単に氷の塊を力で弾いただけではない。
魔術を使った。
以前、血を吸って奪った【反撃盾】と呼ぶことにした魔術だ。
俺との相性が最悪の魔術だったが、どうもこの氷熊には相性がそれほどよくなさそうだった。
相手の攻撃にあわせて発動する【反撃盾】だが、遠距離攻撃である氷の塊は相手に損傷を与えることができないからだ。
その代わり、魔力に反応する効果があるからか重量のあるはずの氷の塊を弾いている割には力が必要なかったりもした。
遠距離攻撃には反撃できないものの防御技として使えるだろうか?
手に入れた魔術の効果を検証したりしながら魔物へと対処していく。
「さすがだね。魔物相手にも慣れたものだ。手際がいいね」
俺が氷熊の攻撃を防いだことで、ノルンやアイ、そしてほかの傭兵たちがさっと近づいて仕留めた。
それを見てベンジャミンが感嘆の声をあげた。
白竜のもとにたどり着くまでの間の魔物の襲来はこちらが露払いを行う。
そう伝えてはいたものの、実際に魔物が現れて攻撃してくればラムダのようにビックリするのが普通ではないだろうか。
だが、驚いた様子すらなく中央で泰然と構えたまま、俺たちの戦いぶりを観察しているようだった。
余裕があるな。
そんなふうにラムダとは全然違う反応を見せる王子様を吹雪の中連れまわして先へと進んだ。
数日ほど雪と風の中を移動し、そしてようやく一つの吸氷石がある地点へとたどり着いたのだった。
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